第35話

 突入するに当たって言い出しのエリネスは流石に用意周到だった。場所を噂で聞いたときから『光魔法』を上げていたのだろう。『ライトニングフラッシュ』で暗い洞窟を明るく照らし出した。

 明るくなった洞窟の中は危険な物は無さそうだ。奥の方までは見えないが取り敢えず自分達の半径十メートル位までは明るくなっていた不便はない。

 俺ら八人の足音が静かな洞窟内に反響する。いくら足音を忍ばせても、ゲームシステム的に設定された足音が歩を進める度になってしまう。これを消すには専用のスキルが必要だとか。しかしそれは上位のスキルと思われ、まだここの誰一人として持っていない。

 足音に加え、入り口が明るくなっているので既に気付かれているはずだ。それが俺たちとは判らなくとも侵入者の存在くらいは分かっているだろう。

 全員が緊張感を持って奥に進んでいくと、開けた場所に出た。相変わらず光はエリネスの光魔法だけで全体が何となく見える程度でしかないが、少なくとも数十人、いや、数百人ほどが一度に集まれるほどの広さはある。

 ポツン、ポツンとどこからから滴っている水滴の音が不気味に響く。しかしそれだけで、部屋の中からは人の気配がなかった。


「いない……どういうことですか?」


 さすがのエリネスでも困惑の声を上げた。こちらの存在は間違い間違い的にも気づかれている。だからこそ、アジト内の戦力を総動員して待ち構えていると考えていたのだ。その予想に反し、アジト内に人の気配はない。

 慎重に奥へ進み、エリネスの光がついにこの部屋の奥の壁を照らした時、不意に俺の右腕に痛覚を感じた。実際には痛さというよりかは不快さというのが近いが、俺が右腕を見下ろすと投擲用のナイフが刺さっていた。


「えっ……?」


 視界の右上に表示されているHPバーの上には二本の稲妻アイコンが表示されていて、麻痺の状態異常にかかったことを示していた。


「どうしたんだネ……ス……!」


 俺の一番近くにいたメティスが洞窟の中で響く俺の声を聞いて振り返り、絶句した。そこでメティスが見た物は、洞窟の入り口にある多数の人影。逆光で表情も特徴も判らないがここにいるということは解る。


「《六剣》……何で……?」


 ソアラが思わずそう漏らすと、その声に悪魔の烙印ゼクスブレイズ通称六剣のマスターの男が反応した。


「クククク…フハハハハ…ハハハハハハハハ! 何で、だと?なかなか面白いことをほざいてくれる。どうせここがお前らの墓場になるんだから教えてやっても構わないが……その前に一つ訊く。なぜこの場所が判った?」


「噂ですけど、それが?」


 エリネスがさすが最前線で戦うギルドのマスターをしているだけあって冷静に返す。

 その返答を聞いて《六剣》のマスターは満足そうに笑うと言葉を続けた。


「そうだろうな。そして今こういう状態になった。なぜならその噂は我々が流したのだから」

「なっ!」


 つまり、俺らはやつらの手のひらの上で踊らされていたということだ。予想外の事実を突きつけられ、全員が息を飲むが伝わってきた。


「これは罠だったのだよ。我々を倒しに来て洞窟に入ったところを背後から襲う。これまでにも何組かのバカが噂に騙されて退路を断たれて死んでいったそれにこの洞窟の中はアイテム無効化空間になっている。今回の場合は特殊だが貴様らはそんな我々の罠にはまったんだよ。貴様らは最初から私の予想通りに動いてくれた」


 クソッ、そうなのか。ならば俺とスフィーが奴等に襲われたときからか? その時から奴等の作戦は実行されていたのか? そして俺たちの誰かが噂を耳にしていると判っていた。マスターが戦場に出てくると人が少ないということが知られているのも判っていた。その隙を狙って潰しに来ることも。いや、元はと言えば俺が《サイクロン》を呼ぶということも、俺が《サイクロン》と面識があるということも。

 ―――全部バレていたんだ。

 最初から最後まで何もかも。奴等の思うがままに。

 だが、エリネスは何か様子が違っていた。一人だけ、いや、スフィーもだ。二人に関しては全く動揺していない。何で二人は平然としていられるんだ。

 そんなエリネスがついに口を開いた。その唇から洞窟の中まで一層澄んだ声が響いた。


「残念でしたねヴォルフ。罠にはまったのはあなたの方だ」


 ヴォルフと呼ばれた《六剣》のマスターの男は初めて表情に疑念を浮かべた。


「どういう意味だ」

「単純なことです。私はこうなることが判っていた。流石にヴォルフが自ら出てくることと私たちの個人的な情報を知られているのを除いてですけど」

「それがどうした。それが判っていたところでこの状況は何一つ変わらない」

「それはどうでしょう?」


 すると《六剣》の後ろの方で悲鳴がいくつか上がった。その後にエフェクト片が飛び散る音が立て続けに聞こえてきた。


「なにぃ!?」


 ヴォルフが後ろを振り向くと、新たに三人いた。彼らが下っ端の一部を葬ったのだ。そして彼らが剣を背中の鞘に収めると横から《六剣》を取り囲むように更に七つの影が現れた。

 この場所からだと顔や姿そのものんをはっきりと捉えることが出来ないが、味方だということは解る。エリネスが呼んだのだろう。


「これであなた方の逃げ場は無くなった。どちらが滅びるまで正々堂々戦うのみです」

「くそぅ! なぜだ! なぜ我々が罠をはっていると判った!」

「聞いたんですよ。私たちよりも先に《六剣》の討伐に来た人に。その人はギルドや一緒に行った仲間が全滅しそうになり、噂が偽りであったことを伝えるために隙を見て命からがら逃げることに成功した。その人は辛そうでしたよ。今まで一緒にいた人がいなくなり、これからどうしたらいいのかも判らず、頭の中が真っ白になってました」


 エリネスの言葉の後半は声が震えていた。その震えの中に交ざる感情は簡単に理解できる。

 だが、その一方で俺とスフィーを含め、サイクロン側の全員が驚愕していた。エリネスは初めから全てを分かっていたこと、そして仲間を騙すようなことをしたことに。

 エリネスは怨念、悲傷、憎悪といった感情を胸の内に秘めて強く言い放った。


「だから! 今ここであなたたちを倒す!」


 それに負けじとヴォルフも指示を飛ばす。


「くっ! お前ら全員かかれ!」


 そのヴォルフの声を合図にして後に《インテンス大戦》として広く知れ渡る戦闘が始まった。この時俺もさし自分が麻痺状態だったことも忘れて。だが、既に麻痺が解けていたから関係の無い話だ。

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