ウチの義姉の距離は近い
今日も今日とて部屋の壁越しに姉と話す。だが、今日のはいつものぐだぐだとした意味のない話ではなく、割と切迫した話だ。
「姉弟会議をします」
「弟くんからとは珍しい。どしたの?」
「晩飯の後のことを思い出してください」
「……なんというか、いつも以上に不機嫌?」
「そりゃあなぁ……」
「両親からのあの生暖かい目に耐えられねぇんだよ……」
「……え?」
それは、遡ること30分前の事だった。
◇ ◆ ◇
「「ごちそうさまでした」」
「はい、お粗末様」
今日の夕食は麻婆豆腐、ウチの母の好みから味は結構辛めだ。
白いご飯が止まらないのが好きなのだとか。とてもよくわかる。
だがまぁ、辛い物を食べた後では体が熱くなるもので、リビングのソファーでくつろぎながら団扇をパタパタと動かして涼んでいるときだった。
「弟くん、お風呂あがったよー」
「あいよー」
その声の方に顔を向ける。するとそこには、Tシャツだけの姉がいた。
「いや、下履けよ」
「いいじゃん、家族なんだし」
「いや、別に俺だけなら無視するだけで良いんだけどさ」
「?」
「キッチンの方をご覧ください」
そこには、夫婦仲良く皿洗いをしているオヤジと母の姿があった。
ガッツリと見ていた。自分たちの娘が年頃の娘として限りなくアウトな姿でいることを。
「……奈穂」
「奈穂ちゃん、あのね? そういう誘惑は二人きりの時に、ね?」
その、生暖かい優しさの前に姉は脱兎のごとく逃げ出した。
逃げてどうにかなるものではないだろうと思ったのだが、それはそれとして今恥ずかしいから逃げることを選んだようだ。
「……よし、次風呂もらうね」
そして俺もその一人だ。この両親がああも無警戒な姉を見て言い始めることなど一つしかない!
だがしかし、それは少し遅かったようだ。
「義信」
「オヤジ……」
そうしてオヤジがポケットの中から取り出したのはコンドームだ。
オヤジは、目で俺に伝えてくる。「責任を取れないうちはしっかりと避妊しろ」と。
そのことに、母はうんうんと頷いている。
だがしかし、思うのだ。コンドームをすぐに取り出せるポケットに仕込んでいたという事はつまり……
「おい色ボケ夫婦、キッチンでおっぱじめる気だったなコラ」
尚、その問いに対しての答えは、なかった。
◇ ◆ ◇
「え、私たちそういう男女の関係とか思われてるの?」
「あの色ボケ夫婦の中ではそうらしい」
「……馬鹿じゃないのかな?」
「ああ、本当にそう思う。だけど、本題はそこじゃない」
そうして、一度深呼吸。さすがに年頃の女性にコレを言うのは気が引けるが、仕方がないだろう。
「姉さんが、痴女っぽくなってんだよ」
「……はぁ? ねぇ、弟くん、良く聞こえなかったんだけどもう一度行ってくれないかなぁ?」
「行動やら言動やらが痴女っぽくなってんだよ」
そうして、ドタバタと音を立てながら姉の部屋のドアが開かれる。
それから、ゆっくりと俺の部屋のドアが開いていく。
姉の手には相変わらずの木刀。
ゆっくりと、しかし明らかな殺意がこもったその動きに対して、俺は枕の盾(低反発)を構える。
「姉さん、落ち着いて」
「……貴様を殺して私は逃げるぞ! ヨシノブゥ!」
「欠片も落ち着きやしねぇなオイ」
そうして姉の振った木刀を枕で受け止める。
「致し方なし」
「何が仕方ない? ねぇ、痴女って言われる私の何が致し方ない? 教えてよ、教えてよねぇ!」
「姉さん」
「何!?」
「なんか暴力系ヒロインみたいなムーブしてんぞあんた」
その言葉に、ハッと気づいた姉は木刀を丁寧に床に置いた。
姉は割とすぐ手が出るタイプだが、暴力系ヒロインに対してアレルギーを持っている系の人なのだ。
なので、行き過ぎた暴力を仕掛けているときにこの言葉を浴びせると、とても冷静になる。
「まことに申し訳ない」
「気づけばいいんです、気づけば」
「だけども、弟くん」
「なんですか姉よ」
「人を痴女扱いするのはいかがなものかと」
「ならば血のつながりのない男に肌を晒すことはいかがなものかと」
「……そういえば私たち義理の兄弟だったわ」
「俺も最近までそんな意識してなかった」
「「まぁ、どうでもいいことだけども」」
そうして、冷静になった姉に対して向かい合う。
バツの悪そうな顔をしているが、落ち着いたようだ。
「で、どうするの?」
「俺に言われても困るんだが」
「私が痴女っぽくなったとか言われても、変わったことなんてないし」
「いや、距離感だって」
「距離感?」
「人のパーソナルスペースってあるじゃん。他人に踏み込ませたくない距離的なの」
「ああ、あるね」
「それが、俺に対して発動してません。姉弟だからで済まないレベルに近いです」
「覚えはないけど、具体的には?」
「今」
「……え?」
「姉さんは今、ノーブラの就寝スタイルです」
「いや、ナイトブラ付けてるよ? こういうの」
そうして姉はTシャツをたくし上げて下着を見せてくる。なんでも就寝時専用のブラジャーらしい。
”あ、そんなのあるんだ”とか思いつつも、言葉を加える。
「今現在さっそく痴女行為が行われたわけなんですが」
「……あ」
「まさか俺を女子と間違えていらっしゃるのでしょうか?」
「いやいや、それは流石にないですよ弟くん」
「まぁそれは置いておいて、今のは姉の壮大な自爆だったわけですが」
「まことにもうしわけない」
「いや、そんな形だけの謝罪はいいから」
「やったぜ」
「やってはいないぞ姉よ」
そうして、姉は姿勢を正す。
「で、距離感って何のこと?」
「……今あなたが座っている場所を述べてください」
「え、ベッドの上だけど」
「異性のベッドの上でそんなリラックスしてんじゃねぇぞコラ。写真撮ってそっちのクラスラインに流すぞ」
「……姉弟関係なのでセーフでは!?」
「余計にアウトだよ馬鹿姉」
その言葉を受けて、姉はベッドの上から降りてクッションの上に座りなおした。納得している様子ではなかったが。
「納得いかないんだけど」
「してくれ頼むから。そんなんじゃ悪い男に喰われるぞ」
「エロ同人みたいに?」
「凌辱系のエロ同人みたいに」
「あ、それは気を付けないと」
「やっと納得しましたか」
「しぶしぶですが」
「ところで、さ」
「なんだ姉よ」
「この話って、私がこれから気を付ける! ってことで終わりで良かったんじゃない?」
「その現状を全くわかってなかったからここまでこじれたんだよ」
「まことにもうしわけない」
「分かってくれたなら、姉弟会議は終了です」
「はーい……ところでさ」
「何?」
「今から30分ほど大音量で音楽を聴いてくれたりはしませんでしょうか」
「ふざけてんのかこの野郎」
「だって、女子高生だし」
「ちょっとは耐え忍べや」
「我慢とかしたくないのです。ストレスになるから」
そんな会話の後に、姉は部屋から去っていった。
そして、”どうせ止まらないだろう”というマイナスの信頼の元30分大音量で音楽を聴きながら勉強をして。寝ようと思ってヘッドホンを外した時。
隣の部屋からは、変わらず姉の嬌声が聞こえていた。
「……もう、諦めてイヤーマフでも買おうか?」
そんなことを思いながら、今日もまた壁を殴るのだった。
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