至福冥還師 ハッピーエンドをあなたに

一田和樹

墓場のザウミル

 まだ闇の余韻が残る墓地の片隅で異形の化け物が叫んでいた。周囲には墓守の死体がいくつも転がっている。古の術式によって、化け物は墓地から出ることはできない。本来は意識を失ったまま死ぬはずだった。完全に魂が消える前に、ひとりの墓守が化け物を埋めた墓の近くで怪我をして血を垂らした。その一滴の血で化け物=ザウミルは意識を取り戻した。

「ただでさえ、今日は忙しいというのに予定外の仕事が入るとはな」

 ネフティスは能面のように表情のない顔でザウミルの前に進む。全身漆黒の布をまとい、無言でクマのような化け物に対峙する。白く表情のない顔以外はなにも見えない。まとった布が全ての光を吸収し、肩も腕も脚も見えなくしている。朝ぼらけの淡い陽光がネフティスとザウミルの影を長く伸ばす。ネフティスのずっと後ろにはネフティス付きの秘書官ふたりがたたずんでいる。ネフティスは王の直轄の魔女だ。秘書官はネフティスと王の連絡役であり、世話係であり、監視役でもある。


「お前がおふくろを殺したネフティスだな」

 ザウミルが怒鳴ると、

「母親に会いたいなら召喚しよう」

 ネフティスは表情を変えずに即答した。ザウミルがなにか言い返す前に、ネフティスの傍らに血のように赤いドレスをまとった初老の女が現れた。

「おふくろ!」

 ザウミルは叫び、赤いドレスの女は微笑んだ。

「お前も最期なんだね。早くおいで」

 その言葉にザウミルは怒鳴る。

「このまま現世に留まれよ! オレがそいつを殺す」

 言うが早いか、ザウミルはネフティスに突進すると、一撃で首をもいだ。ネフティスの首は地面に落ち、身体は地に落ちて影だけが残った。

「バカ野郎! あたしを召喚したネフティスを殺したらこの世にいられないじゃないか! あたしは満足してるんだ。二度と現世に戻らないよ」

 赤いドレスの女の姿がぐにゃりと歪んだ。

「オレはどうなるんだ? オレを置いてくのか?」

 ザウミルは茫然と母親をながめる。

「……じゃあ、来るかい? その勇気があるのかい?」

 女が手を伸ばすと、ザウミルはおずおずとその手を握った。女は笑みを浮かべ、ザウミルの面差しがやわらいだ。次の瞬間、ふたりの姿は消えていた。

「終わったな」

 地面に転がったネフティスの首がつぶやくと、影から身体がむくりと起き上がった。それから首が宙を飛んで元の位置に納まる。

「お見事でございました」

 秘書官がネフティスに駆け寄る。

「次は遠いな」

 ネフティスはぽつりとつぶやく。こういう単純な魔族は楽でいい、とネフティスはふたりの消えた空間に目をやる。

「こちらをお使いください」

 秘書官ふたりは、絨毯を取り出すとそれぞれ両端を持って広げた。そこには術式が描かれている。ネフティスがそれに触れると、三人の姿は消えた。

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