ゆず季ちゃんのCBR600RR

「ゆず季ちゃん、お腹大丈夫?」と人魚像を挟んで隣に腰をかけ、ゆず季ちゃんに話し掛ける。


「うち、貧乏なんで。食べれるときに食べるってのに慣れちゃってて」とテヘペロするゆず季ちゃん。

「え、なんか孝子と幼馴染っていうから世田谷住まいのお金持ちイメージだった。あ、こんな言い方は失礼だよね、ゴメン」

「キョウお姉さんって面白い人ですね。よく言われません?」と素敵な笑顔をこちらに向ける。トマトには言われたかも? 覚えてないや「そう?」と返す。

「うん、社会にでるとそんな風にすぐに謝れる人なかなかいないですよ」

「そっか、社会人。先輩なんだよね。アタシ就職先について悩んでるから純粋に尊敬するよ」

「だから、そんなとこですよ。キョウお姉さん、ほんと素敵。私の場合、働くしかなかったんですよ」とゆず季ちゃん。

「ごめんなさい、つまんない話しますね」と続けるが、瞳は下のベンチで横になってる孝子の方を向いていた。


 ここからは「孝姉には内緒ですよ」と前置きして話し始めたゆず季ちゃんの話。


 孝子が大学に入る頃にゆず季ちゃんのお父さんが転職活動に失敗し、いわゆるブラックってほどではないにしても限りなく黒に近いグレー企業に入り、給料だけでなく体調も崩してまともに働けなくなってしまったらしい。この辺の事情は孝子のお父さんは知っているらしいが孝子には話していないそうだ。

 結果、ゆず季ちゃん家は世田谷のガレージ付きの家からも引っ越して、今は秦野に住んでいて父親も少しずつだがパートで働いている。

 彼女は大学への進学を諦め高校三年生の時点で、自分がどんな仕事をしたいかやっていけるかを真剣に考えた末、バイトをしながら専門学校を卒業して就職。

 今は家に毎月決まった金額を入れているらしく、600RRも親には内緒で買っているそうだ。孝子のようにハイグリップタイヤを履かせて限界まで攻めるなんてとてもできないと言って笑っていた。言われてみればゆず季ちゃんの600RRはタイヤも含めフルノーマルだ。


 まぁ、孝子も親には金銭的に頼ってはいなくって、あのハイグリップタイヤは孝子のピンクまでは行かないがパステルピンク(ショッキングピンク?)の労働の賜物なんだけど、これは孝子に口止めされているから言えない。


 話の中で、600RRを愛車に選んだゆず季ちゃんの言葉が印象的だった。

「パパから聞いたんですけど、昔は国産車を買って色々カスタムするよりも、ドゥカティを買ってノーマルで乗ってる方が結果的に安く速く走れたんですって。私、今もそうだとは思えないんですよ。今は国産車だって十二分に戦えます。だったら少しでも整備代が安い国産車の方が優れてますって!」

 孝子との勝負に拘る部分も根っこにはこの感情があるのだろう。

 これにはニンジャと私の関係性についても考えさせられた。私はなんでニンジャを選んだ? 父のお下がりを、しかも勝手に乗りまわしている私は、この子ほど胸を張って語れない。


 進路にしてもそうだ。ゆず季ちゃんの話を聞いて、私は本当にこのままとりあえず出た内定で就職していいのだろうかと考えてしまった。


 東名上り線で見たいつかの景色。

 あの時のように、このツーリングで私の悩みなんか吹き飛ばしてしまうような美しい瞬間があって欲しい。そう願いながら、帰路についた。

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