エキセントリックな夢
ニンジャに掛けられたカバーを剥がす。
フロント側のワイヤーロック用の通し穴がブレーキレバーに引っかかる。朝一からかっこよく決まらないもんだね。
鍵を挿しポジションに入れないようにイグニッションをオンにする。オイル警告灯が赤く光り、キルスイッチをRUNにしつつシート側面に腰を押しつけながら車体を起こす。
サイドスタンドを跳ね上げてニンジャに跨り、クラッチを握りギアをニュートラルに入れる。緑のランプが光るのを確認してチョークレバーを引きセルボタンを押す。
「キュカカ、キュカカ、キュカ、、ボッ、ボボ、ボッボ」
水温計の針が動き始めるまではアイドリングが落ち着かない。エンジン音を確かめながらチョークレバーを戻す。
一度ニンジャから降りて地面に対して斜めに踏ん張りながらニンジャを転回しようとするが、車体が後ろに下がらない。
「あれ?」思わず声が出る。
もう一度。今度はフロントブレーキを握りフォークを沈ませて、伸びるときの勢いをプラスして後ろ側に全体重を載せて動かそうとするが、やはりビクともしない。
流石におかしいと思いスタンドを出してバイクから降り、リア周りをチェックするとホイールに地面から生えた蔦が何本も絡まって地面と一体化している。
「なんだこれっ⁉︎」と上半身を起こしたら、台所でみんなの朝食を用意しているトマトと目が合った。
「あ、おはようございます。キッチン借りてます」相変わらず寝覚めいいなぁトマトの奴。そしてやはり私は夢見が悪い。それもそのはずだ、足元を見ると宗則の足と洋子の足、そしてご丁寧にベッドから足だけこちらに落っことしている千宏ちゃんの足が全部私の足の上にのしかかっていた。
「おはよ、ちょっと一服行ってくるよ」とただ一人起きているトマトに告げてベランダに向かおうとしたが、「キョウさん」とトマトに呼び止められる。
「あの、こういうこと言うのはアレなんですけど、健康のためっつーか、少し控えたりとかってどうでしょうか」と説教臭いことを言われたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
台所に行きトマトの耳元で小声で「キス、タバコ臭かった?」と囁く。
「え、いや、そういうんじゃなくって……」と赤くなるトマト。
「冗談だよ、ありがとうね。こう見えて最近徐々に本数減らしてるんだよ」
「え、うん、そっちの方がいいと思います」
「最近、値上げが激しくってさ」と言いながらベランダに向かった。
後ろから「なんですかそれっ!」というトマトの声が聞こえた。
ベランダから庭先のニンジャを眺める。変な夢を見た後だから少し気になる。
いつもベランダとは言っているが、一階のダイニングにくっついている物干し用のスペースなので、乗り越えれば外に出られる。洗濯物を持って2階まで行きたくないと言った母親の意見が取り入れられてこんな変な作りになっているが、結局その母が出て行っているのだから全く意味がない。そもそもうちはほとんど乾燥機使うし。今ではすっかり私の喫煙所と化している。
ベランダに置いてあるサンダルを履いてタバコを咥えたまま低めの柵を飛び越えて外に出た。
一歩踏み出そうとしたら背中を引っ張られる感覚と妙に肌に風が当る感じがして、後ろを見るとTシャツの裾が見事に柵に引っかかっている。
「ト、トマトー、ヘルプー」とトマトに助けを乞う。
「ちょっと、なにやってるんですか、小学生ですか」と言われながらベランダに来たトマトにTシャツの裾を外して貰う。
「ブラ見たでしょ?」と聞いたが「見てません」と即答。
「ありがと」と言ってニンジャに向かう。後ろから「見えた。です」と聞こえてきた。悪態の一つでも
「チッ」と舌打ちしてニンジャのカバーを剥がしてリア周りを一瞥する。
「チェーンだっけか」
昨日宗則に言われたのを思い出して呟く。
こんなのまさに朝飯前だ。みんなが起きる前にササッと終わらせようと工具を出してエキセントリックカラーを締め込んでいるボルトを緩める。念のため、リアホイールの軸、アクスルシャフトを緩める。
……のだが、このボルトが鬼のように固い。ナット側はすんなりと外れた。ボルト側、つまりシャフト本体なんだけど、全然動かない。
汗だくになってアクスルシャフトと格闘しているとベランダからトマトが朝食が出来たと伝えてきた。鍵を開けてもらって玄関から戻り、みんなで朝食を食べる。一人だけ汗臭い私。
朝食を食べながら、宗則に現状を説明して協力を仰いだ。場合によっては
何でもなければいいんだけど、朝の夢のこともあって嫌な予感がした。
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