第40話

「反撃、来ます!」


 エリネスの一声で全員が気を引き締め直す。

 膠着が解け、ミノタウロスが攻撃を開始するとここからはまた俺の仕事だ。

 大きな動作でミノタウロスの右から振られた斧に対し、剣を斜めに出して防ぐ。

 が、想像以上にミノタウロスの一撃が重く、危うく剣を落としそうになった。マナたちのような最前線プレイヤーならともかく、俺ではギリギリだ。

 痺れて力が入らなくなるが、気合で剣を手放さないよう握りしめる。

 攻撃を受け切ったところで一度剣を持ち直して構え、少し様子を見る。

 ミノタウロスのHPはまだ一本目の二割近くしか減っていない。まだ単純計算で後十五回以上はこれを行わなくてはならない。それだけまだ攻撃を受けないといけないと思うと……気が重い。

 まだミノタウロスのターゲットは俺が取っている。その間に再度攻撃役がフォーメーションを組みなおす。


「いきます!」


 エリネスの掛け声で前衛職が一斉攻撃を行う。その内の一人の攻撃がクリティカルヒットし、一本目の緑色のHPが更に三割左へ減少してく。

 そして後衛職が魔法を放ち、攻撃とMPの回復をさせる。

 間髪入れずに俺もSSを打ち込んでタゲを取っておく。

 それとほぼ同時にミノタウロスが斧を振り上げた。

 うわ、やべっ……

 俺の攻撃を受けながらも体勢を崩さず逆にカウンターを仕掛けてくるが、膠着時間に入っていて俺はそれを回避することができない。


「くっ……」


 思わず目を閉じて顔をそむけた刹那、誰かの足音が割り込んだ。剣と剣がぶつかり合うような甲高く大きな音を立てる。


「お兄ちゃん!」


 恐る恐る目を開けると、マナとスフィーの二人がそれぞれの剣を交差させるようにして斧を受け止めていた。


 その後の硬直に入ってる間はもう一度俺と後衛組で攻撃してターゲットを取る。

 だが、それが成功する直前に、ミノタウロスが通常攻撃を行った。

 一撃死はないはずだ。それでも不安と心配、心臓の鼓動が一気に速まる。ターゲットを取りきれなかったことを内心で強く謝りながら行方を見守る。

 ミノタウロスの振った斧は一番近くにいた六人を巻き添えにして再び自身の前に構えられた。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 ミノタウロスの攻撃を受けた六人が痛みで悲鳴を上げだが、すぐにキョトンとした。その理由はHPが思いの外四分の一弱しか減っていなかったからだ。

 ふぅ。あまり減っていないからといってもこれじゃダメだ。クリティカルしたらそれこそ危ないし何が起こるか全く判らない。それにまだ序盤だ。二十分しか経っていない。

 改めて気を引き締めた俺は今度こそターゲットを取り、魔法で攻撃して注意を引きながら六人のいない部屋の端の方へと連れていく。

 その間に少し話していた前衛が少し戦術を変えたらしく、何人かのグループに分かれて攻撃し始めた。

 これなら別にタゲ取り役なんて必要なかったんじゃないかと思ってしまうが、その真相は俺には判らない。

 とにかくそのままミノタウロスを引き付ける。

 通常攻撃は受け止めるのが厳しいと身をもって知ったので躱しながらHPを少しずつ減らす。その方法でイエローゾーンまで持っていくにはそれほど時間がかからなかった。

 二十人近くいる前衛が交代でSSを使い通常攻撃を回避し、更には後衛の魔法での攻撃もありでスムーズに進んだ。

 問題はここからだ。攻撃の種類が増えて簡単には攻撃出来なくなる。


「ここから気を引き締めて!」


 俺と同じように考えていたフレイセルが全員に激を飛ばす。俺の後ろにいる全員の方を見やり、直ぐミノタウロスに視線を向ける。その刹那、早速ミノタウロスが息を吸い込み始めた。


「咆哮、来ます!全員耳を塞いで!」


 一番ミノタウロスの近くにいた俺も吸い込まれそうになりながらも必死に堪えて両手で耳を塞ぐ。

 上げられた咆哮は約五秒に渡った。ただの咆哮で特に何の変鉄もないがこれを直接聞くとステータスが下がると言う。何がどれだけ下がるという具体的なことはさすがにフィン・クリムゾンも直接聴いたことがないのか一切説明がなかった。

 咆哮が終わると二度先程と同じようにいくつかのグループで替わりながら連続で攻撃が始まる。もうこうなってしまえば俺一人でターゲットは取れない。でも任命されてしまっている以上はやれるところまでやってみる。

 この状況でSSを使っても大丈夫だろう。使ったところでターゲットはまた直ぐに次がターゲットを取ってくれるだろう。タゲ取り役の必要性、作戦の意味が分からない以上問題ないはずだ。

 後衛のメンバーは俺の見たことのないギルドのメンバーが指揮を執っていて上手く纏まっている。魔法攻撃のタイミングは抜群で前衛のメンバーもそれに助けられている。

 すごい、これがトッププレイヤーの実力か。やっぱり俺なんかとは全然違う。

 トッププレイヤーの実力に呆気にとられながらもその光景をしっかりと目に焼き付けておく。彼らの瞳には必ず倒すという決意に満ちて輝いている。

 ミノタウロスのHPゲージは残り一本。これでようやく残り三分の一。時間にして約一時間三十分掛かっている。


「ラスト一本!気を抜かないでください!」


 エリネスが全員に渇を入れて気を引き締めさせる。ここまで一時間半。後衛はともかく前衛は常に動きっぱなしでよく保っているなと思う。

 しかしそれは思い違いということを直ぐに気づかされる。少し離れた場所から前衛のプレイヤーを凝視すると肩で息をしているのが見てとれた。

 それでも後衛は魔法を使うときにMPと同時に自らの体力も僅かながら消費している。連発して使うとその分疲労が溜まっていく。それでもまだ肩で息をしていないのはさすがだ。これまでのボスはHPバーが一本だったからミノタウロス戦よりも三分の一の時間と終わっていたはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る