夢の中へ…

 会社に迷惑をかけてしまうのはわかっていたけど、自分の中でこのまま成り行きで就職し、そのまま歳を取って生きていくことに違和感を感じてしまった。


 事前にアポイントメントを取り、約束の時間の15分前には受付に着いて人事担当の方を呼んでもらった。

 今日の私は面接の時よりも身だしなみを整えてきた。

 パンツスーツを着るのもこれで最後だと思ったから。


 少々お待ちくださいと言われ、頷いたあと静かに目を閉じて待つ。


 今、私の瞼の裏にはゆず季ちゃんと人魚像を挟んで話をしていたあの時、一緒に眺めていた日本海の景色が浮かんでいる。


 面接の時にも話をした方が現れ、その時と同じ見覚えのある小部屋に通された。

 小部屋と言っても、事務所内に作られたパーテーション分けされた小スペース。他の社員の方々にも会話内容はまるこえだろう。


 挨拶をした後、人事担当の方に内定辞退の旨を丁寧に伝えた。

 最初は期待しているなどと引き止められたが、その内に私の意思が固いと伝わる頃には呆れられて、非常識だ、そんな事では何処でもやっていけないと罵られた。

 I think so.ってやつ。

 全くもってそうsoだと思うI think


 話が終わり、後ほど郵送する書類などを受け取り会社を後にする。会社を出るまでにすれ違う全ての人間に、人生の負け犬を見るような目で見られている気がした。

 だけど入口のドアを開ける時、ガラスに映った私の顔はいつもより少しだけ大人に見えた。


 外に出たところで、丁寧に撫で付けた髪を手でわしゃわしゃと元通りに戻す。スーツのボタンを外し青空を見上げて「んーっ!」と声を出して伸びをしてから駅に向かった。

 途中、歩きながら父に電話をした。もう少しだけ、真剣に考えさせてと。父は一言「やりたいようにやればいいよ」とだけ。この人なら反対しないとは思っていた。最後に精一杯の「ありがとう」を伝えて電話を切った。


 家に着いたらスーツとブラウスをベッドの上に脱ぎ捨てて、ジーパンにTシャツ、パーカーにライダースを羽織って外に出た。


 ニンジャのカバーを剥がしてキーを挿す。

 道路まで押していきメットを被ってバイクに跨りシートに落ち着く。

 どこかに行きたい訳でもないし行きたいところも思いつかない。

 ゆっくり探せばいい。目的は場所じゃなく手段なんだ。


 バイクで走りたい。


 エンジンをかけ、特に行く当てもなく走り出した。


―完―









……


「バイト募集中ね……」店内をぷらぷらと、ネックウォーマーなどの防寒装備を物色しながら歩いていたらバイト募集のポスターが目についた。


 少し走っただけでももう肌寒くて、何となく立ち寄った家から一番近いバイク用品店の店内。

 結局の所、バイク乗りなんてそんなに行くところないんだよね。


 いつも事あるごとにお世話になっている大手バイク用品店と比べると、品揃えは少しだけ劣っているけど、偶に利用するこのお店のスタッフさんの対応は気持ち良くって、それに関しては大手に負けていないなと思っていた。


「あのー、これって」とたまたま近くを通りかかった店員さんに声を掛けた。

 まずはまだ募集しているのかだけでも聞いておきたかったんだけど、話しかけたその人がなんと偶然にも店長さん。話をしている内に「良かったら是非、面接に来てください」と言われ、慌てて「ちょっと考えさせてください」と答え、会釈をして駐輪場に停めているニンジャの元に向かった。


 メットは被らずニンジャに跨り、タンクの上に肘をついてバイク用品店を眺める。

 駐輪場には如何にもバイクに乗り始めたばかりって感じの学生さん達や、もう何十年もバイクに乗ってるって自慢話の出てきそうな孤高のおじさん、通学用スクーターでも買ってもらったのか両親と一緒に来ている女の子までいる。

 あの人達みんなバイクに乗ってるんだな。


 先程の店長さんがお客さんと一緒に外に出てきて、お客さんのバイクのタイヤサイズを確認している。こちらに気づいて小さく会釈をしてくれた。私も笑顔で会釈する。


 ……うん、まずはここでバイトしながら探してみたい、私の天職。


 確認が終わり、お店に入っていく店長さんのユニフォームを眺める。

「黒ベースにライムの差し色がいいね、きっとアタシに似合う」と小さく呟いた。


―本当に完―

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G.B.3 笹岡悠起 @yv-ki_330ka

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