サイドカー
就職課を通じてデザインの仕事もある編集プロダクションにうちの短大から入社したOGを紹介してもらえることになった。
テラス席で待ち合わせにしようかとも思ったけど、職員に見せて貰った資料の名前を二度見して、やっぱり短大棟の中にある自販機前の小さな軽食スペースで待ち合わせにしてもらった。
約束の時間より早めに行きスケッチブックを開いて頭に浮かんでくる構図をデッサンして時間を潰していると、ぼっこぼっこといった足音が近づいてきた。室内だからわかりやすい。
「あ、今日は私なんかの為になんかありがとう、哲子」
「〝なんか〟って。そもそもなんで私たちの間ってそんなに微妙なの?」と哲子。
「それは哲子がいつもピリピリしてたからだよ、すぐ怒るし、ユキといつも喧嘩してクラブの雰囲気悪くしてたし」と私。
創作クラブではユキ派と哲子派で派閥みたいなのができていて雰囲気が悪い時があった。途中でユキが気を遣って哲子がいないときしか顔を出さなくなって一応収まった感じだ。
「あなたもお酒飲むと大概だったけどぉ」
「げっ、最近気にしてんだよねソレ」
「ふふっ」と哲子が噴き出す。「雰囲気、いい風に変わったわよね洋子」
「そう? サークルが楽しいからかも。哲子も変わったよ。トモくんの影響?」
「それもあるけど、私の場合は社会に出るってことでいろいろ見方が変わったのが先かな。田村くんの影響も少しはあると思うわよ」
会社の方は最近、在宅でできる仕事は出来るだけ在宅に切り替えるように変貌しているらしく、こうやって時間を作れたのもそのおかげらしい。それでも駅から大学までは足がないと不便な場所だから申し訳ない。そんなことを気遣って話をしていたら「バイクで送ってもらったから」と意外な台詞が飛び出す。
「えっ! バイクって、まさか元彼? てかその
「話してなかったかしら? というか洋子とゆっくり話したことあんまりなかったものね」まぁ、確かに私はどちらかと言うとユキ派だったしね。
哲子が1年生の時にナンパをされてそのまま付き合うことになったというバイク乗りの男。実際はバイクと言うか、ヘルメットを被らなくていいサイドカーに乗っていたらしく、哲子は髪形も服装も気にしなくて良かった。その彼が大学卒業と同時にバイクで一人旅に行きたいと言い出して哲子と別れたのが2年前で、ちょうど新入生歓迎会でユキと大喧嘩した辺りの事。最近一人旅から帰ってきてフリーターをしているらしく、ちょくちょく会っていて、今日も送ってもらったとか。
向こうはどうか知らないが哲子としてはよりを戻すつもりはないと言っている。
「バイクもそうだけど、あの人は珍しいものが好きなだけなのよ。だから私をナンパしたんだろうし」とショタ好きで、去年私が見た目幼い美少年のトモくんといるときに声をかけてきた哲子が自分を棚に上げて言う。
「会社の先輩に話してみたけど、まずはデザインの仕事としては紙面のレイアウトやカットイラストなんかを頼みたいって。今は外注に出してるから、その比率を減らしたいって。ただ、うちは小さい編プロだから、それだけじゃなくっていずれは文章も書いてもらうことになるわよ。それで納得してくれるなら一度作品を持って会いに来てって」
「是非、お願いしますって伝えておいて。あと、ありがとう、哲子」
「まだ、採用されるかどうかはわからないからね。言った通り、本当に小さい編プロだから。その代わり、採用されるならそれは洋子の力が会社に必要ってことだから。温情なんてするほどの余裕はないから。うちの会社」
「それでも、面接まで漕ぎ着けてくれただけでもやっぱりありがとうかな」
「ほんと、いい意味で変わったわね。誰かいい人でもできたの? 彼氏か彼女か知らないけど」
「ちょっ、彼女って!」
「今更。あなたバイでしょ。みんながみんなわからないかもだけど、見る人が見たらすぐわかるわよ」
「……女子に絶賛片思い中、男子も少しだけ気になるのが若干1名」
「……満喫してるわね、キャンパスライフ」
米:『本文中にてヘルメットを被らなくていいとされている車両でのヘルメット非着用は安全上推奨致しません』
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