素人作業の代償3
「ニンジャの作業やりながら待つか」と宗則。
「千宏ちゃんの様子見てきたげなよ」と私。
「大丈夫だべ。みんなの時はみんな、二人の時は二人、わかんない子じゃないよ」
「そう? アタシにはちょっとアンタのその感覚がわかんないよ」
そんな会話をしながらセンタースタンドをつけるために集合部から後ろのマフラーを外していく。
これから固着しているリアキャリパーサポートにアタックする。無事シャフトを外す事が出来たらセンタースタンドを使ってリアホイールを分解する。その時に万が一にもフロント側が浮いてしまわないようにしたい。
先に宗則と二人で様々な案を出し合う。庭先にコンクリートアンカーでも打ちつけてあればいいんだけど。
いくつか出た案の中で、道路側のグレーチングドブ板とフロントホイールを縛る作戦が一番固定出来そうだったけど、今日中にけりがつかなかった場合、夜間もそのままになってしまうので却下。
そのアイデアを発展させて、向かいから建築足場を借りてきて、ニンジャのフロントホイールを端に乗せて一緒に縛り、さらに宗則のCBのリアホイールを反対側の端に重しとして乗せてみる事にしてみた。サスのリンクの下にも車用のパンタジャッキをあてがう。これでガッチリと固定出来ることがわかった。
一旦ジャッキやセンスタを外して、再度リアホイールを接地する。
まずは辛島に持ってきてもらった電動インパクトレンチで数回に渡りアクスルシャフトにアタックをかけたが手応えはなかった。
「ラスペネとかある?」
「何それ」
「浸透力に特に優れた潤滑剤」
「5-56なら」
サポートの隙間に5-56を吹き付けて、タバコに火をつける。
肺いっぱいに吸い込んだ煙をゆっくりと溜め息と共に吐き出す。
「どーしたもんかね」と私。
「ちょっと喫煙者の気持ちわかるよ」と宗則。
「何それ? 逆にアタシが聞きたいよ、そういうもんなの?」
「あー、切り替わるってよく言うべ?」
「うーん、近いっちゃあ近いかなぁ。せいぜい煮詰まる前に踏み
「十分じゃない? 一本貰ってみようかな」と言う宗則に無言で一本渡す。受け取ったタバコを口に咥える宗則に一歩近づき、ジッポーを手で覆い火をつけようとした時、後ろから千宏ちゃんの声がした。
「ダメですよ、先輩っ! タバコ臭くなっちゃうでしょっ」と千宏ちゃんが寝転がったまま大窓から顔だけこちらに覗かせている。
「ぷっ、あは。ダメだってさ」と言って宗則の口からタバコを奪った。
「コーヒーでも入れるよ」
立ち上がって大窓から室内に入ろうとした時、丁度トマトと辛島が戻ってきた。
――自分で自分のことを、人よりもよく気が付く方だとは思わない。
けどキョウさんや宗則先輩はちょっと微妙だなって思う。孝子さんはなんか超越してて逆に怖い。
辛島が何か宗則先輩に言いにくいことがあるのはわかった。でも、そういうのは大抵の場合聞くべきじゃないことだ。本人が話したいときになったらそのタイミングで聞ければいい。
だけど、最近の俺は少しキョウさんに当てられてしまったと思う。おせっかいなやつになってしまった。そしてそんな自分も悪くないなと思う。
「辛島、宗則先輩のこともしかして苦手か?」信号待ちでシールドを開けヘルメットを少しだけ後ろに向けて大声で話し掛ける。
「……サークルのみんなには内緒にして欲しいんですけど」と辛島が言ったところで信号が変わる。クラッチを繋ぎスルスルっと回転数を控えめに巡航する。辛島がタンデム席から少しずつ話してくれた。俺はその話にただ相槌を打つだけだった。
今日、家に居るかどうかはわからないけど、辛島が宗則先輩に来てほしくなかったのは、先輩をお兄さんに会わせたくなかったのが理由らしい。正確には先輩のCB1100Fを。
辛島の兄、辛島
辛島は色使いが似ているからとお兄さんがふざけて貼ったという
辛島兄の性格だと、宗則先輩のCBを見たらなんでもかんでも話してしまうだろうと。辛島はサークル創始者の弟っていう杓子定規で自分をはかって欲しくなく、自分で自分のバイクとの関係をみんなに認めてもらいたいという思いから、兄のことは黙っていたそうだ。
……俺的には考え過ぎだと思ったけどね。
そんで結局、家には辛島のお兄さんはいなくって、取り越し苦労になった訳で――
「おかえり。まずはコーヒーでも飲もうよ」
咥えタバコに火を点けずにコーヒーを用意しているキョウさん。顔色は良くなったが眉間に皺を寄せてキョウさんの咥えタバコを見つめている千宏ちゃん。
俺にはこの状況がわからかったが、孝子さんなら何かわかるんだろう、きっと。
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