陸ルート3

 夏休みも終わり、久しぶりの学校。


 必要な履修はほとんど無いので、就職課や学食が主な居場所だ。

 就職課から学食に帰ってきたら宗則と孝子の姿があった。二人ともバイク雑誌を読み耽っている。


 宗則の就職活動は終わっているが、千宏ちゃんと付き合い始めてまだ2ヵ月も経っていない宗則は大学に来ていることが多い。今日も千宏ちゃんの講義が終わったら二人でどこかに走りに行くのだろう。デートはもっぱらラーメン屋かバイク用品店という。千宏ちゃん、ほんとにそれでいいの?


 宗則から聞いたんだけど、ヒロシは時間が出来たので大型自動二輪の教習所に通っているそうだ。


 これは大型を取ってみて感じたことだけど、別に無理に大型免許を取る必要はないと思う。ただ私たちの学年の部長宗則が一年生の頃から大型免許を持っていたので、自然と私たちの学年が影響されただけのことだ。

 ユキの学年はユキとトモくんだが、この二人に交流はさほどない。現にトモくんは大型免許に興味が無さそう。

 千宏ちゃんは免許取りたてだし、トマトもいい意味でドライなスタンスでバイクと付き合っている。

 辛島の学年は今のところ辛島一人。あ、あと正確にはご隠居も。辛島はブラコンだから大型免許を取って、古いCBとかに乗り換えそう。

 へんぴな場所にある我が大学ではバイク通学者は多いが、それでもサークルに入るほどバイクが好きって人は年々少なくなってきているように感じる。


 ヒロシの話を宗則から聞いて、そんなことをぼんやりと考えていた。


 ふいに、バイク雑誌から目線を離さないままの孝子に話掛けられた。

「アンタの方は就職活動どう?」

 急だったので少しだけ肩がビクってなったけど、気取られないように普通のトーンで答える。

「一応2社から内定もらえてて。ただなんとなく微妙なんで悩んでる」どちらも営業職での内定で、条件はほとんど同じ。出来れば事務職での就職を考えているので決めかねている。

「悩んでるなら断ればいいじゃん?」

「うー、真っ直ぐな正論に返す言葉がない」

「私も何社か内定出たけど、面接の段階やら条件やらで合わないなって思ったから今のところ全部断ってるよ」と孝子。


 実家を継ぐって選択肢のあった宗則もそうだけど、孝子もバイト先に就職って道もある。

 二人が保険があるからと言う気持ちで取り組むような奴ではないってのはわかっているんだけど、心の何処かでそんな感情が生まれそうになり、慌てて消し去る。


 ライディングもそうだけど、やはり心に余裕と言うか何というか、そう言う安全マージンみたいなのを如何に取れるかが重要なのだろう。私には余裕がない。


 学食の固い椅子の背にもたれかかり伸びをする。目をつむると宗則の背中を追い掛けた峠道が蘇る。孝子のテールが離れていく瞬間も。

 あの頃の私は余裕があっただろうか?


 一年、また一年と、バイクに乗り始めてからいつの間にか数年経ってしまった。

 果たして私は成長出来ているのか。


 たまに学食でユキなんかとバイクで事故りそうになったこととかをみんなで話し合って危なかった例として共有することがある。

 ユキが失敗したシチュエーションを聞くと、私なら大丈夫だったかなと思うことが多い。孝子もそう感じている筈だ。

 高校生の頃からカブに乗っていて、普通免許を通り越していきなり大型免許を取得し、しょっちゅうツーリングに出かけているユキの方が断然距離は走っているのだろうけど。


 距離を走っていれば偉いとか、速ければ偉いとか、長く乗っていれば偉いとか。

 どれも私の価値観とは違う。強いて言うなら、乗り続けられた先に答えがあって、その答えを見たいのかどうか。

 今の私はその場所に辿り着きたい気持ち。ずっとバイクを好きでいたい。そんな仲間とずっと一緒に居たい。そんな気持ちたちの集合体だ。


 ぐるぐるした私を救い出したのは、洋子からの嬉しい知らせを告げるメールだった。


『キョウ!デザイナー見習いで内定出たよ!』

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