第30話
グラスガーデンの着くと、花の懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。
シュバルツステルの驚くべく耐久値が故に、グラスガーデンに来るのは二週間ぶりだが、特に街に変化はなくそれが故に郷愁を感じる。
そんなグラスガーデンでも辺りは人影が少ない。二週間前はもう少し人がいたのだが、その時を思えばかなりまばらになってしまった。
ここにいるプレイヤーはみんな下層プレイヤーで、その中でも少数が引きこもり、多数が自分の生活ができる程度のお金を稼ぐことを目的としている人に分けることが出来る。それ以外のプレイヤーはもう少し進んだ場所か、はじまりの街にいるはずだ。
そんな前に来た時より寂しくなったグラスガーデンの街を一人で歩きながら目的地、フェールショップに着いた。
中に入ると武具の配置が変わっていて品数も増えていることに驚いた。これまで壁に掛けられていた防具はそのままで、壁から通路を挟んですぐ近くにあった、剣が入っているショーケースが完璧に壁側に詰められていて、防具の下に潜り込むようなポジションに配置されていた上、ショーケースの数が増えている。そして広くなったように感じる中央にカウンターが来て、最初カウンターがあった場所に鍛治場として鍛治道具がたくさん置いてある。
見た所フェルはカウンターにはいないようなので、その鍛治場の方を覗いてみる。
商品が端に詰められたせいで広く感じる店内を歩き、奥の鍛治場に行くと、フェルが鍛治用のハンマーを持って石を打とうとしていた所だった。
入り口の扉を開けたのすら聞こえないぐらいに集中しているフェルに声をかけようと思ったが、流石に今はまずいと思い、慌てて飲み込んだ。そして静かに見守る。
フェルが振りかぶってハンマーで石を強く叩く。カァァァァンという音を店中に響かせて石が少しへこんだ。
額に滲む汗を軽く拭い、ふぅと一息吐くともう一度ハンマーを力強く振り下ろす。
そうして後八回石を打った所でフェルがハンマーを台の上に置いた。するとシステムで自動的に石が剣へと変化した。
見た範囲で判る剣の特徴は、
「凄いな。剣ってこうやって出来るのか」
「うわっ! ネスト君来てたなら声かけてよ」
フェルは驚いて危うく出来たばかりの剣を落としそうになる。
「ごめん。集中してたから声をかけない方がいいかと思って」
「ううん、そんなことはないよ。今のはただのSLv上げだから」
そう言ってフェルは今出来たばかりの剣を破棄した。剣先から青白いエフェクトが剣を飲みんでいき、フェルが作成したばかりの
「せっかく出来た剣を棄てるのか?」
俺が残念そうに言うとフェルは笑ってさっきの剣を造った石と、他に鉄を取り出して説明した。
「あれは練習用だよ。この石はSLv上げ用の素材で、出来た物のステータスは低い。でも一パーセントぐらいの確率で強い物が出来る可能性もあるらしいけど…。で、店に出しているのはこっちの鉄を使って造った物。この鉄は本当の鍛治用で、ランダムでステータスが決定される。だから確率的には低いけどネスト君の持っているシュバルツステルのような強い物が出来る可能性もあるし、逆に今出来たばかりの練習用みたいな弱い物も出来る可能性もある。でもそんな物は売り物にならないしNPCショップで売っても二束三文だから破棄するんだ」
「へぇ~」
フェルから説明を受けて、店に置いてある武具を見回す。ここにある全ての武具を造るのは簡単でもそれまでの鉄集めやSLv上げに結構な時間を使い努力したのだなと感心した。前線に出るのも大変だけど、それはこういった縁の下の力持ちいなければ成り立たない。だから俺たち、前線にいる上層プレイヤーはそれに応えなくてはいけない。
と、考えていた時、危うく忘れかけていた、ここに来た目的を思い出し、また忘れてしまう前に用を済ます。
「フェル、そろそろ本題に入るけど、今日の目的はこれ」
話を切り出してアイテムボックスから買ったばかりの強化材料を出す。名前は強化材料だけど見た感じの予測では鉄かなと思う。
「なるほど、強化ね。これは鉄……じゃない!! これは鉄じゃなくて銀塊だよ!! ネスト君! これどこで手に入れたの!?」
「どこって言われても……普通に露店で売ってた……けど?」
フェルの勢いに圧倒されながらも何とか答える。
「絶対その人価値知らないわね。そうか取り出して確認してないか、そもそも違いを知らないか」
なんだかんだと言いながらもフェルが俺の出した銀塊を手に取った所でその銀塊とシュバルツステルを渡す。
フェルはトレードをすることを忘れていたようで、トレードの申し込みが来ると首を傾げたが、内容を見ると思い出したらしく、受け取って実現化させた。そして作業に取りかかろうとした所で俺が問いかける。
「鉄と銀塊の違いって何?」
フェルはハンマーを取りながら俺の問いに答える。
「鉄は一般的によく使用されている強化材料。一般的に使用されているから入手しやすく、強化材料のグレードも低い。グレードは鉄、銅、銀、金という順に高くなっていて、銀と金は見つけることは困難とされているわ。だからこの二つは飛び抜けて高く、時には武器その物を強い、新たな物に変えることもあるの」
「じゃあ俺って運がいいよな?」
「いいなんてもんじゃないかもね。でもね、実は銀はもう少し出回ってるかもしれないわ。銀は鉄と見分けにくく、ほんの一部が酸化してるかしてないかの違いしか無いようにしてあるの。鉄一部が酸化してる方が鉄、酸化せずに輝いている方が銀。なぜかこの世界じゃ鉄と銀はそれ以外は全く一緒だからうっかり売っちゃう人も結構いると思うの。もちろんウィンドウを開いて説明欄を見ると鉄なのか銀なのかはちゃんと記載してあるんだけど、鉄を見慣れた人ほど説明を見なかったりするから」
それだけ言うとフェルは作業に戻った。
何でわざわざ鉄と銀を見分けにくくしたのだろう。普通なら銀特有の金属光沢や重さなどで判るはずだ。なのになぜ鉄と銀の色を同じにして見分けにくくしたのだろう。
そんなどうしようもないことを考えながら黒剣の上に置かれた銀塊をハンマーで叩くフェルを見守る。
フェルがハンマーを振り下ろす度にキーーンというさっきの石より高い音を響かせている。
どうやら鍛治をする時にハンマーで叩く回数は十回と決まっているらしく、十回叩くと青白い光が黒剣と銀塊の姿を隠し、光が消えた時には、そこに銀塊の姿はなく、俺の愛剣だけが残っていた。
「はい、終わったよ」
「ありがとう」
フェルから愛剣を受け取り、まじまじと眺める。もとより強い輝きを放つ黒剣はこれまで以上にその輝きを増し、そのせいか切れ味までもよくなったような気がする。
「そう言えばネスト君、最近どう?」
唐突にフェルから気から訊かれ、俺は首を傾げる。
「どうって?」
「Lv上げは順調?」
「あー、順調だよ。昨日も妹たちと一緒に狩ってLvが上がったし」
「そうなんだ。って、ネスト君妹いたの?」
「ああ、マナってやつなんだけど」
「嘘でしょ!?」
想像以上の食いつきように俺は思わず身を引いた。
「マナって、サイクロンのだよね!? そんなすごい人がネスト君の妹なの!?」
「やっぱりフェルでも知ってるのか」
「当たり前だよ! だって、あんなに活躍してるんだよ!? 知らない人なんていないよ」
前から凄いとは思ってたけど、やっぱり本当にマナは凄かったんだな。兄として誇らしいよ。
「そ、そうなんだ」
「いいなぁ、1回でいいから会ってみたいなぁ」
「ハハハ……」
羨望の眼差しを虚空に向けるフェルに俺は苦笑で誤魔化すしかできない。本当に想像以上の反応だ。
「そっかぁ、じゃああんまり困らないよねー。そんな強いひとが身近にいれば安心だもんね」
「そうでもないよ。マナは普段サイクロンの活動が忙しくて、俺がマナとあったのも実はデスゲームになってから初めてだったんだ」
「え、そうなんだ……ごめんね。なんかついはしゃいだって」
「いいよいいよ。俺も妹がこんなに有名人なんて兄として誇らしいし」
「……あたしも、もっと頑張らないとだね……よし! あたしももっとLv上げる! もちろんあたしは生産職だからネスト君みたいに強くはなれないけど、それでもあたし頑張る!」
力強い瞳が真っ直ぐに俺に向けられて、俺は彼女の決意を感じ取った。
「そっか、頑張れ、フェル」
「うん! ありがと!」
そのやり取りを最後に俺は店を出た。
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