第8話
本来、国司の最上席は、『守(かみ)』である。
そして、親王による任国は別として、守たる者が在地しないというのは、何やら合点が行かないけれども、陸奥国における当時の状況は、まさにそうであった。
よって、明国が、陸奥国においては、事実上の最高施政官たるのであった。
そして、“本当の”陸奥守は、京に安居していたのである。
彼は、ただ、すでにいい歳をしており、任国に向かいたくても、それは、今生では無理に違いなかった。
時に、彼は、閑院左大臣に縁(ゆかり)のある者ではあった。
そして、十全な俸禄とそれなりの“もの”が、年季、年季毎に、彼の懐に入って行った。
明国の前任者は、橘氏であった。
実のところ、彼は、当地であまりお覚えが宜しくなかったようである。
それでも、帰京に際して、彼は、それなりに、持って帰れるものを大事に懐に潜ませていられるらしい。
それは、歴代の当地の受領の上がりに比べると、大分少ないのではあったものの。
これは、本人の資質にもよろうが、彼が零落し始めた氏族の出であることにもよる。
彼は、この度、まだ任期途中であった。
だから、本来、取り損ねた上がり故に、不服を抱いても当たり前であるにも関わらず、さっさと京にとんぼ返りしたい一心であったのである。
それは、当地の気候故、また、下級役人や目の上のたんこぶのような顔役達との、いつになっても埋まることがないであろう軋轢や折り合いの悪さ故、そして、彼の門地にしては、身に余る財物がすでに手元に収まった故にであった。
彼は、これからすぐさま京に立ち返り、権門に連なる一女子を妻に迎える腹づもりであった。
橘氏と明国との国司交代の諸事は、つつがなく礼式に則って終了した。
その最中、橘氏は、決して自ら明国と目を合わそうとはしなかった。
そして、橘氏の京に向けた出立に際しては、お世辞にも多いとは言えない人数の官人達のみが、その見送りに出たのであった。
ありきたりの修辞のみによってこれを謝した橘氏は、無表情を貫きながら、そそくさと京に向けて進発した。
馬上のその人は、決して後ろを振り返りもせずに、京にばかり心を寄せていたのである。
大して任期が長かった訳ではないが、彼に従って陸奥までやって来た彼の家来が、今回の旅路に加わっているふしがない。
その供廻りは、明国らの東下(とうげ)の一行よりも多少頭数が多いくらいではないか。
どういう訳であるのか、これを目にした国の人々は、それを葬送の列か何かではないかと勘違いする者が、多かったようでもある。
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