第3話

「へぇー、それじゃあ何も知らないで精霊バトルしてたの? そりゃ災難だったねぇ」


 先程の事件現場から歩いて5分程しか離れていない公園のベンチに腰掛けて、私と私を助けてくれた(?)赤髪の女の子は話をしていた。


 破かれてしまった私のセーラー服に代わって、彼女の持参していたジャージを貸してもらったので、半裸のままに歩き回る拷問の様な事態は避けられた。


「あたしらみたいな商売は替えの服は必須だからね。しかも『聖服』仕様だと地味に高価だから財布にも厳しいしね。良いこと無いよ」


 そんな事よりもお礼を言っていなかった。

「あ、あの、助けて頂いてありがとう御座いました。今は何も持っていませんがお礼は必ず…」


 赤髪の彼女が何をしたのかは分からないが、私を殺そうとしていた人を止めてくれた。その思惑がどうであれ、彼女は命の恩人だ。


「気にしないでいいよ。あたしも最後の美味しい所だけ頂いた感じだから、お互い様って事で」


 ニンマリと屈託の無い笑顔を見せる彼女。敵意は感じないけどすんなり信じても良いものなのかな…?


「あの、私は土岐ときいのりって言います。えと…」


「あぁ、あたしは炉縁ろべり智子ともこ。『いのり』って呼んでもいい? あたしの事も好きに呼んでいいよ」


「はい、良いですよ。じゃあ智子さんなら『もこっ…』」


「それはやめて!」


 秒で却下されました。好きに呼んでいいよって言ったのに…。

 とりあえず『智子さん』で仮決定。


 ここで冒頭の公園に辿り着く。


「それじゃあ最初から説明する感じかな?」

 腰を落ち着けるなり智子さんが話を切り出す。


「あの、そんな事よりこんな目立つ場所にいて平気なんですか? さっきの人がまた来たら…」


「あぁ、大丈夫でしょ。『1週間は体調不良が続くくらいには』エナジーを吸い取ってやったし、あの子脱ぎすぎて暴走しかかってたし、増してやあたしみたいな『火の子』が居るのに襲っては来ないよ」


 一気に『大丈夫』な理由を並べ立てる智子さん、さっきのナギさん(?)もそうだけど、彼女達にしか分からない単語をちょくちょく挟むのはやめて欲しい。


 まぁこちらからあれこれ聞くよりも、向こうが話す事を聞いている方が多分円滑に進むだろう。

 下手に質問とかして話の腰を折られると不機嫌になる人っているからね。


「まず、あたし達は『能力者』って言って、『火』『水』『土』『風』の加護を受けて神話の時代から日々戦っているわけよ」


「はぁ、神話ですか…」

 いきなり話が大きくなった。眉唾眉唾…。


「で、戦った相手の『エナジー』、まぁ生命力みたいなもんかな? を吸い取って自分が強くなる。ほんで1年とか5年とか決まってないけど、一定期間内に一番エナジーを貯め込んだ陣営が『世界を好きに運営できる権利』を得るってルールなのよ」


「はぁ…」

 もう私の理解力を超えつつある。世界を好きに運営するとかもうね…。


「ここからが大事ね。各属性は他の属性に対して『強み』や『弱み』を持つの。あたしの属性は『火』だから『風』には強いんだけど…」


「あ。わかりました。『水』の人に弱いんですね?」


「そういう事。もしこの場に『水』の能力者がいたら、あたしは逃げるね」


「なるほど… そう言えば私は『土』らしいですけど、その場合は…?」


「『土』の属性は『水』に強くて『風』に弱い。何故あたしがいのりを助けたか分かる?」


「えっと… 智子さんは『水』に弱いけど、私は『水』に強い。私は『風』に弱いけど、智子さんは『風』に強い。」


「そう、コンビを組む事でお互いの弱点をカバーし合えるんだよ。さっきの『風』の子は余程の自信があったのか、いのりが初心者なのを知っていたのかは分からないけれど、たまたま単独ソロだったから、相性の良いあたしが不意打ちで仕留められたけどね」


 段々分かってきた。さっきのナギとか言う子がやっていた攻撃は竜巻やカマイタチ等、全て『風』を使った物だった。


「もちろん中には弱点を埋め合わせしなくても、十分に強い能力者もいる。大勢のエナジーを吸ってきたベテランとか、いにしえの源流に連なる家柄の出身とかね」


「家柄とかもあるんですか…?」


「そりゃそうだよ。言ったでしょ、『神話の時代から戦っている』って。属性はほとんど名前で分かるよ。それぞれ属性に応じた字が名字に入ってるから」


 なるほど智子さんは『炉縁』で炉の字に火編があるって事か…。


「あんたの『土岐』ってのも『土』があるでしょ? 名字にそのまま『土』とか『火』とか入っている家は大体名家だよ。平安時代の陰陽師の土御門つちみかど家とか知らない? あんたんちもそうなんじゃないの?」


「いやいや、うちは普通のサラリーマン家庭ですし、能力がどうとか聞いた事も無いですよ?」


 それを聞いて智子さんが目を細める。


「いや、それは無いね。だってあんた『聖服』着てるじゃん。何も知らない人がそんなの着るわけないし。あんたが知らないだけで親は絶対に知ってるよ」


 さっきも出てきた謎の言葉『聖服』。『制服』とは違う物であろう事は予想できるけど、毎日着ているこの制服が特殊な物であるとは到底思えない。


「『聖服』っていうのはあたし達『能力者』の力を抑制する服の事。裸に近い方が強い力を出せるけど、そのまま力に飲まれて暴走する危険性も高まる。それを抑えて日常生活を暮らしやすくする為に作られたのが『聖服』」


 裸に近い方が強い力を出せる…。


「あ! だからさっきの人は…」


「そう、服を脱ぐなり破くなりで露出を上げればパワーアップ出来るからね」


 なるほど、ただの露出趣味の変態さんじゃなかったのか、少し安心した。


「それに力を使えばそれだけ体への『揺り返し』で自分にもダメージが来るから、強くなるのも諸刃の剣なんだけどね」


 そこで智子さんが眉をひそめた。こちらに体を乗り出してくる。


「そう言えばあんた、相性の悪い敵相手に大技出して頑張ってたけど、体の痛みとか無いの? 骨が軋むような感じとか無い?」


「ええ、特に内側の痛みは無いですよ? あの人に傷つけられた部分も…」


 そこまで言って気がついた。脹脛の傷口を覆っていた土を払って消毒しなければいけなかった。破傷風は怖い。


「ちょっと失礼」

 そう言って10メートルほど離れた公園の水道へと向かう。脚に貼り付いた土を払い落とすと、そこにあったはずの傷口はキレイに無くなっていた。


「へぇ、それって怪我を治せるの? 格上相手にもバテずに戦えて、しかも回復能力まで持ってるとか、こりゃ『大当たり』を拾ったかな?」


 智子さんの目が友達の目からハンターの目になる。ちょっと怖い。


「まぁそういう訳で『能力者』って大体相反する属性のツーマンセルなんだよ。あたしも相方が最近引退しちゃってさ、パートナー探している最中だったんだよね。そっちも目覚めたばかりでソロでしょ? あたしと組まない?」


「それはこちらからお願いしたいくらいですけど、そもそも智子さんは何故こんな田舎の村に?」


「そこはそれ、情報網がある訳よ。『最近この辺で土の子が襲撃されている』ってね。中には居るのよ、あんたみたいな初心者を狩って、細かくエナジーを集めていく奴が。さっきの子もそれなんじゃないかな?」


 …なるほど、『土』を襲う人間で一番可能性が高いのは『風』の人間だ。そして『風』対策のエキスパートは『火』の人間、という訳だ。


 段々分かってきた。相手が初心者なら属性が上なら一方的に叩ける。襲撃者にとって相性の悪い相棒も居ないだろうから、たとえ実入りは少なくても安全に確実にエナジーとやらを集められる。

 なかなか狡猾だけど利口な戦法だと思う。


「そしたらあたしは本家にこっちの学校への転入する為の手続きをしてもらうから、いのりは家でしっかり親御さんから『能力者』の事を聞いておく事。危うく死にかけたって事も言うんだよ?」


 智子さんはそう言って去っていった。


 その晩、私は両親、主にお父さんから色々な事を聞いた。

 曰く、


 ◯土岐家はかつて権勢を誇った家柄だったらしいけど、今は没落している事。


 ◯それに伴って精霊の力も段々と落ちてきている事。


 ◯没落ついでに『世界支配選手権大会』(本当はもっと格式高い正式名称があるらしいが、お父さんも忘れたそうだ)からも脱落し、日々を穏やかに生きていこうとした事。


 ◯ごく稀にとても強い力を持つ子供が産まれた時に、ゲスト扱いで選手権に参加する事がある。


 ◯私の精霊の加護は強いらしく、聖服も特別にあつらえた事。


 ◯穏やかに暮らしていけたら、と思っていたけど、いつかはこんな日が来る事も覚悟していた事。


 智子さんの事も話したら、「貴重な仲間だ、大切にしなさい。けれど絶対に背中を見せたらいけないよ」と言われた。


 私の背中に見せたらいけない傷や痣があるわけでは無い。すなわち『完全に信用するな』という意味なのだろう。



 風呂に入り、昼間の戦闘で受けた傷跡をもう一度確認する。

 切られたのは左腕と両脚、そのどちらもが傷一つ無く完全に回復していた。

 やはり私は自分の能力で怪我を治していたのだ。

 壁を作り出す能力は今ひとつ使い勝手が悪いと思うが、回復能力は日常生活でも助かる場面は多いだろう。


 しかし今日は今まで全く知らされていなかった『能力者』の事や、我が家の事情を一気に詰め込まれて頭がパンクしそうだ。

 とりあえず力の使い方も含めて、智子さんが色々とレクチャーしてくれるらしい。


 何にせよ友達が増えたのは嬉しい事だ。そんな事を考えながら布団に入ったら、ものの数秒もしないうちに熟睡していた。



 〜翌日


 私達の学校は小学校が1クラス、中学校が1クラスの分校だ。学年は私が2年生、智子さんは3年生らしい。でも1クラスだから同じクラスになる。


 都会に引っ越して転出する生徒は居ても、転入してくる生徒なんてまず居ない。そんな全校生徒8名の村の分校に今日は2転入生がいるらしい、と早速噂になっている。


 …って、え? 1人は智子さんとして、もう1人は…? まさかね…。


 先生が女子生徒2人を連れて教室に入ってくる。1人は地味目に田舎の中学生らしい変装(?)をした智子さん。

 もう1人は… 知らない顔だ。すごく細身で背が高い。清楚な雰囲気で顔も美人顔、モデルさんみたいだ。


 隣の智子さんは何故か不機嫌そうな、いや文字通り『苦虫を噛み潰したような』忌まわしげな顔をしている。


 先生に促されて美人さんがクラスメイトに向かって深くお辞儀をする。「初めまして。みぎわ奈津美なつみと申します。皆様、宜しくお願い致します」


 拍手で迎えるクラスメイト達。


 みぎわさん… 汀さん… あっ! 『水』の人だ!


                    ー完ー





作者よりお知らせ


本作品は自主企画参加作品で、始めから10000字の予定で書かれており、尻切れトンボ状態ですがこれ以上の展開はありません。


しかし、拙作「まじぼらっ! ~魔法奉仕同好会騒動記」https://kakuyomu.jp/works/1177354054906159562の33〜37話におきまして、3年後のいのりや智子の生活の一部を書いております。

よろしければ大きく様変わりした彼女達の成長を見に来て頂けると嬉しく思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖服ウォーズ ちありや @chialiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ