第13話

陸奥介は、一国の実質上の長として、これを統治するに当たって、幾つかの格率を意識していた。


正直なところ、それらはほぼ人からの受け売りでしかなかった。


第一、彼に生来為政者としての素質があるかは、非常に疑わしかったところではある。








陸奥介は、かつて、京(みやこ)に近い小さな国で、補佐的な役回りとして国司の任にあった。


当時、彼は未だ独り身で少壮者もいいところであった。


そのような者の“散歩”の場として、近場の国への赴任が、上から彼に命じられた。





彼の赴任先の上司は、全く以って奇矯極まる人であった。


その人は和歌の名手でもあった。


いずれの御代のことであったか、ある御遊(ぎょゆう)において、身分を問わずに、広く世の和歌を鑑賞なさろうとの催しがあった。


かの者は、選に洩れたに関わらず、強引に晴れの場に立ち入ったりしたもので、御大身の者どもから、外に締め出されるとの処置を受けたものである。


この人は、日頃粗末な麻衣ばかりを着ており、そのボロぶりを見かねた農家の老婆から、“新しいの”を譲り受けたということもあったらしい。


この人は、あまり国府の政庁に落ち着くことを知らずに、国の山河をよく跋渉(ばっしょう)していた。


それだけでも、普通の官人としては異例に近かった。


その上、海浜(かいひん)を行く際に、洩れなく最寄りの社の狛犬だか、獅子だかを前後逆に据えるという戯(ざ)れ事を、微笑みながらしては、ささっと立ち去って行くという有り様。


今時分、子供だって、そのようなつまらぬことは願い下げだというのに。


逆に、子供達は、その戯れ事の跡を直しに行くのが愉快だったわけである。


また、この人は、道沿いの大きな樹に攀(よ)じ登っては、終日、枝の上で微睡(まどろ)む姿を国の人に晒すということもあった。


勿論、これが故に、彼は、人々の嘲(あざけ)りや侮蔑を一身に受ける一方で、“しょうがないなあ”という思いを人々に掻き立てさせもした。


これが、前者ばかりでなかったのは、この国の人々が、地からの上がりのか細さの割には、まずまず食い繋げていたことに因る。


そして、この人は、政庁に居るや、下役どもの意見を吐き出させるだけ吐き出させては、彼らが自ら己が意見の非を悟った故に、理を備えた者に「地を明け渡す」ようにし向けるのであった。このためには、彼は、身分の一番低い者や訥弁(とつべん)に過ぎる者よりも、自らをへり下らせることを厭(いと)わなかった。


次に、己が知見を「味付け」のように下役どもから上がった総論に混ぜ込んでは、出来る限り皆で実況検分を繰り返す。


最後には、それらを基に施策を繰り出す。


勿論、その責任は彼が負うのであった。


そして、それまでのところ、彼の日頃の狂態の割には、彼は罷免を免れていたわけである。

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