世代交代?

 辛島からのメッセージを見て、すぐに電話をかける。メッセージアプリの緊張感のない呼び出し音に、普段は何も感じないがこういう時はイライラしてしまう。


「もしもし? 辛島?」

「あ、山崎先輩すいません、ちょっと転けちゃって……」メッセージを送ってきているから無事なのは分かりきった事だけど、やはり声を聞くと安心する。声のトーンでも落ち着いているのが確認出来わかった。


 状況を聞くと、単独での転倒で大した怪我もなくバイクも自走出来るとのことだったので、みんなにもひとまず無事ってのを伝えてうちで待つことにした。


 ちらっと千宏ちゃんを見ると真っ青な顔をしている。

「トマト、鍵開いてるからちょっとコーヒーいれてきて」と先輩命令を出して「顔色悪いよ、座ったら?」と千宏ちゃんを工具箱に腰掛けさせる。

 大窓の網戸を開け、キッチンでコーヒーを入れてくれているトマトのところに行く。トマトもこっちから入らせれば良かった。私も動揺しているのだろうか。お盆をトマトに渡し、私はミルクや砂糖を用意する。


 砂糖とミルクをたっぷりと入れて、本人の見た目通りに甘そうなコーヒーを飲んで少し顔色が良くなってきた千宏ちゃん。私たちは慣れてしまったけど、やはりバイクに乗り始めてすぐの彼女にはちょっと衝撃的な事だろう。


 千宏ちゃんが落ち着き、私がタバコに火をつけたタイミングで辛島が到着した。

 少し手前でニュートラルに入れてそのままキルスイッチでエンジンを止めてフロントブレーキのみで停車する辛島。その様子を見て宗則が「レバー逝っちゃったかぁ」と一言。

 なるほど、確かにクラッチレバーが根元から折れている。


「すいません」と辛島。

「大したことなくて良かったよ」と私。

 宗則とトマトはヨンフォアの周りをウロウロとしながらダメージチェックをしている。

「きゃあっ!」と後ろから千宏ちゃんの声がして振り向くと千宏ちゃんが辛島の足元を指差して「ちっ、血出てますっ」と言う。私と辛島の目線も下に行き「あ、ホントだ」と呟く。作業ツナギって薄いからすぐ破れるんだよね。派手に血は出ているが、垂れている感じはない。広範囲に擦りむいているだけだろう。

「私、もちょっと横になってます〜」と言いながらフラフラと大窓から室内に上がって行きコテッと床に転がる千宏ちゃん。


「握り転け?」と車体を見ていた宗則。

「はい、ウィンカー出さずに左折する車に気付くのが遅れて……、って言うよりはスピード出し過ぎてました。いつもなら止まれたと思います」としっかりと自己分析出来ている。


「これとりあえず一番はクラッチレバーじゃない? けど、そこら辺で売ってるかな?」

「俺ん家まで帰れば予備はあるんで大丈夫です」

「コレで帰るのもしんどいべ、一度タンデムで送ってやっから、キョウん家で整備大会にしようぜ」と宗則。


「えと、お気持ちはありがたいんですけど、出来れば龍ヶ崎先輩の方が……」と即答する辛島。

「別に遠慮しなくていいんじゃない?」と、私が言うのもなんだけど、こういう進言は私の方がいいと思った。女子ってのはこう言う時には良いと思うんだ。そう言うのをちゃんと適材適所で使うことが悪い事でも良い事でもないって、孝子と洋子に教わった。


「いえ、その」と詰まっている辛島に察しのいいトマトが助け船を出した。

「そろそろ、俺らの代が来る準備しないと。いつまでも先輩方に頼ってられないですから」と。


 破れた作業ツナギの膝下に軽くバンダナだけ巻いてタンデムで去って行く二人を見送った。

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