第9話

陸奥国府には、鎮守府も置かれていた。





鎮守府将軍は、文室(ふんや)氏であった。


その弟の一人は、京の宮廷で有名な博士であった。


人には、それぞれ取り柄があるということである。





その将軍こそが、陸奥国における最も有力な顔役であった。


この人は、陸奥介よりも多少年齢が上であった。


常に軍歴を歩んでおり、当地には、かれこれ九年ほど“駐留”していた。





もはや、陸奥(みちのく)には敵になり得るまとまった蝦夷(えみし)の集団は存在しない。


大方が、朝廷に帰服、帰属した者どもであり、平地で大和の民と混在して生計を立てていたり、山岳部で散在的に自給自足する者達が、表面的でしかないのか分からないが、比較的大和の民に友好関係を示しつつ暮らしている、といった状況であった。


その数も、南から来た人々との割合で、年々少なく感じられるという具合であった。


勿論、朝廷に降(くだ)ることを良しとしない者どもも居る訳で、そのような輩達は、早くから陸奥(むつ)の地を後にして、より北の大きな地に移ったりもしたのであった。


伝説であるのか、実際そうであったのかはよく分からないが、かつて、朝廷は北の地まで海を越えて遠征を行ったという。


けれども、今の朝廷には、そのような豪胆さも、その必要性を感じることも、また、そちらに関心を寄せることすら見出だすことが出来ないでいる。


往時、数万とも、それ以上ともの大量の軍勢を朝廷は東北部に送り込んだものの、今、鎮守府には、せいぜい四、五百の兵が常駐するのみである。








文室氏が、将軍として鎮守府を指揮するようになって当初は、数度、蝦夷にまつわるとされたちょっとした騒擾(そうじょう)が起こったが、いずれも、彼の差配によって速やかに鎮定された。


それ以後は、鎮守府の兵がその外に急に出動するといったことは、ほとんど見受けられず、まるでそこは沈黙の城塞と化してしまったかのごとくであったものである。


城塞と言えば、聞こえは良いが、実際は、柵の内とも言えた。ただ、決して粗末なものにあらずしたのである。

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