第39話
タゲ取り役をやると引き受けたのはよかったが、本当に俺ができるのかと不安になりながら歩いていると、ふと両隣に水色のロングヘアーと黒髪が視界に飛び込んできた。その髪の持ち主はエリネスとタケ。よく見知った人物だ。
慌てて焦点を合わせ、左隣にいるタケと右隣にいるエリネスを交互に見やり、声を発しようとしたが、それより先に左から声が聞こえてきた。
「そんなにタゲ取り役が嫌だったか?」
「あ、い、いや、そんなんじゃなくて、いや、そうかもしれないけど……やっぱり俺にできるのか不安になって」
「大丈夫ですよ。ネストを呼んだのは私ですし、実力があるから呼んだんです。それに本人は知らないみたいですけど、ネストの名はどんどん知られてきていますよ? 二つ名もついて」
続いて声のした右の方を向く。励ましの言葉よりも最後に投下された爆弾が不穏すぎる。
「その二つ名……とは……?」
「知りたいですか? ネスト二つ名は
「
「そうかもしれません。でも残念ながら私を含む多くのプレイヤーが最初から使っている水魔法以外の全ての属性の魔法を使ってる戦闘をしているところを目撃しているんです」
微笑みながら話すエリネスだが、聞けば聞くほど疑問は増えていく。
「何で俺が知られてるんですか!」
「それはですね、私とマナでこんな噂やあんな噂を……」
途中まで聞いただけで背中に寒気が走り、ぞっとした。
「もういいです!やっぱり聞きたくない!」
「冗談ですよ」
ふふふ、と楽しそうに穏やかな笑みを浮かべるエリネス。この笑顔のまま冗談を言うんだからこの人はほんとに恐ろしい。もしかして一番怒らせてはいけない部類の人間では? とひそかに怖くなる。
タケに助けを求めても肩をすくめるだけで全然助け船を出してもらえない。
しかたなく考えるのを諦め、話題を変えることにした。
「そういえば、さっきの人は誰ですか?」
「さっきの人ですか? ……ああ、フレイセルのことですか?」
「フレイセル?」
「はい。《フィン・クリムゾン》というギルドの団長なんですけど、聞いたことはありますか」
「まぁ、名前くらいは」
ちょうどさっきニエルさんと話しているときに聞いた名前だ。
「彼らは強さはこの世界で一番だと思います。私たちが全力で相手をしても、勝てるかわかりません」
「そんなに……」
「特に、彼らは強い信念を持っています。いついかなる時も、彼らは自分たちで決めたことを貫きます。β時代はそれがあだとなって他のプレイヤーたちから煙たがられたこともありましたが……」
「でも俺、ずっと前線にいたけど《フィン・クリムゾン》を見たいことないんですよ?」
「無理もありません。彼らは基本夜行性なんです。他のプレイヤーがいない夜にMobを倒して効率的にレベリングをしてるんです」
「夜行性……」
確かに、他のプレイヤーのいない時間帯ならMobを取り合うことなく効率的にレベリングが行える。
すごく合理的なやり方だが、夜は昼に比べてリスクが高い。まず、どうしても視界が狭くなって急な危険に対処しにくいことだs。そのために光魔法持ちがいたとしても、昼ほどの視界は確保できない。もう一つは、プレイヤー自身の集中力の問題だ。生活リズムを完全に夜型に移行していればそこまで大きな問題にはならないが、夜はどうしても集中力が落ちやすい。だからその分、一瞬の判断が遅れる危険が十分にある。
逆に、そんな状況下でレベリングしているからこその実力ともいえる。強くなりたければその方法はありかもしれない。ただ、リスクのことを考えるとソロの俺はやりたくない。
「だからネストは安心してタゲ取りに専念してください」
「はい……」
柔らかな笑顔を浮かべながらエリネスにそう言われれば、今さら辞退できるはずもなかった。
それから十数分後、決戦の部屋の前に着いた。そこで立ち止まり、座ったりして休みながらエリネスが合図を出すのを待っている。
まだその後も数分が経過し、みんなの緊張感がMAXに達しようかという所でエリネスがようやく動いた。
やっとエリネスが動いたことによって俺の中で安堵感が生まれてきたのを感じ、慌てて自分に言い聞かせる。これから始まるのは本当に命を懸けたこれまで以上に危険な戦いなのだと。
「そろそろ入りたいと思います。準備はいいですか?」
エリネスが全員を見回し、表情が決意に満ちているのを確認すると、みんなが待ち焦がれていた一言を宣言した。
「今からボス攻略を開始します!」
開かれたボス部屋に攻略部隊がなだれ込む。
俺の初めて体験するボス部屋は、想像以上の広さだった。これまで群青色のような明るさだったのだが、ここは茶色っぽい感じの明るさで、同じように大理石でできている。間近にあった壁に触れてみるとひんやりと冷たい感触で、少しだけざらざらしていた。
なだれ込むように全員が広い扉を通ってボス部屋に入る。
全員が入ったところで背後の扉が音をたてて閉まり、部屋の中央に巨大なミノタウロスが出現した。
体力ゲージが三本表示され、青いエフェクトに包まれながら出現した斧を手に取る。
威圧感を放つボスと対峙し、場に緊張感が漂うのを感じた。
「行きます!」
エリネスのこの一言で全員が配置につき、遂にボス戦が始まった。
幸か不幸か、タゲ取り役という役割を頂戴した俺は、真っ先に地を蹴った。『機敏』の効果を最大限まで活かし、ミノタウロスへ一直線に疾走する。
「うおりゃぁぁぁぁ!」
斧を振り下ろすミノタウロスの懐に潜りこみ、下腹部を切り上げる。そしてミノタウロスの腹を壁のように蹴ってバック宙を決める。そして足に向けて剣を一振りする。その一連の動作の間に全員の配置が完了するのを待つ。
ミノタウロスがわずかにひるんだ瞬間に、エリネスと視線を交わす。
力強く、この場のリーダーは頷いた。
「いけえええぇぇぇぇ!」
ここでSS『スクロールスクエア』を発動させる。正方形を描くように剣をスクロールさせ、最後の一撃は全力で振り下ろす。大したダメージは与えていないが、ターゲットを少し保つには充分なぐらいだろう。
「今です!」
俺が硬直時間に入ると同時にエリネスの号令がかかり、ミノタウロスを囲うようにして待機していた前衛職の面々が同時に突撃を開始する。
「はあああぁぁぁ!」
「そりゃあああぁ!」
「せえええぇぇぇい!」
さすがは最前線プレイヤーたちだけあって火力が違う。ボスのHPゲージが目に見えて減少した。
しかし、俺には見惚れている暇なんてない。
「『ストリームハンド』!」
生成された水柱の手でミノタウロスを殴りつける。その衝撃で飛び散った水滴がミノタウロスの顔にかかり、ぎろりとにらみをつけられる。その威圧感に少しひるんでしまったが、俺の目的はとりあえず達成された。
続いて水の手を爆散させて水しぶきを被せることでさらにヘイトを稼ぐと、ボスは怒りの咆哮をあげた。
「グオオオオオオォォォォォ!」
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