Petit Wing

「おめでとうー!」と、夏のピークは過ぎたにも関わらず北海道の日差しで見事なまでにシールド焼けをしているユキ(カロリークィーン)に祝福されたけど、生返事でしか返せない私。


 10月を過ぎたが、まぁ決まっただけマシなんだけど。

 だがしかし。

 ヒロシ程真面目に就職活動をしていた訳でもなく、宗則のように大学での学びを大いに活かせる職種でもなく、洋子のように果敢に夢を追った結果でもない。

 中途半端で生半可、私は自分の将来のことなのに実感が湧かない。


「ありがと。それにしても凄い日焼けだね」

「ねー。晴れてたのは良いんだけど、今回新調したフルフェイスのお陰でタヌキ顔ですよ」と言うユキ。北海道で大人になったのか、ウザイ話し方がやや落ち着いている。


 詳しくは教えてくれないが、臨時収入が入ったというユキは、パッと見はフルフェイスに見えるシステムタイプと言うヘルメットを新調して北海道ソロツーに臨んだ。

 内蔵式のサングラスが付いてはいるが、雄大な景色をそのままの色で感じたいからとクリアシールドだけで走っていたそうだ。

 ……あとこれは本当にどうでもいいことだけど、ロゴの一部を削って『yuki』に変更している。


「お疲れ様です、なんかめでたい事でもあったんですか?」とヘラヘラとニヤケ顔でご隠居が登場。

 事故後のリハビリも、バイクライドのリハビリも順調に進んでいるらしく、ヘルメットを持っている。歩き方もほぼ普通で、言われなければリハビリ中とわからないだろう。


「お疲れー。もう殆ど毎日バイク通学?」とユキが聞く。

「ご隠居の方がめでたそうだよ、なんかいいことでもあったの?」と私。

「えっ、わかります? 先週奥多摩でリハビリしてたらバイク女子に話しかけられてLINE交換しちゃって」と、鼻の下を伸ばし、まぁなんとも間抜けズラってのはこう言う顔だってお手本を見せる。


「孝子の事はもういいんだ」とご隠居の隣の椅子を引いて、優雅に腰を掛けながら孝子。

「ええ、なんて言うか、孝子さんは憧れっつーか、高嶺の花過ぎて……って、孝子さんっ?」とご隠居。

「お疲れちゃん。アンタが本気でないのなんか最初からわかってるっつーの。本気だったら私ももっと誠意ある対応するよ」とサンドイッチの袋を開けながら孝子。


「えー、どんな子なのー?」とユキが聞く。

「なんかCBR600RRに乗ってて、背が低くて可愛い娘ですよー。ちゃんと革ツナギ着て峠に来る意識高い系で、背中にちっちゃい羽根付きのリュック背負ってて、それがまた女の子っぽくて可愛くって……」とご隠居が話した辺りで「ブッ」と、孝子が頬張っていたサンドイッチを対面のユキの顔に吹きかけた。


「ちょっ、ちょ、えーっ! 何っ!」とユキ。

「ご、ごめんっ」とまだ自分もむせてゴホゴホ言いつつハンカチを出す孝子。隣の私も慌ててハンカチを出してユキの顔や服を拭く。

「アレ? 俺なんか変なこと言いました?」と聞くご隠居に

「アンタこそそいつに変なこと言ってないよね?」と孝子。

「いや、LINEで色々話はしてますけど、いや訳がわかんないんですけど……」


「その娘、走り屋だよ。〝Petit Wing〟っつーチームの」

「えっ、あー、どーりでなんか色々と『G.B.』のこと聞かれると思ってたんですけど」

「アンタ何話したの?」

「リーダーって誰なんですかって聞かれて、昔アプリリアに乗ってた孝子さんって人だって伝えたら、知ってるって言うから」とご隠居。

「別に私リーダーとかそんなんじゃないけど。で?」

「その、同じ大学のサークル入ってるって。昨日の夜LINEで……」

 やや複雑な顔でダンマリを決める孝子。複雑でわかりにくい表情なので、ご隠居は自分が悪いことをしてしまったのではと、しゅんとしている。


 ご隠居が自分の判断で知っていることを話しただけ、孝子も別にそんなことでご隠居の事を悪く思ったりするようなやつではない。ここは孝子と付き合いの長い私が沈黙を破ってやるか。

「知り合いなの? 孝子?」

「バイクは変わってるけど、十中八九知り合い」


「っつーか、幼馴染」


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