第14話
陸奥介は当時、政(まつりごと)の“ま”の字も念頭になかった。
彼のおぼろ気なその頃の思いとして、立身出世、つまり、位階の上での上昇、役職の累進は、彼のような者にとって、単なる通過儀礼に過ぎないというのであった。
そんな彼の心の中に、この上司の謦咳(けいがい)に接し得たことで、一本の道がうっすらと浮かび始めていた。
彼が当時において、自らこれを意識していたか、そこは何とも言えなかった。
元来、彼は余所から感化され易く、その変化を、自分としてあまり深く認識していなかったのかもしれない。
何分、その門地がら、どこからか、政(まつりごと)の主宰者として彼に大いなる嘱望が託されるとの見立てが、あまり誰の目にもなされ難くもあり。
要は、中途半端な出である故に。
更に言えば、彼はまだ若く、吹けば飛ぶような存在でしかなく、有り体(てい)には、自覚の乏しい年頃であった。
しかれども、世に言う、「鉄は熱いうちに打て」。
果たして、この格言は本人のためなのか、世間のためなのであろうか。
陸奥介のかの当時の上司が“実は能吏であった”という筋立ては、あのようなしがない国であってこそ、あり得るのかもしれない。
皇国(みくに)の枢機において、また、人と人との欲得が、もろに、大掛かりに、かつ陰険にもぶつかり合うような場合において、大領において、これらをよく捌き得る法など、およそ人の手に余ると言うよりほかあるまい。
陸奥介は、陸奥という大国、しかも難しい土地柄を切り回すに当たり、蛮勇を振るい、なるべく巡察をしっかり行うよう、意を砕いたものであった。
さすがに、わざわざボロを身に纏うまでには至らなかったが、その生活は質素倹約を宗としており、特に、家族にはこれを準拠させた。
彼は、深夜床にある時に、このように思うことがしばしばあった。
“思いがけずに、このような地位に自分はあるわけであるが、今でも、まるで夢を見ているような心地がする。
されど、そんなことを思うのはもうよさないと。”
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