第10話

陸奥介は、国府で実際にその任に就く前に、国府の東向かいにある鎮守府に、文室将軍を訪ねた。


これは、京出身の下役からの親切な懇請によりもし、また、彼本人も、最前よりそうするつもりであった。


下役の言いぐさから推して、前任者の橘氏は、文室将軍と反りが合わなかったらしい。


また、彼は、最初より陸奥介と将軍との関係性に『危うさ』を抱いているようであった。








鎮守府は、決して無駄な装飾など配されてはいない。


兵にまつわる建物や敷地がそのようであるのは、至極当然な上に、ここは、“立派に”辺境なのである。


逆に、辺境であるからこそ、中央政府の威信をそこに明らかに打ち立てるべし、との考えもあるにはあるが。





一歩、その中に足を踏み入れた陸奥介の体は、身震いするほどに緊張を覚えたのであった。


その因って来たるところは真実何であるのか、まだ彼には合点が行かなかった。


およそ、京で目にする兵なるものとはまるで風儀が異なる輩どもが、そこかしこに見受けられる。


どうも、彼らは、気ままに徘徊している風でもない。


言い方を変えれば、彼らは、“いつでも臨戦態勢である”、そう陸奥介には思えた。








陸奥介と例の下役の者とは、係りの兵に案内(あない)を受けて、将軍の居間に通された。


はじめて、将軍の顔を目にした陸奥介は、ギクッとした。


左の頬に深く刻まれた刀傷。


それが武人の顔でなくて、何であろうかというのか。

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