秋の郷愁
南野月奈
短編
「せっかくパパの出張土産なんだからコーヒーちゃんと入れたらいいのにママってばいつもモンブランのときはインスタントだよね」
無意識だったけれど最近やっと反抗期に終わりがみえてきた娘にそう言われて私は苦笑した。何十年も前のことだというのにそれだけあの出来事は未だに私の中に残っていてこうして顔を出す。
「モンブランとインスタントコーヒーはねママの初恋の思い出なの」
「え~それってパパとの思い出じゃなく?だってパパとは同級生だったんでしょ」
「パパはその後好きになった人」
「それパパ知ってるの?」
「知ってる、知ってる、だって初恋の人まったく相手にしてもらえなかったときに優しくしてくれたのがパパなんだもん」
「そうなんだ~」
ニコニコと茶化すような顔をしてスマホに目線を落としたということはどうやら娘は納得してくれたらしい……言ったことは嘘じゃない……嘘じゃないけれどだいぶ簡略化した思い出話だ。
本当の初恋の思い出は渋皮のモンブランとインスタントコーヒーそれと…………
「もしもし?園子ちゃん、今いとこの誠兄さんがモンブラン買ってきてくれたんだうちおいでよ」
「いいの?すぐ行くね!」
あの頃家の電話でそうやって連絡をとりあって何かと薫君の家に行くのがとにかく嬉しくてそのたびに色付きのリップを塗ったり男の子はポニーテールが好きって話を友達から聞いては真に受けて後れ毛たっぷりのポニーテールを結ってみたりと気を引こうと必死だった。
「お邪魔しま~す」
「園子ちゃん今コーヒーいれるね、誠兄さんの向かいに座っといて」
「は~い、あっ、誠お兄さんこんにちは!すいませんいつも私の分までケーキありがとうございます!」
「園子ちゃんは今日も元気いっぱいだね、気にしないで薫の分一個っていうのもね…俺はなんせ甘いものが苦手だから」
薫君がこの団地に家族で引っ越してきたのは中学生のときで私はびっくりしたのだテレビの人じゃなくてこんなきれいな男の子が普通にいることに……それに薫君は他の男の子みたいにくだらない下ネタを女の子に言ったりしないし優しいし勉強だってできるし……
つまりスポーツマンタイプの男子にしか興味のない女の子達以外は薫君と仲良くなりたくて仕方なかったのだけどおとなしい薫君はなかなか手ごわくて……
そんななか同じ高校に受かって団地の同じ階に住んでてこうしてケーキまで一緒に食べたりできる仲になれた私はなんて運がいいのだと本気で神様に感謝していたのだ。
「渋皮のモンブランだ~これすごい好きなのにまだこの辺じゃ売ってなくて……この辺だとあの黄色いモンブランしかないんですよね~下がカステラのあれも好きなんですけど」
あの頃はまだ田舎町では黄色いモンブランが主流で私はあれも子どもの頃から大好きだったのだけどちょっとだけ都会よりの街に親と行った時に買ってもらった渋皮のモンブランを食べてから虜になっていた。
「じゃあまた買ってくるよ、薫も渋皮のモンブラン好きだもんな」
「うん、園子ちゃんまた一緒に食べてくれる?」
「えっ、私は嬉しいけど…いいんですか?」
「もちろん、薫とこれからも仲良くしてくれると嬉しい、いとこの俺からしてもおとなしすぎて心配だしさ」
「はい!もちろんです!」
「頼もしいな」
そうやって渋皮モンブランを秋になると誠兄さんが買ってきてくれて薫君と一緒に食べることがおきまりになった高三の栗の季節が終わりつつある頃…………
薫君と誠兄さんは死んだ
地方紙の隅に白黒で『男子高校生と20代後半の会社員男性シティホテルの一室で遺体となって発見される二人は従兄弟同士であるといい目立った外傷がなく二人で服毒自殺を図ったとみられている。』そんな感じの記事が掲載されたのだ。あの頃はまだ男性同士のことについてあまり大々的に報道されない向きがあって心中という言葉は使われなかったけれど私にもそして周囲の近しい人間にもきっと二人がそういう仲だったんだとわかったんだと思う。
隣の市で行われた誠兄さんのお葬式には行けなかったけれど風の噂で誠兄さんの奥さんが薫君の両親と大喧嘩になって滅茶苦茶になったと聞いた。
薫君のお葬式では誠兄さんの奥さんは見かけなかったけれどお寺の外から大声で薫君を罵る言葉を発する女性の声が聞こえたのを今でも覚えてる。
薫君の一周忌私は渋皮のモンブランを二つ買ってインスタントコーヒーを三つ入れて勝手に手を合わせた。薫君の両親はこの市に居づらくなって遠いお母さんの実家に引っ越したらしく薫君のお墓もこの市にはないのだからこれは私なりの祈りだ。
私の初恋の思い出は渋皮のモンブランとインスタントコーヒーとそして…………
お線香の匂いだ
秋の郷愁 南野月奈 @tukina
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