エンジンラバーズ
「ピーーッ!」
保温ポットのお湯が少なかったので、引っ張り出してきたヤカンがけたたましい音で沸騰を知らせる。小学生の頃から既に何代目かの彼だが、ずっと変わらない高音域。もしかしたら、保温ポットの台頭に対する怒りの声なのかもしれないが、もう少し優しい声にできないものなのか。
とろけるチーズを追加した私のカレー麺と孝子のインスタントスパゲティに沸騰したお湯を注ぐ。
3分待てないせっかちな孝子はすぐにお酒を開けて乾杯もせずに飲み始める。洋子との半同棲生活でほぼ毎日軽い晩酌をしているが、洋子は乾杯をしてから飲むことが多い。
けど、そもそも私は、私たちはこうだったよなと思い出す。私ほどじゃないにしても、やはり孝子もどこか女子っぽさを否定している、ユキもユキなりに否定している。
洋子と仲良くなって、いつの間にか私は男だとか女だとかを意識しなくなってきている。
「ねぇ」と呼ぶ孝子の声に遅れて反応する「なに?」
「酒、開けなよ。乾杯しよ」と孝子。つかアンタさっき飲んでたし。
酎ハイのプルタブを起こす。「プシッ」
「お互い
私はカップ麺の蓋を開けて、孝子は湯切りをして、それぞれ「いただきます」と呟いて麺をすする。
「懐いね。そういえばさ、宗則ってなんでいつも唐揚げ君とジャーマンドッグなの?」と孝子。
「むかーしね、初めて宗則に整備手伝ってもらった時にさ、買ってきてくれたんだよ。ジャーマンドッグも唐揚げ君も汚れた手でも食べられるって。最近は直に食べてるけど、爪楊枝ついてるじゃんアレ。んでさ、アタシそれまで唐揚げ君食べたこと無くってさ、すっげー美味しいって感動したのよ。そしたら宗則超照れててさ。それ以降バイク整備の時はいつも唐揚げ君とジャーマンドッグ。いい加減飽きるっつーの」
「ソレ完全に娘持つ父親がやらかすやつじゃん」と言ってゲラゲラと笑う孝子。
ひとしきり二人で笑いあって、しばしの沈黙の後、
「で、アンタは何が聞きたいの? また私のプレイ
「あ、あのさ、正月話した、いつまでもバイク乗ってないかもってやつ、アレなんでかなって思って。アタシ、怒ったりはしなかったけど、やっぱ少しがっかりはしちゃったと思う。んで、理由聞き忘れちゃったなって」
「あぁー」という言葉と、〝アレかっ〟て表情で言葉の続きを補う孝子。
「話変わって聞こえるかもだけど、アンタってパパリンの影響でバイク乗り始めたようなもんでしょ?」
「パパリンとか言ってないっつーの!」
「あぁ、ゴメンゴメン。言っちゃえば、私も半分くらいはそういうのあるんだよ」
孝子のバイク熱は幼少期に知り合いのおじさんの家のガレージでみんなで見ていた走り屋のビデオや雑誌の影響が大きかったのだが、孝子のチームトレーナーのG.B.ってのはお父さんが昔作っていたものを真似したものらしい。小さい頃に見た記憶があって、高校の頃にチームトレーナーを作ろうとしてお父さんのクローゼットを探したが見つけられなかったとか。お父さんはその頃は既にドカティ748Rからアルファロメオに乗り換えていて、そのタイミングで処分したのかもしれないと。小学校の頃の記憶と知識で唯一わかったのが少し大きめに配された〝G〟と〝B〟の
なるほど、それでいつ聞いても曖昧なチーム名だった訳だ。
「だからさ、いずれ私もパパみたいに
「そんな理由?」こちらはすっかり拍子抜けだ。
「アンタは不安にならないの? 自分に影響与えた人って、今は降りてるんでしょ? バイク?」
孝子の言葉がグサッと心に刺さった。
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