M.C.

 新入生歓迎会当日、場は真っ二つに割れていて、トマトの友達・南千宏ちひろちゃんにバイクの楽しさを語っているトモくんと、良さも悪さも伝えようとしている宗則、ツーリングで食べるご当地ご飯の美味しさを話しているユキたちグループ。

 一方、もう一人の新人、志願兵・辛島ようは飲める口だったので、私と洋子とトマトといった飲めるグループ。こちらは既にボトルで安ウイスキーを1本開けていて2本目に突入している。

 安ウイスキーの所為で白熱している会話内容は、バイクに乗るならこうあるべきみたいな精神論。ドッグフード以下。


「いや、ハーレーの人とかはわかるんですけど。ニンジャでそういうのってもう流行って無くないですか?」そんな中、私の看板について辛島の何気ない一言。


 年の離れた兄がいてその影響でバイクに乗っているといっていた辛島ならではの意見かも知れない。

 流行っていないのはもちろん知っているしわかっている。北海道で出会った福原さんが30年前って言っていたからその頃は流行っていたのかも知れない。私自身、看板ってものを知らなかったし、見たことがあっても辛島の言うとおりハーレーのクラブぐらい、それだってツーリング先でしか見かけない。私みたいに毎日バイクに乗るときに背負っている人は今やいないだろう。今日に至っては電車なのに寝坊して慌てて出掛けた所為でバイクの格好で来てしまってるし。

 なので、流行りでやっているわけではない。じゃあ何でやっているのか?

 こうして大学で知り合ったんだ、若いと言ってもせいぜい四歳程度しか違いがない。その辛島に投げかけられた言葉で私は思案している。それもその筈、自分でもまだはっきりとした答えは出ていないんだ。だけど、こういう出会いは看板のおかげだと思ってしまう。


「ちょっとぉ! 落ち付いてくださいっ!」とトマトの声で思考の淵から引き戻される。声のする方を見ると顔を真っ赤にして暴れている洋子をトマトが後ろから羽交い締めにして抑えている。

「別に悪い意味で言った訳じゃないですよ、なんでそんなに怒るんですか」とびっくりした様子で辛島。一度洋子に胸倉を掴まれたのか、シャツが乱れている。

 あ、ダメだなこれ。ちょっと収まらないんじゃないかな。まず洋子を落ち着かせよう。

「ごめん、ちょっとアタシも結構飲んでるから、みんなあとで忘れて」と言ったが、宗則たちはこちらに関心を寄せていないから驚くのは辛島とトマトくらいか。私はグラスになみなみとウイスキーを注いだ。

 トマトもろとも洋子に覆い被さり口づけをする。舌を入れるフリをして、口に含んだウイスキーを洋子の口に注ぐ。驚いた洋子が目を見開いてごくんごくんと2回音をたてる、口を離して残りのウイスキーも全部含んでもう一度飲ませる。いくら怒ったとはいえ急に殴り掛かるほどだ。かなり飲んでいる筈。

「ひょっとヒョウ、わたひは、はだ……ひゃっ」としゃっくりをしながらだんだんろれつが回らなくなり力が抜けていく洋子。


「ごめんねー、辛島。これ洋子がデザインしたんだよ、だから頭に血が昇ったんだと思う。けどそういう意味で言ったんじゃないでしょ?」もちろん、洋子だってそれだけじゃない。今日は革ジャンを着ていないが洋子も同じ看板を背負っているし、何より私に対する恋情がそうさせたんだろう。

「そりゃそうですけど、確認もしないで殴りかかろうとしなくたって」

「多かれ少なかれどっちにも問題があると思うよ、相手の問題はよく見えるんだよ、だからアタシは自分に問題がなかったかいつも考えるようにしてるよ。あと、君に足りないのは想像力だね。どんな言葉で誰がどう思うかとか考えながら喋りな」

 辛島は納得してない様子だったが、少しだけ考えようとしてくれているのか、何も言い返さなかった。


「んでさ、アタシは流行りとかでやってるわけじゃないから。昔流行ってようが今流行ってなかろうが関係ないよ。かと言って何か信念とか持ってやってる訳でもないし。強いて言えば……」

「強いて言えば?」と洋子に寄りかかられて動けないトマトが聞く。

楽しい奴バイク乗りをおびき寄せる為の罠かなー、今も辛島みたいなのがアタシの罠に引っかかったでしょー!」

「ほ、本気ですか?」と辛島。

「半分本気で、半分は冗談、あと半分は単に楽しいからだよ」と私。

「いや、増えてますって! 当社比で1.5倍くらいに」とトマト。

「あれ、ほんとだ」

「うぷッ」と洋子がこぽっと声を上げる。振り向きながら立ち上がろうとしてトマトにつまずき、そのままトマトのTシャツの襟首を引っ張って「ぅえーっぇ」と服の中に嘔吐してしまった。


 ここからは大変だった。とりあえず店員さんに色々借りて事後処理をし、慌ててお会計。トマトは被害が少ないものと人前で脱げないもの以外はビニール袋に入れ、コンビニで買った白Tシャツに着替えさせて、私の革ジャンを着させた。私はTシャツにGベストで、まさに漫画で見たような、昔流行ってた出で立ちに。


 みんなには私から詫びを入れて私と洋子は一次会で離脱。あとトマトも。

 一人で大丈夫と言ったんだけど、結局トマトが引き下がらず、茅ヶ崎駅から最寄り駅までは電車、駅からはタクシーで家まで洋子に付き添ってくれた。その間洋子は始終、私たちの間でリトルグレイ状態。

 トマトに父のスウェットに着替えて貰い、洋子も着替えさせてベッドに寝かせた。まずトマトの服を洗濯機に放り込んでから一息つく。


「トマト、ごめん。アタシが洋子に飲ませたから」

「いや、ほっとくと洋子先輩もっと暴れたでしょうし、一番早く鎮静化させる機転の利いた技だったと思いますよ」とトマト。

「で、どする? もうちょっと飲みなおす?」トマトが飲もうが飲むまいが私は飲むつもりでグラスにお酒を注ぐ。

「キョウさん、俺にも、その、機転の利いた技で……」

「え?」

「……な、なんちゃって」

「やだキモイ」

「じょ、冗談ですって!」

「なんだ、冗談か。本気だったらしてあげたのに」と言ってグラスのグレンフィディック18年を煽る。

「え?」と聞き返すトマトにキスをしながらグレンフィディックを半分だけ飲ませた。口の中の残りをごくんと飲み干し、少しこぼれた口元を拭いて「半分冗談だから、残り半分はアタシの」と言いながら二杯目を注ぐ。


 少し遅れてトマトの喉がごくんと鳴った。

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