第26話
張り詰めていた緊張感が解け、全身から力が抜けて俺はその場にへなへなと座り込んでしまった。
「大丈夫?」
そこへ茶髪の少女が手を差し伸べてくる。有難くその手を受け取って立ち上がる。
「ありがとう。おかげで助かったよ。それにしても、キミは何をしてたんだ? キミが強いのは分かったけど、死ぬかもしれないリスクを選んでまで六剣と接触するなんて無謀すぎる」
「私はあいつらから六剣の情報を聞き出してたの。見た感じ、あいつらは六剣の中で下っ端っぽい感じだったから……私一人でどうにかする予定だったんだけど、あなたには迷惑を掛けてしまった。ごめんなさい」
いくら下っ端と分かっていたとはいえ、それにしてもやっぱり無謀だ。この少女の言い分だと、何が策はあったようだが、誰がどう見たってあの光景はPKされかけているようにしか見えなかった。おかげで、少女を助けようとして逆に俺が助けられるという醜態を晒すハメになったし。ほんと恥ずかしい。
「それにしても、キミ強いんだ。SSなしであれだけ圧倒できるんだから」
「まぁね。そうでもないと一人であんなリスクを負ったりしないわ」
そりゃそうか。ってか、この子、結構実力に自信もってるんだな。しかも、一応リスクがあるってこと分かってるみたいだし。
「でも、やっぱり迷惑をかけたことに変わりはないし、お詫びをさせてもらえないかしら?」
急に少女は腕を組んで思案げに言ってきた。
「いいよ別に。そんな大したことじゃないし」
「そうしないと私の気が済まないの」
ここまで言われれば断るに断れない。
ありがたさ半分、戸惑い半分でその申し出を受けることにした。
とりあえずここでの立ち話もなんだから、ということで一旦プロートンの街に戻ることになった。
ちょうど時間もおひるどきだったことから、俺らは適当に目に付いたレストランに入った。
外装も内装も、現実にあるファミレスと大差なく、店内は時間帯も時間帯ということで結構賑わっていた。幸い、空席もちらほらとあり、中に入るとすぐに席に通された。
どうやらこのレストランでは水はセルフサービスらしく、俺はグラス二つに水を入れて席に戻る。
「あ、ありがどう」
水を渡すと、少女は早速グラスに口をつけた。
お互いにメニューを開いて、NPCの店員に注文を入れる。
「そう言えばまだ自己紹介してなかったわね」
そう言えばそうだったと俺もここで初めて思い出す。
「私はスフィー。主に双剣を使ってる前衛で、たまにパーティーを組んだりするけど、基本はソロでやってる」
ごく簡潔な自己紹介なのは、あまり知らない人に自分の情報を公開したくないというのもあるだろう。この世界において自分の手の内を全て晒すというのはそれだけ自分の命を脅かす行為だ。それはデスゲーム化して以来、プレイヤー間での暗黙の了解になっていたりする。
だから俺も簡単に返す。
「俺はネスト。メインは両手剣で魔法もちょっと。俺もほとんどソロかな。一応知り合いはいるんだけど」
「そう。じゃあ私たち同じね」
「そうみたいだな」
一度グラスを手にとって口を湿らせる。
「それで、スフィーさんは一人でそんなリスクを負ってまでなにをしようとしてたんだ?」
俺が問いかけると、スフィーはメニューに目を通しながら返事をした。
「スフィーでいいわ。別に、そんな大したことじゃないわよ?」
「大したことじゃないならわざわざ六剣と接触したりしないだろ」
「どうしても聞きたい?」
「いや、別に話したくないなら言わなくていいけど」
「別に構わないわ。隠したい事でもないし。むしろ、言っておいたいい方がいい内容かもしれないわ」
「? どういうことだ?」
水を一口だけ口に含み、スフィーは説明を始めた。
「私たちが六剣と呼んでる
「噂?」
「ええ、まだほんの一部の人しかしらない噂だと思うけど、それがあまり放置して置けないものだったから」
そんなものは俺も聞いたことがない。PKというだけでも十分過ぎるほどやばい話題なのに、これ以上六剣に放置しておけない噂とは何なのだろう。
「ボス戦の妨害」
「……っ!」
そんなことをされれば攻略のペースが大幅に遅れるどころか、攻略を進めている最前線プレイヤーたちが危ない。もしその噂が事実だとすれば、妨害されるよりも先に六剣を叩いておかなければならない。
「そう、これはあなたの考える通り、最重要案件よ。これは現状根も葉もない噂に過ぎないけれど、仮にこれが事実だとしたら対策を練る必要がある。だから私は六剣に接触してその噂の真偽を探ろうとしたの。まぁ、結局大した情報は得られなかったけれど」
「そっか……」
スフィーの言っていた噂はプレイヤー全体にとって少しばかり情報を欲しかったために、残念な結果に大して肩を落とす。
これだけスフィーが体を張ったのに得られた収穫がゼロだとなると、彼女の努力が無駄足だということになり、さらに俺の行動までが完全に徒労に終わってしまったわけだ。
「そんなわけだからもう少し探りを入れたいところだけど、残念ながら宛はない。さすがに情報を持ってる相手は幹部の方になるだろうし、私一人ではさすがに危険すぎるから。しばらくは様子見になると思う」
「お待たせしました」
このタイミングで店員が料理を運んできた。俺の分がハンバーグ定食で、スフィーの方がオムライス。ハンバーグの溢れ出る肉汁や、オムライスのふわとろ玉子までがゲーム内で再現されていて俺の食欲をそそる。
「それじゃ、いただきまー」
「あれ? お兄ちゃん?」
箸を手に持ち、早速ハンバーグを食しようとしたとき、前方から聞きなれた声がした。
少し顔を上げるとそこには久しく会っていなかった妹が立っていた。マナは絹性の衣服というすごくラフな服装で、最前線のプレイヤーらしからぬ装備でいた。
「え、マナ……? 久し振りだな、一カ月ぶり?」
「うん、あの時以来だから。っていっても昨日通話したばっかだけど。そっちの調子はどう?」
「まぁいい方かな? Lvは71まで上がったからな」
「へぇ~すごいじゃん。それじゃあもう攻略組じゃないの?」
デスゲームが始まって以来、クリアに向けて行動を起こすプレイヤーはあまり多くない。というのも、よっぽどLvが高くない限り、攻略に参加出来ないというのがあるからだ。やはり死のリスクが伴う以上、ギリギリのLvでは危険すぎるのだ。
それでも時間を惜しんでLvを上げ、最前線に出て積極的に攻略を進めるプレイヤーを最前線プレイヤー、最前線プレイヤー含め、前線でLvを上げ、ときどき攻略に参加したりするプレイヤーを攻略組と呼ぶようになっている。
当然、マナの属するギルド、サイクロンは全員が最前線プレイヤーで、初期メンバーから人を増やさない少数精鋭ギルドなのだ。だからマナの強さは攻略組でなくても知っているぐらいだ。
さすがにソロの俺ではそこまではたどり着けない。
「一応そこを目標にはしてるけど、やっぱりマナたちには及ばないと思うよ。もちろんLv的な問題だけじゃなくて、俺自身の強さに関しても」
「大丈夫だよお兄ちゃんなら」
久し振りに再会し、話が弾む。気がつけばスフィーのことを放置してしまっており、彼女は訝しげに俺とマナを交互に見ていた。
「あ、ごめん、こっちは──」
「あれっ? スフィっちじゃん」
「久し振り、マナ。元気してた?」
「うん、元気元気! スフィっちも元気そうだね」
「まぁ、まずまず、かな?」
えっ、えっ……?
俺の知らないところで会話が始まり、唐突に取り残された俺は戸惑いながら二人の顔を見比べる。
「もしかして、二人は知り合い?」
「そうだよ。βの時からの友達何だけど……それは私も聞きたいんだけど、お兄ちゃんとスフィっちは?」
「あぁー、なんというか、今日、というか、さっき知り合ったばっかなんだけど……」
マナにどう説明しようか戸惑いながらスフィーを見ると、ジト目で俺を見てくる彼女と目が合った。だがそれも束の間のことで、スフィーは小さく息を吐き出すと、マナに質問を投げかけた。
「とりあえず、マナとネストの二人は兄弟ってことでいいの? それともネストがマナにお兄ちゃんって呼ぶことを強要してるってこと?」
「おいちょっと待て、なんで俺がそんな変態扱いされなきゃいけないんだ?」
「心配してくれてありがと、スフィっち。でも兄弟だよ。ちゃんとリアルの兄弟。だから安心して?」
「うん、わかった」
「ちょっと俺のことは無視!? この扱い酷くね!?」
「ごめんなさい」
「えっ?」
あいかわらず俺のことは放置だが、突然スフィーがマナに対して頭を下げた。
突然のことに俺とマナの二人は訳が分からず戸惑うばかりだ。
「ちょっとちょっと、スフィっちいきなりどうしたの!?」
「マナも六剣がボス戦の妨害を企ててるって噂は知ってるでしょ?」
「うん、それは私も知ってる」
「私、それを調べるために直接接触して聞き出してやろうと思ったんだけど」
「えっ! スフィっちそんなことしてたの! そんなの危ないよ!」
机をバンと叩きつけ、スフィーの顔を食い入るように覗き込むマナに大して、スフィーはきょとんとした顔でマナを見つめる。
そしてスフィーの方がふふっ、と笑いを零した。
少女の笑みは無垢なもので、出会ってから初めてめせた笑顔だった。
「ちょっと、こっちは本気で心配してるんだよ?」
「ごめんマナ、あまりにも反応がネストと似てたから、やっぱり兄妹なんだなって思って」
予想外の言葉に俺とマナは顔を見合わせた。
そうなの?
まぁ、そうらしい。
目でそんなやり取りをする。
「そうね。これからはもうちょっと方法を考えるようにするわ」
「うん、絶対だよ?」
「へぇ、そんなことがあったんだ」
偶然による偶然で会話が弾んでしまい、気がつけばマナが俺の横に座っていた。
そんなマナにスフィーと出会った経緯をマナに説明した。
話していて知ったのだが、スフィーは最前線プレイヤーだったらしい。俺と同じソロで最前線プレイヤーになるには相当の努力と胆力、そして行動力が必要だ。βテスターということで、俺の知らない何かを知っている可能性はあるが、それにしても最前線に出るのは簡単なことじゃない。それが故のあの実力というのはすごく納得がいく。
「けど、お兄ちゃんもスフィっちも無事でよかったよ」
普段年相応に無邪気なマナも、この時ばかりは本気で心配してくれていた。特にマナは俺の過去のことを知っている。だから余計に心配をかけたようだ。
マナに心配をかけないように俺ももっと強くならないといけないな。
自分の未熟さを感じて密かにそう決心した。
「そういやマナ、今日サイクロンのメンバーは?」
「ひはいよ?」
「口のなかのものを飲み込んでから喋れ」
なんかこんなやりとりが前にもあったようなと懐古する。もう武人を含めた三人で祭りに行ったのが一ヶ月まで。この一ヶ月の内容が濃すぎて、俺からすればまだ一ヶ月しか経っていないのかと思うほど昔のことに感じてしまう。こうして妹と一緒に食事をすることすらも一ヶ月ぶりになるわけだ。
口の中のに詰め込んだフライドポテトを飲み込み、水を一気に飲み干してからマナは改めて口を開く。
「今日は活動休み。デスゲームになってから週に一回ぐらい休みをとって自由に過ごす日を作ったんだ。ストレスが溜まらないようにだって」
「そっか、エリネスさんはそういうところしっかりしてるな」
「まぁでも結局私はいつも休みのときもレベリングしてるんだけどね。じゃないとみんなにおいてかれちゃうし、それに……死にたくないから…………」
伏し目がちに真面目なトーンの呟きはハッキリ聞き取れた。デスゲームを宣告された時だって弱気なことは一つも漏らさなかったほど、どんな状況でも、どんなことにも基本前向きに明るく取り組むマナだが、その裏の本心がその一言で全てさらけ出された。
ゲームでの死が現実の世界での死に直結するからには、この世界での死亡率は現実の比じゃない。しかもマナはボスの討伐を行う最前線プレイヤーなのだから他のプレイヤーよりも命を落とす確率は確実に高い。そんな状況になって、怖くない人なんていないのだ。この一ヶ月俺がそうだったように、怖いから、死ぬのが怖いからこそ時間さえあれば狩りにでて、Lvを上げて強くなって、少しでも死ぬ確率減らそうと奮励する。そうしないと不安に苛まれてくるのだ。今日寝て、明日起きたら死ぬかもしれない。明日は無事でも明後日はどうだろう。明明後日はどうだろう。本当に元の世界に戻れるのだろうか、と。
その結果、自分自身を追い詰めて憔悴しきる。その段階まで至ればそれこそ小さなミスで命を落としかねない。そう案じてこその休日をエリネスは設けたのだろう。本当に休むことは出来ないことを悟りながらも、ギルマスとし出来ることはそれぐらいだろうから。
そこで俺は一つ思い立ち、提案してみることにした。
「じゃあさ、今日は俺と一緒に狩らないか? デスゲームになってからはずっと離れ離れだったわけだし」
「ほんと! いいね、それ! 私もお兄ちゃんがどれだけ強くなったのか見てみたいし!」
ぱっと顔を上げ、目をキラキラと輝かせるマナは我が妹ながら本当に純粋でいい子だ。うん。
「もちろんスフィっちも一緒だよ?」
「え、私?」
兄妹水入らずの時間を邪魔しないようにと配慮して一人黙々と食事を進めていたスフィーに、話が唐突に振られて動きを止めた。
「うん、せっかく久しぶりに会えたんだから。あ、もちろんスフィっちが嫌じゃなければ、だけど」
「私がいてもいいの?」
「うん! もちろんだよ!」
「分かったわ、じゃあお邪魔しようかしら」
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