宗則の告白
「二人ともおめでとう、カンパイ」って感じの孝子の簡単な音頭で始まった飲み会。
ヒロシの夢語りや、ご隠居の入院生活の苦労話などでみんなほろ酔いになった頃に、トマトの「そういえば忘れてませんか?」って言うツッコミで、みんなご隠居のDRZのお披露目の件を思い出した。
「ダララララ〜」とユキがドラムの効果音を口真似して、宗則と私で掛けていたタオルケットを剥がす。「ジャジャーン」とユキがはしゃぐ声とご隠居の「おおおっ」と言う驚きの声が重なる。
「えっ、タッチアップどころじゃなくなく無いですか?」
「カウルとか全部割れてたし、大変だったよ。基本的に作業はトマトがやって……」と説明していると
「あれ? 最後に転けたときの右側以外も割れてました?」とご隠居。
「うそぉ?」と私と宗則がハモり、孝子の方をチラッと見る。
「だからぁ、言ったじゃん」と孝子。
私と宗則の中では、孝子がご隠居のバイクで撃墜王みたいなことをしていた時に「最初慣れなくて転けた」と言っていたのは修理代を出すという口実作りの為の孝子なりの気遣いからでた出任せだと勝手に思っていたが、どうやらマジだったらしい。
事の経緯を孝子から、ノリで孝子モチーフの痛車にしようとした等の笑い話をユキから、ご隠居の食いつきが良かったので途中までのデザイン画を洋子が、って流れで話が弾んだ。
孝子が「アンタのバイクで十分いけんだから、もっと腕磨きなよ。ただし慎重に」と言っていた辺りでは感動して泣きそうな顔をしていたご隠居だったけど、痛車のデザインを見たときにはホントにやりたいと言い出して、恥ずかしいから止めろという孝子にヘッドロックをされて笑っていた。
DRZの話題が落ち着いた頃「孝子さん、あのっ」とご隠居が口を開くのと、宗則の「俺からもみんなに」って言葉が丁度重なって、ご隠居が宗則に譲った。
「ご隠居のはいいの?」と私も一応聞き直したが、大した事では無いので後からでも、と先輩の顔を立てる。
「えー? もしかしてご隠居くん、孝子ちゃんに愛の告白とかー?」といつも通り空気が読めないユキ。
「そう言うんじゃ無いでしょ」と孝子。
「ごめん、俺も大した事じゃなくって、あんまりかしこまって言うようなことでも無いんだけど、実は昨日俺も内定貰って。あと、もう一つ、なんかこういうめでたい席で言うのもなんか違うかもだけど、みんなにも聞いておいて貰いたいというか……」と宗則。え、内定って。普通に大した事じゃないの?
そして相変わらずの抑揚のない感じでそのまま話し続ける宗則。
「なんかサークル内でこういうのもアレなんだけど、俺なりに考えて、どうもやっぱり千宏ちゃんの事が気になってて。もし千宏ちゃんが良ければなんだけど、俺と付き合って欲しいなって」
一瞬、わが家のお茶の間に天使が通り、その後、天使が落とした爆弾がドカンと爆発した。みんなお酒も入っているし、千宏ちゃんは泣き出すしで大騒ぎだ。
結局、千宏ちゃんの口から、実は返事待ちだったことや、それがまさかこんなみんなの前でになると思っていなかったこと、宗則から、就職先の事や、千宏ちゃんの告白を受けて自分に自信がついたみたいで面接も上手く行ったこと、どうせならいつも一緒に走っている仲間である私たちにも千宏ちゃんと付き合うことを知っておいて欲しいと思ったことなど、話してくれた。
ひと段落して、ベランダで孝子と一服していると、ご隠居がやってきた。
「ん?」と咥えタバコのままソフトケースを一振りして孝子がご隠居にラッキーストライクを一本勧める。
「ありがとうございます、でも実は今禁煙してて」と、そっとタバコをケースに押し戻すご隠居。
「今、いいですか?」とご隠居。
「アタシ向こう行こっか?」
「別に大丈夫でしょ」と孝子。
「その……」と話始めたご隠居にまた孝子が被せて話始める。
「あのさ、私もバイクもそういうんじゃないから。リハビリ終わったら一緒にゆっくり峠流して缶コーヒーでも飲めばいいじゃん。おんなじトレーナー着てさ」と孝子が言うとご隠居がくしゃっと顔を崩して静かに泣き始めた。その頭を孝子がグイッと引き寄せて、自分の胸に押し付けた。そのまま声を殺して泣くご隠居を黙って見つめる私と孝子。孝子の咥えタバコからご隠居の頭に灰が落ちていく。
タバコの火がフィルターに到達するまでのほんの数分間の後、ご隠居は泣き止みゆっくりと孝子の胸から顔を上げた。
「じゃあ俺、中に戻ります」と言うご隠居の頭の上の灰を私が無言ではらう。
「アタシらも戻る?」
「もう一服してからでいいでしょ」
お互いに新しいタバコに火をつけて柵にもたれかかる。有名な星座しか見えない神奈川の夜空を仰ぐ。
「何だったの?」
「速く走れなくなった。自信が無くなった。トロいと私に悪いから同じトレーナー着られない。とか、そんなところでしょどーせ」
「アンタすごいね。良くそこまでわかるね」
「まぁ、特殊接客業だからね」と言ってニシシと笑う孝子。
「だからさ、アイツに言葉にして欲しくなかったんだよ。ホントになっちゃいそうでさ」こちらを向かずにタバコを吹かしながらそう言い放つぶっきらぼうな態度は、キャラに似合わないセンチなことを言ってしまった照れ隠しからだろう。
「(特殊接客業じゃないけど)アタシにもわかるよ」と小声で呟く。
「何よ?」
「何でもなーい」ニシシと笑う私だった。
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