ウチの義姉の声は大きい

「ん……あっ、イイ。そこ、そこ突いて……うん、イイ、イイ! 好き、好き! 好きぃ!」


 そんな声が、壁から聞こえる。


 最初は、本当に小さな声だった。

 頑張って小さくしようと努力しているのだから、無視してあげるのが弟心ではないか? と思い放置していたのだが。


 うちの姉は、ヒートアップすると声が抑えられないタチなようだ。


「うん、これは流石に許されると思うんだ」


 そうしてありったけの怒りと憎しみを込めて、その声の聞こえて来る壁をぶん殴る。


 意中の女性に対して使うものではない、古き良き壁ドンだ。


「ひゃう⁉︎」


 その音でヒートアップしていたことに気がついた姉は、数分間声にならない呻き声を上げた後に、おずおずと俺の部屋へとやってきた。


「こ、こんばんは弟くん。ポテチはいかがかなー?」

「今回は流石に自分が悪いと思ってるのな」


 そうして、微妙に赤いままの顔をパタパタと仰ぎながら、姉は言う。


「あの、弟くん」

「なんぞや」

「努力はしたと認めてくれると嬉しいです」

「努力していたのは認めています。というか、そうじゃないならおっぱじめた時点で壁殴ってたから」

「おっぱじめた時点⁉︎いつから聞こえてたの⁉︎」

「オカズを探して“ぐへへへー”としていた時から」

「最悪か! 最悪か! ていうか最悪か!」

「まぁ、その時点で注意してればなーとは思ってる。ごめん」

「あ、こっちこそごめん。八つ当たりしちゃった」


 そうして頭を下げ合い、お互いに冷静になった。


 そして、再び姉が話を始める。


「それじゃあ、話し合いをしましょう、うん」

「そうだな」

「まず、昨日言ったノーガードで良い! って言葉は撤回します」

「聞こえてるって理解してて本当にノーガードでオナる人もいるからな」

「そこ、姉を露出狂みたいに言わない」

「……若気の至りってことじゃないのか」

「しゃらっぷ! 頑張って声抑えたの! それでも聞こえちゃったんだから仕方ないじゃん! 事故だよ!」


 そう、”ぷんすか”と擬音が聞こえてきそうな表情で姉が言う。クラスで3番目くらいの美少女という自己評価の姉がやると、それなりに見れるものではあるのだが、後で恥ずかしくならないのか? とちょっと不安になる弟心があったりする。


「で、具体的な対策は?」

「……なんも考えてません。助けて弟くん」

「姉さんや、それは丸投げか?」

「丸投げです。お手上げです」

「なら、言うんだけどさ」


「オナるとき猿轡でも噛んでりゃいいんじゃない?」

「え、そういうのが趣味なの? 引くんだけど」

「……オヤジに今までの全部報告するぞ」

「それは卑怯じゃない!?」

「さすがに性癖の押し付けには反撃するからな俺だって」

「その反撃が一撃必殺級なのはどうかと思います」

「だったら早くオヤジと仲直りしろよ。ちゃっちいことで喧嘩してんなって」

「だって、仕方ないじゃん!」


「トイレでのオナニー禁止令だなんてことを男親に言われてムカつかない女子高生がいるか!」

「それお前が母さんと仲良くできてたら穏便に済んだ話だからな! 自分のやらかしを棚に上げるな!」


 そうなのである。この姉は、僅か半日の間に大きなやらかしをした。

 おそらく”部屋で声が漏れるなら、部屋じゃないところでヤれば良い! ”という考えだったのだろう。それは姉の事なので手に取るように分かる。


 だがしかし、ウチの壁が薄いのは何も俺たちの部屋の壁だけではないのだ。


 その嬌声は当然のように父親に聞かれ、「義信くんがいるんだから場所を選べ」と説教を受けたのだ。

 それは確かに正論なのだが、それだけで済まないのが女子高生の摩訶不思議だ。反発し、今に至るわけである。


 そしてそのストレス発散にオナろうとして今に至るわけだ。この姉は本当に……


「で、どうすんだよ姉さん」

「……大音量で音楽聞いててくれない?」

「俺だけに負担を強いるか」

「ごめんなさい。ポテチ上げるので許して」

「やだよ。基本的に大音量で音楽聞くのとか嫌いだし」

「そこを何とか!」

「だから猿轡でも噛んどけってそしたら俺に声は聞こえないから」

「仕方ない。それしかないか。……んで、猿轡ってどうやって作るの?」

「タオルハンカチ丸めて口の中に入れて、スカーフとかで上から巻く感じ」


 そうして、自分の部屋にあるそれを見せる。そうすると姉は「ありがとー!」と言ってそれをひったくって自分の部屋へと帰っていった。


「……姉にオナニーグッズをひったくられた男子高校生ってどうするべきなんだ?」


 当然洗ったモノではある。しかし、我が姉はあのタオルハンカチが弟の口の中に突っ込まれていたものだという発想は浮かばなかったのだろうか? 

 浮かんでいてなおひったくったというのなら、姉との距離感を見直さなければならないだろう。


 まぁ、それはそれとしてやかましいのがいなくなったので静かに勉強を始めようとすると、その声が聞こえてきた。


 我が姉の、嬌声だ。


「ん……んん────―んッ!? んー! んー! んー!! ん────!!!!」

「いや言葉がなくなっただけじゃねぇか! 声でけぇよ! 丸聞こえだよ! どんだけデカい喘ぎ声だしてんだ馬鹿姉!」


 そうして、再び壁ドンにて反撃をする。

 達した後だったのか反撃の壁ドンはもはやノックか何かにしか聞こえなかった。


 だがまぁ、さすがに自慰行為の後の乱れた姉の部屋に踏み込んで文句を言うなんてことをする外道ではないつもりなので、黙っていようとしたその時だった。


「……ん」


 そんな小さな嬌声が聞こえてきたのは。


「この状況で二回目始めるとかどんだけ欲求不満なんだよお前は!」


 そうして、三度壁を殴った俺だった。


 ◇ ◆ ◇


「それで、申し開きはあるのでしょうか姉よ」

「……ちょっと息苦しいのが、逆に燃えました」

「オナニーの感想聞いてんじゃないんだけどなぁ……」


 そんなことを寝る前に話して、この日は終わった。



 そして翌朝朝食を食べに、一回のリビングに降りた時だった。


「ねぇ、よっちゃん」

「何? 母さん」

「奈穂ちゃんとは……うん、なんでもないわ。幸せにね!」

「恐ろしく大きな誤解が生まれてると思うんだが」

「だって、今日の朝! よっちゃんの猿轡セットを洗濯に出したのは奈穂ちゃんだったのよ! そんなの誤解しようがないじゃない! コンドームは別でお金を上げるからちゃんと避妊はするのよ!」

「……あの馬鹿姉えぇ!」


 そんなわけで俺は、朝から必死に母の誤解を解くために言葉を尽くすのだった。

 その日、高校に遅刻したのは言うまでもない。


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