第38話

 ボス討伐当日。俺はアイテムを整えるために朝からニエルさんの露店に来ていた。

 露店街は普段人の往来が多く賑わっているのだが、まだ朝一ということで人はまばらだ。露店もまだ開いていないところもいくらかあるくらいだ。


「どうだい? あの石のことは何か分かった?」


 あの石、というのは水晶のような透明な石のことだ。スフィーも似たような黄色い石を持っている。


「知り合いに似た石を持ってる人いたんで聞いてみたけど、残念ながら何も分かりませんでした」

「そっかそっかー。そんなにすぐには分からないよね。また何かわかったら教えてよー」

「分かりました」

「それで、今日はどうしたの?」


 ニエルさんが本題を切り出したところで俺はあらかじめエリネスに見繕ってもらっていたアイテムを注文する。


「えーっと、ハイポ30と転移ブロックが1つ、解毒薬が10個、解痺薬10個、MPウォーター30個、それから的笛が3つで」

「えっ、どうしたのそんなに?」


 俺が一気に言い切ると、ニエルさんは目を丸くしていた。


「これからボス戦なんです。俺にとって初めてのボス戦になるんでちょっと多めに、と思って」

「あーなるほどね。そういうこと。いきなりそんな量を言ってくるから何事かと思ったよ。ちょっと待ってね」


 素早くウィンドウを操作するニエルさんの動きを眺めていると、すぐにアイテムの購入画面が表示された。


「全部で191000フィルだね」


 なかなか高額な買い物に思わず動きを止めてしまったが、これらすべては必要なもののため仕方ない。

 購入画面一つ一つに目を通して問題がないことを確認してから俺は購入ボタンを押す。すると売買成立のメッセージが表示され、購入後の俺の持ち金が表示される。

 うわぁ……残りが3万しかない。これだけ溜めるのに結構時間かかったんだけどな……

 一瞬で減った数字を見て悲しくなりながらも俺はニエルさんにお礼を言う。


「ありがとうございます。これでボス戦もちょっとは安心できると思います」

「こっちこそありがとね~。それにしても、もうボス戦かー。ってことはここも最前線じゃなくなるのか」

「まだ分かりませんよ。ボス戦って言っても今日討伐できるかも分からないですし」

「大丈夫だって、だってあの《サイクロン》とか《オルゴール》、それに《フィン・クリムゾン》だっているんでしょ? なら心配いらないよ」

「《フィン・クリムゾン》……?」


 初めて耳にする単語だ。話の流れからしてギルド名だということは分かったが、今までトップギルドでそんな名前は聞いたことない。


「あれ、知らない? 多分この世界で一番強いギルドだと思うけどなー」


 そんな話は知らない。後で誰かに聞いてみよう。


「そういえばここが最前線じゃなくなったらニエルさんはどうするんですか? 第二層に移動します?」

「そうだねー。してもいいんだけどまだもう少しはここに残るかな。最前線じゃなくなったとしてもここが前線であることに変わりはないからねー」

「そうなんですね」

「うん。だからボス戦頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」


 ☆  ★  ☆


 ボス戦前の会議場所に指定された中央広場に行くと、すでに多くのプレイヤーが集まっていた。誰をとっても強そうな装備を纏っており、猛者たちのオーラが漂っている。そんな中に俺一人で入るのは恐れ多かったが、その中に知り合いを見つけて駆け寄る。


「タケもいたんだな」

「お、ネストか? ついにお前も追いついてきたか!」


 タケの後ろにはオルゴールのメンバーが集まっており、ボス前なのにあまり緊張感がなさそうに談笑していた。俺がタケと話し始めると、俺の存在に気づいたようで全員と目が合う。

 その全員が驚愕、というよりかは待ちわびたような様子だった。


「お前ならきっと追い付くと思ってたぞ」

「なんで俺がそんな評価高いんだよ?」

「だってソロで最前線まで来てるプレイヤーなんかほとんどいねぇよ。自分で思っている以上にすごいことだからな?」

「そうか? ほかにもソロで最前線に来てるプレイヤーはいるだろ。スフィーとか」

「スフィーって、あの『双脚の突撃手ツイン・フォワード』のスフィー?」

「ついん、ふぉわーど……?」

「あれ、知らないのか? ソロでMobを次々に駆る双剣使いって意味で呼ばれてる。おっと、噂をすれば」

「ネストも来てたのね」


 俺の後方から最近よく聞いている声がした。


「あ、スフィーもいたんだ、って当然か」

「何々? ネスト知ってるのか?」

「? 最近よくパーティー組んでるんだけど」

「あなたは……確か《オルゴール》のマスターよね?」

「あ、あぁ、そっちはスフィー、だよな?」

「えぇ」

「…………」


 タケはしばらく固まった後、唐突に俺の腕を引いて広場の隅に連れていく。そして顔を近づけて声を潜ませる。


「おい、なんでスフィーと知り合いなんだよ!?」

「なんで、ってたまたま知り合っただけだけど……」

「羨ましいなおい! スフィーって実力もだけどビジュアルもいいじゃないか! かわいいしさ!」

「確かにそうかもしれないけど……」


 横目でスフィーを見ると、不思議そうに首を傾げているスフィーと目が合いそうになる。俺はなんか気まずくて慌てて目を逸らす。

 意識してみればスフィーは可愛いと思う。ただこれは現実世界とは違う姿のアバターだから別にそこまで意識したことはなかった。


「いいなぁ、羨ましいなぁ。けど俺のことも知られてるしこれはチャンス……?」


 いつの間にかタケはスフィーのもとへ戻って固くなりながら何かを話してる。


「はぁ……あいつ……」


 ため息をついて俺もゆっくり二人のところへ戻る。


「おーいタケ! ちょっと来てくれ!」

「お呼びがかかった。じゃあ俺はこれで。お互い頑張ろうな。ネストもな!」


 不良を連想させる金髪の少年、ハルクに呼ばれてタケはさっそうと仲間のところへ帰っていった。まったく忙しい奴め。


「じゃ、私もちょっと挨拶周りとかあるからこれで」


 スフィーは広場中央に向かおうとしたが、途中で足を止めて振り返る。


「そうだ。あなたはボス戦初めてだからできるだけサポートするから」

「ありがとう。期待してるよ」


 一人になると、俺は端にあるベンチに腰掛けた。途端に不安がこみあげてくる。無意識のうちに体が震え始めてくる。こんなところまで再現しなくていいのに、と思うがこれだけリアルに再現されているからこそ生きているのだと実感する。

 やっぱり、怖い。ずっと最前線の少し手前でレベリングを続けていたから余裕があったし、《悪魔の烙印ゼクスブレイズ》との戦いではみんながいたから恐怖心を意識することはあまりなかった。けど、いざボス戦というときに一人になると死に対する恐怖心が芽生える。


「マナはすごいな。こんな中で戦ってたのか」


 最前線プレイヤーとして戦い続けるマナやその仲間たち、あるいはタケやオルゴールのメンバー、それにスフィーの過ごす環境のシビアさが今になって理解できた。

 いつの間にか呼吸が苦しくなってきて汗もにじむ。

 脳裏には幼いころの事件がフラッシュバックして体が膠着する。

 俺は死にたくない。怖い。

 けど、戦わなくては生きれない。それが現実だ。なら自分が戦わなくても誰かがクリアしてくれるまでひそかに過ごしていればいいのではないか。今ならもう安全な場所はいくらでもある。そこで生活に必要な分だけ稼いで最低限の暮らしを続ければいいのではないか。


「って、同じようなことを考えたことあったっけ」


 デスゲームが宣告された時にも俺はそんなことを考えた。でもこうして今、最前線で戦っている。それはマナの存在があったから。マナが戦っているのに俺が安全な場所に引っ込んでるなんてできるわけないから。

 目を閉じればマナが笑っている姿が浮かんでくる。家で楽しそうにゲームの話をする愛美、祭りで屋台を眺めながら楽しそうにしている愛美。FOの中で仲間と戦う真剣なマナ。

 そんな妹を守るのが兄の役割だ。だから俺は今この場にいる。

 決意を改めると、自然と呼吸が落ち着いた。

 インベントリから出しておいた愛剣を軽く握りしめる。


「そろそろ説明を始めます」


 広場の中央から声がして顔を上げると赤いコートに身を纏った見知らぬ男性と、ミスリルの防具を身にまとったエリネスの姿があった。


「みなさん、今日はお集まりいただきありがとうございます。今回は見慣れた方もいれば、初めて参加される方もいると思います。だから今回は確実にボスを倒す作戦を取りたいと思います」


 エリネスの言った『確実にボスを倒す作戦』というのにプレイヤーたちがざわめき始める。

 その理由は俺にだって分かる。

 確実にボスを倒す方法があるのなら、これまでだってもっと簡単にボスを倒すことだってできたはずだ。しかし、今の口ぶりからして、これまではそうではなかった。

 ここにきて出てきた確実にボスを倒す方法とは一体何なのか。

 全員がエリネスの次の言葉を待っている。


「今回はタゲ取り役を一人に任せようと思います」


 再びざわめきが起こる。

 タゲ取り役は敵からの攻撃を受けるため最も危険な役割だ。だから本来は複数人で負担を分散しながら行われる。小規模なパーティー戦でならともかく、ボス戦でそれをやるのは前代未聞だ。


「お分かりかと思いますが、失敗したときの代償は大きいです。それだけのリスクはありますが、この方法が一番確実だと、私たちは結論を出しました。そのタゲ取り役ですが……」


 エリネスが集まった人達を順に見やり、俺のところへ視線が来る。その瞬間、猛烈に嫌な予感がした。

 残念ながらこういう予感というものは当たってしまうものでエリネスは俺のところで視線を止めると、柔和な笑みを見せた。その柔らかさで逆に背筋が寒くなる。


「ネストにお願いしようと思います」


 周囲の視線が自然と俺に集まり、「おい、誰だよあいつ」「あいつ何者だ?」「お前見たことあるか?」「いや、ないな」などと小声で話すのが聞こえてくる。


「ちょ、ちょっと待ってください! なんで俺なんですか!? そもそもボス戦初めてなのに一人でタゲ取り役だなんて無茶ですよ!」

「それは重々承知ですが、ここまでソロで強くなったあなたが一番向いていると判断しました」

「ソロなら別に俺よりもスフィーの方が」


 助けを求めようとスフィーに視線を投げたが、彼女は横目で俺を一瞥しただけですっと目を閉じてしまった。


「この場では言えませんが、ネストが最適な理由があるんです。お願いできませんか?」


 そんなことを言われたら断るに断れない。

 ボス戦初参加でこんな重要な役割を任せられるのは、俺がそれだけ信頼されているからなのだろうか。なんにせよ、俺にしかできないことがあるのならそれは引き受けたい。それに、タゲ取り役はマナを守るという俺の目的を果たす一番の方法でもある。だからやってやる。


「分かりました……」

「ありがとうございます。では全体の作戦を連絡します。ネストがボスのタゲを取っている間に一気に叩きます。ただし、前衛と後衛で攻撃のタイミングをずらします。私が指示しますので、そのタイミングで攻撃してください。そして、攻撃と攻撃の間をネストに凌いでもらいます。一見簡単そうに聞こえますが、この作戦はタイミングが重要です。みなさん、落ち着いて息を合わせてください」


 その後も注意事項や連絡事項を告げて会議は終わった。

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