第27話

「じゃああそこ行こっか!」

「……? あぁ、あそこね」


 食事を終えると唐突にマナがそう言い出し、スフィーは逡巡したが、すぐに何かに思い至ったようで納得げな表情を見せた。

 βテスターである二人についていけず、俺が頭に?を浮かべてていると、


「POP率のすごい場所があるの。βの時にマナやサイクロンの方と見つけたんだけど、レベリングにはもってこいの場所よ」

「へぇ、そんな場所があるんだ」

「そうだよ。デスゲームになってからはちょっと怖くていけてないんだけど、この際だから行っちゃおっか」


 ちょっと待て、今ものすごく物騒な言い回ししなかったか。


「おいおい、マナでちょっと怖いって、本当に大丈夫なのか、それ?」

「大丈夫だよ、最悪の場合は転移ブロックで街まで戻っちゃえばいいだけの話だし、私たちしか知らない場所だからPKに襲われる心配もない。だから安心して」

「あ、あぁ。そこまで言うなら信じるよ」

「よし、じゃあ早速行こっか」


 リーダーになるマナにパーティー申請をしてからレストランを出た。

 おいちょっと待て、マナもスフィーもLv78って強すぎだろ。

 パーティーになり、メンバーのHPの隣に表示されるLvを見て俺は肝を抜かれた。

その場所を知っているスフィーとマナの先導で戦闘区に向かう。

 基本は戦闘区は一面が草原で、さっき悪魔の焼印ゼクスブレイズと剣を交えた場所と、戦闘区の端の方だけは森のようになっているが、基本そんなところは誰も入りはしない。

 俺らは攻略区とは正反対の位置に進み、木々が生い茂って来たところで念には念を入れて自分たちがどこかから見られてないか注意を配らせ、見通しのいい草原だから大丈夫だとは思うが一応尾行がないかも確認する。

 それだけこの世界は危険なのだ。


「うん、大丈夫だね」


 誰も尾行が着いていないことを確認してマナは満足げに頷いた。そして俺たちは森の中へと入る。

 そのまま歩き続け、外周の壁が見え始める月辺りまで進むと、そこは開けた土の闘技場のような場所になっていた。

 中央には獰猛な一角兎のMobのアルミラージと亜人系Mobのリザードマンがそれぞれ三体ずつ退屈そうに歩き回っていた。けれどこの二種類のMobはこの層で出てくるMobではない。だからどんな攻撃をしてくるかが未知数だし、この開けた場所が特殊な場所だということが見て取れる。

 一応、俺のLvは71で、第一層の戦闘区の適正レベルはおよそ60半ば。万が一のことも有り得るために余裕は取ってある。そのおかげで敵の名前が表示されているが、ベノムフェイクやウォーグルらと同じぐらいなのかは不明だ。


「お、いるねいるねー」


 マナが楽しそうに抜剣し、腰を落として低く身構えた。それに合わせるようにスフィーも双剣を構える。


「もう一回言っておくけどお兄ちゃん、ここ、POP率凄いんだから、覚悟しといてよ」

「お、おう」


 あまりそのPOP率がすごいということがピンとこないが、二人と同じように俺も剣を抜いた。

 それを横目で見たマナが声をかける


「それじゃ、行くよ!」


 マナとスフィーの二人がさすがはトッププレイヤーという俊敏さでMobに肉薄し、そのわずか後ろを俺が追いかける。

 アルミラージとリザードマンが迫るマナとスフィーに気づいたときには既に遅く、二人の剣がMobを次々に切り裂いていく。

 SSを使わない通常の攻撃のために威力こそ低いが、二人で五体を相手にする動きは戦闘慣れしている本当の剣士そのもの。スフィーは両手の剣でアルミラージとリザードマンを一体ずつ同時に相手し、片手剣のマナは背後から迫る敵がまるで見えているかのような動きで、かすり傷一つ付けられない。さすがに三体目が来た時には少しバランスを崩したが、左手の盾でアルミラージの突進を受け止めた。

 っと、その二人の戦闘に見入っている間に残った最後のアルミラージが俺に襲いかかってきた。


「じゃ、俺もやりますか」


 さすがに目の前であの二人の動きを見せられたらレベルの違いを嫌でも思い知らされるが、俺だってこの一ヶ月で強くなったんだ。

 アルミラージの突進を『ステップ』で回避し、すれ違いざまに剣を一閃。さすがに体制が悪く、普通よりは威力が劣るが、そこは攻撃の重さという両手剣の特徴である程度はカバー。

 Lv差が不安ではあったが、通常攻撃でHPを一割を持っていけた。この感じだと午前中に倒したウォーグルやベノムフェイクと変わらない。

 俺の中で不安要素が取り除かれ、ひとまず胸をなで下ろす。

 だからといって気を抜くことはなく、すぐに振り向いて追撃体制に入る。

 アルミラージも俺と同じように急ブレーキで止まり、すぐに踵を返して俺の方へ向かってくる。


「『マッドプール』」


 鋭い角を俺につきつけてくるようにする一角兎の足元に沼を作り、行動を取れなくしてから足を懸命に動かそうと足掻くアルミラージに対して立て続けに魔法を放つ。


「『バブルボム』」


 泡爆弾を身動きの取れなくうさぎの周囲に配置しておき、次に弓を引く構えをとる。


「『アクアアロー』」


 水の矢をアルミラージに向けて放つと、周囲に配置しておいたバブルボムの一つが爆発し、残りの爆弾が誘爆して一角兎を襲う。同時に俺は走り出した。

 黒煙が上がって姿が視認出来なくなるが、表示されたままのアルミラージのHPバーはイエローゾーンで留まっている。


「これで終わりだ! 『スクロールスクエア』!」


 『ジャンプ』で煙の中に飛び込み、空中でSSを発動する。

 体がシステムアシストによって自動的に動き、一角兎のHPを削っていく。そして四撃目が終わるとアルミラージは悲鳴を上げてHPを空にした。


「ふぅ……」

「お兄ちゃん! 次!」


 戦闘が終了し、一息ついたとほぼ同時に、マナから鋭い声が飛ぶ。


「次って、うわっ、もうPOPしてるのか!?」


 マナとスフィーはまだ複数体を同時に相手しているが、まだ一体も倒していないわけではなかった。Mobを倒しては同時に次がPOPし、また新たなMobの相手をするということを繰り返していた。

 どうやらMobの最大POP数は六になっていて、それ以上は出てこないようになっている。しかし、このPOPの早さでは、とてもLv上げなんて悠長なものではない。このままだとやられるのを待っているようできりがない。これじゃあ適当にきりをつけて撤退しないと。


「こんなの聞いてないぞ!」


 少し憤りを感じながら訴える。だが、Mobを二体同時に相手をしているスフィーから、疲れを感じさせないいつも通りの淡々とした口調で返ってきた言葉はすごく単純で短いものだった。


「さっき言ったわ」

「いや確かにすごいとは聞いたけどさ……これはすごいなんてもんじゃない!」

「それでも言ったわ」


 マジかよ……



 それから狩り続けること一時間半。疲労でさすがに限界を感じ始めた。


「もうそろそろ引き上げよう」


 俺の提案に、二人は首を縦に振ってくれた。


「うん」

「わかった」


 マナとスフィーが同時に返す。


「『マッドプール』」


 新たにPOPしたリザードマンに対して足止めをし、戦線を離脱する。いやもうほんとこの魔法便利。

 スフィーも二体のアルミラージを倒しきって、次のMobに迫られるよりも先に宣戦を離脱した。


「マナ!」

「分かってる!」


 一人で三体の相手をしているマナには簡単に脱出させてもらえないようで、進行方向を三体のMobに囲まれる。そこへ、俺とスフィーが相手をしていたMobがマナのもとへと向かう。

 さすがにこの状況では俺も助けに行こうかと思った矢先、マナが後方に後ずさった。


「ごめんね!」


 一言そう告げると、Mobたちの方へ助走をとり、そして──飛んだ。


「えっ……」


 呆気にとられる俺を他所にマナはMobの遥か頭上を飛びこえる。その高さは五メートルぐらいだろうか。これにはリザードマンとアルミラージですら茫然としてしまう始末。だがその本人はそんなことはなんのそので、身軽な着地を決めた。


「お待たせ。さ、戻ろっか」

「戻ろっかって、さっきのは何だよ!? あんなの『身軽』付きの『ジャンプ』で飛べる高さじゃないぞ!?」

「うん? お兄ちゃんも確か『ジャンプ』持ってたよね? 今SLvいくつ?」

「今は49だけど……? それが?」

「あ、じゃあもうすぐだね。今スキルは『跳躍』だよ。SLvを50にしたら成長できる上位スキルだよ」

「そうなんだ……」


 戦闘中によく使うスキルは『ステップ』や『回避』が王道だ。他にも便利なスキルはあるが、どうしてもこの二つのスキルに比べると成長速度は遅い。だが、残念ながらこの二つのスキルは上位スキルはないのだ。その『ジャンプ』をすでに上位スキルに成長させているということはそれだけ場数を踏んでいるということになる。

 まぁ、最前線プレイヤーともなれば当然か。


「さ、街に帰ろ? さすがに私も疲れちゃったよ」


 そういうマナの表情は楽し気で、あまり疲れたような表情は出してない。スフィーも淡々としていて、なかなかタフだと思ってしまう。

 けどまぁ、久しぶりにパーティーを組んで狩れたのは楽しかった。またこうして一緒に狩れる時があればいいなと、素直にそう思った。

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