第36話

「『パワーウインド』!」


 六剣ろくけんの下っ端の一人を吹き飛ばし、接近してきた別の下っ端には両手剣で対応する。俺らは数的不利な状況ではあるが、各々のレベルは最前線プレイヤーが大半だ。幹部はともかく下っ端ごときには苦戦も強いられない。


「とは言え、さすがに疲れてはくるな」


 こっちは立て続けに相手しなければならないが、相手はローテーションで攻撃をしてくる。その僅かな休める時間があるかないかだけで長期戦には大きく影響してくる。


「あ、そうだ。『ポイントライト』」

「うわっ」


 このままでは埒が明かないと判断した俺は光属性の初期魔法を使用して敵の眼前に半径1メートル程を照らす小さな光球を発生させる。他の属性の初期魔法とは違い攻撃手段として用いる魔法ではないが、暗めの洞窟内では『ポイントライト』の小さな光でも目くらまし程度にはなる。

 その隙に俺は助走を取り、敵とは反対側、つまり壁に向かってダッシュした。そして『機敏』、『ジャンプ』の効果を併用して壁を足場にする。


「『マッドプール』!」


 ターゲットを天井に定めて沼を発生させる。再度『機敏』と『ジャンプ』の併用で壁を強く蹴り、天井の沼へと跳んだ。


「うわ、っと……」


 身体を捻って足から沼へとはまり宙吊り状態になると、余った勢いが慣性の法則で振り子のように振れる。それが少し落ち着くと、足を動かして沼から抜けないことを確認する。

 よし、上手くいった。こうやって戦場を上から眺めるのは新鮮でちょっと面白いかも……じゃなくて。今は時間がないんだから急がないと。

 タイムリミットは『マッドプール』の効果が切れるまで。そんなに悠長なことをしている暇はない。

 まだ継続している『ポイントライト』がいい感じに的になっているため、天井から敵を狙いやすい。


「『スワールブレス』」


 大きく渦を巻きながら発生した水が六剣ろくけんの下っ端目掛けて流れ込む。五秒間ほど放出された水が止むと下っ端のHPはレッドゾーンに突入していた。


「それじゃあ今のうちにもう一人、っと……『マッドプール』」


 動きを封じてすぐさま俺はウィンドウを操作し、アイテム欄から監獄送り用のアイテム、ワープロープを取り出す。ほぼ同時に天井に作った沼が消滅し、俺の身体がフリーフォールを始めた。

 落下ダメージが入るのを阻止するため、『パワーウインド』を地面に放ち衝撃を吸収する。

 接地後すぐに下っ端二人にワープロープを巻き付けると、二人の身体はエフェクトとなって消滅した。ちゃんと監獄へと送られた証拠だ。

 自分が相手していた下っ端を監獄に送ったことでようやく俺は仲間たちの戦況を見回すことができた。

 どれどれ、みんなは……って、あれ、ほとんど終わってる……?

 さすがは俺より強い最前線プレイヤーたちだけあって下っ端にそこまで時間はかからなかったようだ。しかし、まだ剣戟の音が響いていて緊迫した空気が漂っている。

 音のする方を見ると、エリネスとヴォルフががマスター対決を繰り広げていた。


「ほら、もうお仲間はほとんどいなくなりましたよ。まだ続けますか?」

「……フン」


 エリネスがヴォルフに話しかけるが、それには応じず『六剣』のリーダーは戦闘を止めようとしない。むしろ好戦的な笑みを浮かべたまま剣を振るっている。


「やめる気がない、ってことですか。それなら私も全力で相手をするまでです」


 そう宣言したエリネスが地を蹴ると、これまで見たことのない速さでヴォルフとの距離を詰める。少し離れたところから見ていた俺には危うく消えたように見えるほどの速さ。しかし、ヴォルフもさすがは『六剣』のリーダーだけはあってエリネスの速さにも反応している。二人の本気の戦いは見るものを寄せ付けず、『サイクロン』の仲間たちでさえ援護に入れずにいた。


「女のくせになかなかやる」

「女とか男とか、この世界では関係ありません」

「ククッ、そうだな。面白い。それでこそ楽しみがいがある」


 それだけの会話を交わすと、二人はまた剣を交える。乾いた金属音が洞窟内に響くたびに風が吹き、エリネスの水色の髪がふわりと浮く。

 両者ともに息を切らすことも無く動き続け、何度も剣をぶつけ合う。


「お前、俺の仲間にならないか?」


 鍔迫り合いになった時、唐突にヴォルフがそんなことを口走った。


「残念ですが、私は人を殺める気はありません。あなたとは一生分かり合えないでしょう」

「そうか、残念だな。ククッ…」

「ソアラ!」

「はいよー!」


 いつの間にかヴォルフの背後に回っていた『サイクロン』のサブマスが自分の短剣を突き出す。その一撃は容赦なくヴォルフの胸元を狙っていたのだが、軽い身のこなしでヴォルフは受け流してみせる。


「うそっ!?」


 確実に決める自信があったのか、ソアラは不意打ちを外したことに目を丸くする。その間に鍔迫り合いから解放されたエリネスがすかさず一閃。しかしこれも躱された。

 これには普段冷静さを保ち続けているエリネスも悔しそうに表情をしかめた。対するヴォルフの表情にはどこまでも不気味な笑みが浮かべられていた。

 どうしてこの男はなんでそんなに笑っていられる。なぜ命を懸けることに楽しみを見いだせる。

 俺は嫌な予感がして洞窟内を見回した。ヴォルフにはこの状況を楽しめるだけの理由があるのかもしれない。もしそうだとしたら、押され気味の状況を一転できるだけの何があるはずだ。そしてそれはここにいる全員が危険になるわけで、至急を要する。

 俺は静かに洞窟の奥へと進む。


「『ポイントライト』」


 小さな光を放ち洞窟内をくまなく調べる。ここが仮想世界内で、地形は破壊不能オブジェクトになっている。だから地面や壁を掘って爆弾を埋めるなんてことはシステム上できない。そうなるとできることは限られてくる。せいぜい死角になりやすい隅にトラップを仕掛けることぐらいだ。

 だから俺は開けた空間の隅を重点的に見たのだが、それらしきものは見当たらない。

 何かトラップはあるはずだ。どこだ? どこにトラップを仕掛けている。この状況を覆すだけのトラップは何だ。


「ぉわっ!」


 頭上から降ってきた水滴に思わず大声をあげて飛び退く。


「お兄ちゃん!?」

「ネスト!?」


 マナとスフィーの二人が俺の声に反応して慌てて振り返るが、何かがひっかかり俺は自分がさっきまでいた場所をじっと眺める。そこにはある一点だけ小さな水たまりができており、その頭上から水滴が落ちてきていた。

 そういやこの洞窟に入ってきた時からずっと水の落ちる音がしていた。それがこの場所だと気づけなかったのはあまり注意してその音を聞かなかったからだろう。そのせいで全く考えなかったが、やっぱりおかしい。この洞窟には水気がないから天井から水滴が落ちてくるなんてことはあり得ない。だからこの水滴は地形的なものではなく人為的なもの。でも、どうやって? 洞窟の地形は破壊不能オブジェクトになっている。爆発や衝撃で地形が変わることはあっても、変化した地形をプレイヤーが弄ることはできないし、なにしろそれでは水滴は出てこない。つまり、この水は地形ではなく何らかの方法で地形の上から人為的に作られたもの。


「いや、待てよ……」


 ある。地形の上から水を作る方法が一つだけ。

 俺がさっき戦闘で使ったように、『マッドプール』あるいは同系統の魔法があるのならどんな地形でも関係なく沼、あるいは水たまりのようなものを生成できる。その水たまりであれば、爆弾のような何かを埋め込むことだって不可能ではない、

 水たまりのある地面からそのまま視線を上げていく。予想通りそこにも小さな水たまりのようなものが存在していた。それも、薄暗い洞窟内で目を凝らさないと見えないほどのもの。

 まずい……と、そう思った時には俺は叫んでいた。


「みんな! この洞窟から脱出するんだ!」


 洞窟内にいる全員の注意が俺に向く。ただその中で一人だけ、相も変わらぬ不気味な笑みを浮かべたままのヴォルフだけは様子が違っていた。

 同時に、洞窟内に大きな地響きが起こる。


「はやく!」

「くっ! 全員、撤退です! 急いで離脱してください!」


 悔しそうに唇を噛みしめ、ヴォルフのことを憎たらしくにらみながらも仲間を優先に考えたエリネスが指示を飛ばす。


「エリネスも早く!」


 ギルマスの指示を受けたサブマスのソアラがギルメンの誘導を始めながらエリネスに声をかけた。


「私はヴォルフを押えます。そのうちに離脱してください」

「でも……」

「私は大丈夫です!」

「……わかった。待ってるよ!」


 エリネスはまたヴォルフに向き直り、片手剣を中段に構える。


「そういうの、嫌いじゃないぜ」

「これでも私はギルマスです。仲間を守る義務があります」

「いいのか? お前は死ぬぞ」

「その時はあなたも道連れです」

「フン」


 再度地面が揺れる。


「さあ、ネストも早く離脱してください」

「くっ……」


 全員が離脱するには必ず誰かがヴォルフを押え、離脱の邪魔をされないようにしなくてはならない。その役目をエリネスが《サイクロン》のギルマスとして買って出てくれた。

 けど……


「『パワーウインド』!」


 対象をエリネスに定めて突風を巻き起こす。


「ちょ、ネスト!?」


 抗議の声を上げるエリネスだが、もう遅い。風に乗ったエリネスの身体は洞窟の出口に向かって運ばれていった。

 残されたのは俺とヴォルフ。念のため警戒しながら俺も出口へと急ぐと意外なことにヴォルフから声をかけてきた。


「どうして気付いた?」

「たまたまだよ。俺もさっき同じようなことをしたから」

「なるほどな。お前、名前は?」

「……ネストだ」

「ネスト……ネストか。クククク……気に入ったぞネスト」

「……勘弁してくれ」


 俺はそれだけ残すと『俊敏』の効果と『パワーウインド』の応用でバーニアを代用することで洞窟から脱出した。直後、洞窟が凄まじい爆発音と煙が上がった。洞窟一帯に破壊不能オブジェクトであることを告げる警告が表示される。

 約十秒の時間を経て煙とすべての警告メッセージが消滅すると、爆発前と何も変わらない洞窟が口を開いていた。



   ☆  ★  ☆



「お兄ちゃん!」


 洞窟に突入する前に休憩をした場所まで戻って来ると、俺の姿を見つけたマナが駆け寄ってくる。


「よかったぁ……お兄ちゃん無事だったんだ……」


 目尻に涙を浮かべるマナの頭に手を置き、黒髪を撫でてやる。はにかみながらもそれを受け入れ、涙を拭う妹に言葉を返す。


「あぁ、俺は大丈夫だよ」


 マナだけでなく、《サイクロン》のメンバー全員とスフィーも安堵の表情で俺ら兄妹の姿を見つめている。俺の中では脱出の算段はあったのだが、心配をかけてしまったらしい。


「心配をかけてすみませんでした」


 共闘してくれた仲間に向かって素直に頭を下げる。するとエリネスが俺のもとへ歩み寄り、


「本当にびっくりしました。まさかネストがあんなことをしてくるなんて」

「すみません……」

「でも、ありがとうございます。ネストがああしてくれなければ私は今頃どうなっていたか分かりません。そして」


 言葉を一度区切ると、エリネスは俺同様に仲間たちへ向き直る。


「作戦のこと、黙っててごめんなさい!!」


 エリネスは《六剣ろくけん》が罠を張っていることを事前に把握していた。それを利用する形で《六剣》を追い込む作戦をひそかに用意していたのだ。しかしそれを仲間には伝えなかった。その理由はなんとなく想像がつく。すべては《六剣》を壊滅させるため。少しでも情報が洩れるリスクをなくそうとした結果なのだろう。だからエリネスは自分の作戦のことを仲間に伝えなかった。


「もう終わったことだよエリネス。みんなこうして無事なんだからいいじゃん」


 ソアラが笑顔でエリネスを励ますが、相変わらずエリネスは自分を攻め続ける。


「それでも騙していたのは事実です。私がみんなに伝えていれば危険な目にあうこともなかったかもしれない。私がみんなを信用していればよかっただけのことなのに」

「もういいじゃん!」


 エリネスがまた自分を責めようとしていた所をソアラが叫んで遮った。


「せっかく《六剣》を倒したんだからさ、もっと盛り上がろうよ! いつまでもこんな雰囲気にするのはやめよ?」

「そうだぜエリネスさん。もっと盛り上がりましょうよ」

「ブリッツは常に一人で勝手に盛り上がりすぎ」


 ソアラの突っ込みでみんなが明るい声を上げて笑う。メンバーのお陰でようやくいつもの《サイクロン》の雰囲気が戻り始めた。


「そうですね」


 そんな中で小さく苦笑をこぼし、ぼそりと呟いたエリネスの声は密かに虚空へと消えていった。

 しかしエリネスの一番近くにいた俺とスフィーにはなんとか聞こえた。そして二人顔を見合せて軽く笑ってから頷き合いサイクロンの輪の中に入っていった。




 その後、打ち上げをやろうということになったが、「ギルドホームが無いのにどこでやるんだ」というエリネスの言葉に誰も答えることができずに、結局この案は否決されたのだった。

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