第37話

 翌朝、俺が宿屋で目を覚ますと、一通のメッセージが入っていた。

 ウィンドウを操作してメッセージを開くと、送り主はエリネスだった。


『明日の正午に、第一層のボス討伐を行います。それにネストも参加してもらえないでしょうか。ボス討伐には危険が伴いますし、もちろん私から強制することはできません。気が乗らなければそれはそれで構いません。ですが、もし参加していただけるなら連絡をください』


「これって……」


 これまでボス討伐は最前線プレイヤーを集めて行われていた。そこに俺が呼ばれたことはこれまで一度もなかった。今回こうして俺にボス討伐の招集がかかったのはつまり、俺もついに最前線プレイヤーの一員として認められたことになる。

 そのうれしさ反面、不安もあった。

 このゲームでの死は、現実での死を意味する。だからゲームだからと言ってHPを0にはすることはできない。

 けど、こんなの参加するしかないよな。俺だって守られてばっかりは嫌だ。妹たちがゲーム攻略のために命を懸けているのに、それを見ているだけなんてしたくない。それに、もしもマナに何かあったときは俺が直接守ってやれる。ようやく同じ舞台に立てるんだ。

 俺が決意するのにあまり時間はかからなかった。すぐにボス討伐に参加する旨の内容をエリネスに返信すると、俺は簡単に身支度を整える。


「そうと決まれば早速レベリングに行きますか」


 俺が向かったのはスフィーから教えてもらった隠れスポット。当然そこには先客がいて、すでに戦闘を行っていた。

 少し様子を見ていると、スフィーと目が合った。


「ネストも来たのね」

「あぁ、俺もいいか?」

「えぇ、もちろん」


 早速俺はスフィーにタゲが向いているアルミラージに『スクロールスクエア』を発動させる。背後からの奇襲に驚いたアルミラージは飛び跳ねて俺から距離をとるが、そこには待ち構えていたスフィーがいて、双剣で一閃。

 アルミラージが青いエフェクトとなって消滅すると、息つく暇もなく今度は横からリザードマンが剣を振り下ろしてくる。それを『ステップ』で回避し軽く横薙ぎを入れておく。気付けばリポップしたアルミラージが鋭利な角を向けて突進してくる。少し反応が遅れてしまい、角だけは避けれたものの体当たりを受けて少し後退した。

 自然とスフィーと背中合わせの形になり、俺らを囲うように6体のMobが立ち塞がる。


「よし、やろう」


 俺が短く声をかけると二人同時に走り出し、Mobの中へと突撃する。

 アルミラージとリザードマンの挟撃に対して『アイスアロー』でリザードマンの足を地面に縫い留める。

 その間にアルミラージの突進をシュバルツステルで受け止め、一角獣を蹴り飛ばす。

 間髪入れずに襲い掛かる次のリザードマンに対して弱点の風魔法で対応する。


「『パワーウインド』!」


 リザードマンを戦線から離れさせると、視界にメッセージが表示される。


『風魔法スキル Lv2→3

 『エアプレス』を習得しました』


「『エアプレス』……?」


 どうやら今のでSLvが上がったらしい。それで新しい魔法を取得した。これはさっそく使ってみるしかない。


「『エアプレス』!」


 俺が魔法名を唱えてみる。しかし何も起こらない。


「は……? って、ぉわっ!」


 その間にもアルミラージが俺に向かってくるのを慌ててよける。


「なんで何も起こらないんだ!?」


 魔法名を間違えたのかと再度魔法名を確認するがどこも間違った様子はない。MPゲージを確認すると、『エアプレス』の使用前後では確かにMPが減っている。魔法は確実に使用できている。なのに何も起こらない。

 だが戦闘中にこれ以上は考えている余裕はない。だから今はとりあえず忘れておく。


「これで……!」


 スフィーが双剣7連撃技『セブンスソニック』を使用したのを見て、Mobのタゲがスフィーに向かないように俺が無闇やたらに剣を振り回す。

 そして『スクロールスクエア』で周囲の敵を同時に薙ぎ払う。

 ほぼ同時にすべての敵がいなくなったことで俺とスフィーには僅かな時間ができる。


「これでひと段落ね」


 硬直の溶けたスフィーが、早くもリポップしている周囲のMobたちを見ながら俺のもとに歩み寄る。


「それにしても……さっきからなんだか寒くなってない?」

「そうか? そんなことは……」


 ない、と言おうとした俺だが、そういわれればさっきから肌寒くなっている気がする。そう思うとそこからは早かった。


「待って、寒い。寒いよ!?」

「一体どうなってるのよ……」


 ぶるぶると体を震わせ、必死に体をさすって体温を上昇させようと試みるも、VR空間内にそこまでのリアルさがあるわけでもない。

 周囲の自然が凍てつき、Mobも動きを止めている。視線を右上に向けてみれば青い氷のアイコンが表示されている。


「凍傷!? なんで!?」

「ネスト、転移ブロック持ってる?」

「も、持ってる!」


 声も震えながら、寒さで思い通りに動いてくれない身体を動かす。アイテムリストから転移ブロックを実体化させた瞬間、手がかじかんでいるせいでうまく掴めず地面に落としてしまう。それを拾い直し、高く掲げる。


「ぷ、プロートン……」


 なんとも情けない転移先の宣言となってしまった。



「生き返る~~~~~!」


 スープを一気飲みしたスフィーが周囲の目をはばからずに声を上げた。

 俺も湯気の上がるスープを一息に飲み干す。それでもまだ体は震えていたが、適温に調整されたレストランの温度に慣れて震えも落ち着いてきた。


「それにしても、なんだったんだ?」

「私もあそこでずっと狩りをしてるけど、あんなことは初めてよ」

「急に気温が下がるなんてあり得るのか? もしあるとしたらあそこにはまだ俺らが知らないMobがいるのか、あっ! もしいかして《悪魔の烙印ゼクスブレイズ》の生き残りにつけられてたとか……」

「ねぇ、ネスト」

「うん?」


 考えられる最悪の可能性を思わず口に出してしまったが、スフィーは聞こえていないかのように真顔だった。


「そういえば途中で何か魔法を使ってなかった?」


 魔法? あっ、すっかり忘れてた……

 俺は今さっき習得したばかりの魔法を確認してみる。


『エアプレス

 使用すると一定時間周囲の気圧を下げる』


「何これ?」

「どうしたの?」


 身を乗り出してきたスフィーに、魔法の説明画面を可視化させて彼女にも見せてやると、俺と同じようにぽかんとしていた。


「とりあえず、あの寒さがこの魔法で気圧を下げたことで気温が下がったということは分かった。けどこれ、どうやって使うの?」


 そう、それが問題なのだ。魔法としてゲームに存在する以上何かしらの使い道はあるのだろうけど、この魔法についてはどう使うのかが分からない。気圧を下げると寒くなって凍傷のバッドステータスがついてしまう。この魔法にはデメリットしかない。


「それが分かれば苦労しないんだけどな。まだ風魔法に関しては初期だし、そういう魔法もあるのかも」

「ふーん。そんなの聞いたことないけど」

「そうだ、スフィーは誰か風魔法を上げてる人を知ってたりしないか? もしいたらこの魔法をどうやって使えばいいか教えてもらいたいんだけど……」

「うーん、いないと思うわね」

「そっか……」


 じゃあこの魔法は用途が分かるまでは保留にしておこう。自分の魔法でパーティーを危険に晒すことは許されないからな。


「この後もスフィーはレベリング?」

「ええ。時間があれば少しでもレベルを上げておきたいの。それが自分の安全に繋がるから」


 さらっと言ってのけたが、やっぱりこの世界の束縛からは逃れられないのだと痛感させられる。レベリングを行うのは今スフィーが言ったみたいに少しでも自分を安全にするため。相手がMobだろうがPKだろうが自分が強ければそれだけ安全だ。しかしその考えは、あまり余裕がないとも取れる。死の危険に迫られて少しでもその呪縛から逃れるためにレベリングをする。そうさせているのは間違いなくこのデスゲームという環境だ。

 ただ、余裕を持ってもっと楽観視しろ、というのもそらはなかなか難しい。この世界で懸かっているのは自分の命。この世界から出て再び自由を手に入れるためには最前線で攻略を進めていくしかない。つまり、どうする事も出来ないのだ。


「それに、もう日課になってるから」


 そう付け足したスフィーは平然としていた。

 明日初めて、俺はボス討伐に挑む。初めて死と隣り合わせの場所に出向く。そこで俺は、彼女のように平然としていられるのだろうか。

 だから結局、その不安を抑えるためには行動するしかないのだ。


「……俺も一緒にいい?」

「ええ、もちろんよ。二人の方が効率もいいから。けどその前に、ついでだからご飯にしましょ」


 気づけばもうお昼で、ちょうどお腹も空いてきたところだった。


「そうだな」


 こうして俺らは昼食を摂ったあと、二人でまたレベリングへ向かった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る