第25話
☆ ★ ☆
我に帰った時、眼前には少女に向けていた短剣を俺に向けて迫ってくる黒ローブの男がいた。
「っ!?」
反射的に『回避』と『ステップ』で短剣を避けて男と距離を取り、冷静さを取り戻すための時間を稼ぐ。
とりあえず自衛のためにシュバルツステルを抜剣しておく。しかし自分の剣を握る両手はまだ微かに震えていて、恐怖心が残っていることを自覚させられる。
けれど、いつまでも怖がってもいられない。だって俺はあの事件の後から誰かを救えるようになると決めたんだ。
けれど俺のそんな決意が、こんなにも早く試されることになるとは思いもしなかった。まさにあの時の俺と似たような状況に置かれている少女の恐怖は俺が一番よく分かる。だからなにがなんでもあの少女を助けなければならない。
「じゃないと、俺はなんでここに来たんだって話だよな」
俺は自分に言い聞かせる。
でも、いくらなんでも五対一の数滴不利な状況の中で俺の出来ることなんてたかがしれている。逃げるか、殺されるか、立ち向かって少女を救出するか。
もちろん理想は最後の選択肢だ。しかし、それが一番実現出来る可能性が低い。失敗したら俺が死ぬんだから。
剣を握る両手はま小刻みに震えている。自分でも、恐怖心がまだ残っていることを自覚している。
「それでも、やってやるさ」
俺が前線まで出てきたのは万が一のときにマナを守るため。あまり想像したくはないが、その万が一が来た時、必ず今のような不利な状況になるだろう。その逆境を乗り越えるにはこれぐらいは乗り越えられないと何も出来ない。
再度迫り来るキッとリーダーの男を睨むと、全身の震えを抑えて俺は迎え討つ。
「させるかよ!」
突き出される短剣を黒剣で受け流すと、男は短剣を逆手に持ち替えて俺の不意をついてくる。
「くっ!」
間一髪のところで『回避』した俺は短剣の間合いから抜け出そうと後退したが、男はそれをさせじとしつこく距離を詰めてくる。
三度突き出された短剣を今度は両手剣の刀身の面で受け止める。
「『マッドプール』」
鍔迫り合いのような形になる隙に、男の身動きを取れないように試みると、男は俺の狙いを悟って、発声した時点で舌打ちをして俺から距離をとった。
二人の間に沼が発生し、風が吹き抜ける。少し展開が落ち着くかと思ったのだが、直後、脇腹付近にちくりと痛みが走った。
「なんだ?」
痛みの場所を見下ろせば、小さな針が刺さっていた。それを抜こうとしたが──
「体が動かない……!?」
このときようやく俺のHPバーの横に麻痺状態を示す黄色の雷マークがついていることに気づいた。
麻痺!? 一体いつの間に……?
考えらるのは男が距離を開けるとき、後方にステップしながらこの針を『投擲』していたことだ。
けれど、男には全くそんな素振りはなかった。ということはこの針は一体……
その時、俺の『看破』スキルによる機械音が四度鳴った。慌てて周囲を見回そうとしたが、体が動かないために断念して目だけで見える範囲を見回す。
すると木の影から俺を取り囲むように黒ローブが姿を見せた。
「ふっ、よくやった」
「当然です。こいつ、完全に俺らの存在を忘れてましたから隙しかなかったですよ」
リーダーの男の言葉に、俺の左から出てきた黒ローブが返す。
こいつの言う通りだ。リーダーの男にばかり気を取られていて、残りの四人のことを完全に失念していた。街以外の場所にいるときはいついかなる時も警戒を怠ってはいけない。六剣の奴らが出てきてからプレイヤーの中で常に言われ続けてきたことが出来ていなかった。自分に余裕がなかったがゆえの過ち。
俺は自分の未熟さに唇を噛み締めた。
「よくも俺らに楯突きやがったな。悪いけどお前をいたぶる気分でもねぇんだわ。だからさっさと死んでくれ」
こんな時のために常備している転移ブロックも、麻痺状態では使用できない。体が動かないために剣も震えない。魔法すらだめ。
完全に、詰んだ。
その時、リーダーの男の後方から爆発音が響いた。
「なんだ!?」
男が驚いて振り返るとほぼ時を同じくして、爆発による黒煙が微風に乗って飛来し、俺らの視界を奪った。
麻痺で微動だにできない俺は煙を思い切り吸ってしまい咳き込む。
「これ、飲んで」
近くから少女の声がして、口元に瓶があてがわれる。口の中に苦味のある液体が流し込まれ、それを声の言う通りに飲み込んでいく。
「こっち」
液体を飲み干すと麻痺状態を示す雷マークが消えていた。それを確認したタイミングで俺は突然手を引かれ、連れていかれるがままにあとをついて行く。
そして煙の中から脱出したタイミングで手が離された。
「ちょっと下がってて」
言われたように俺は後退する。そして助けてくれた人物の方を向き直る。
絶体絶命の危機を助けてくれたのはブラウンの髪を腰上まで流した小柄な少女。つまり、俺が助けようとしていた少女に絶体絶命の危機を救われたという事だ。
だが、少女の装備はさっきまでの薄く傷だらけのものではなく、しっかりとしたレザー性で防御面の暑さは去ることながら、機動性まで兼ね備えているきれいな防具だ。彼女の手には
「え、キミ……」
「ごめん、あなたを騙すつもりはなかったの。それより、説明はあとで」
草原である第一層戦闘区には頻繁に風が吹いている。強弱こそまちまちだが時には突風が吹くこともある。そしてその突風が吹く場合、木々に遮られたこの場所でもそれなりの強さの風が吹き抜ける。
まさに今、これまでより強めの風が吹き抜け、黒煙が流されていく。
少女は俺を振り向くことなく、前だけを見据える。
煙が晴れ、中から黒ローブのリーダーが咳き込んでいる姿を見せた。そして俺と少女を交互に見て、険しい顔つきになる。
「お前……! 俺を騙してやがったのか!」
「それはお互い様じゃない? そっちだって私を騙そうとして近づいてきたくせに」
「うるせぇ! もういい、やるぞお前ら!」
自分たちが騙されていた側だと知らされて頭に血の上ったリーダーの男は痺れを切らして少女に襲いかかる。
先程の俺のように五対一という数的不利な状況に、さっき何も出来なかった俺が今度こそ加勢しようと動きかけたが、それを気配で悟った少女が手で俺を制した。
「大丈夫」
それだけ言うと、少女は腰から一対の剣を取り出して構える。
真正面から迫り来るリーダーの男に向かっていき、剣をクロスさせて受け止める。
両手が塞がるこのタイミングを狙って残りの黒ローブが背後を狙うが、それを見透かしていた少女はリーダーの男を蹴り離し、四人の連撃を二本の剣で華麗に受け流していく。
この隙に、少女の死角に入り込んだリーダーの男が懐から何かを取り出す素振りを見せた。それに少女はまだ気がついていない。
取り出したものが何かはこの位置からハッキリと捉えることはできないが、おそらkあれは麻痺針だろう。
「『アクアアロー』!」
男が少女にそれを投げるより早く、男の手元を狙って水の矢を放つ。
『投擲』モーションに入ったところに、矢が命中し、何とか麻痺針は未然に防がれる。
その間に少女は残りの六剣のメンバーを退けていた。
「くそが! たかが一人相手に俺らが勝てないなど……」
「それ以上は止めとけ」
「でも!」
「止めとけ」
リーダーの男の二度目の制止は有無を言わせない冷酷なものだった。
さすがにそれを受ければメンバーの一人は抗うことも出来ず引き下がった。
相手があのPKギルドのメンバーということで、これが何かの罠かもしれないという疑りを持って、警戒心を怠るようなことはしない。
ここから何が仕掛けてくるか。
そんな緊張感が走り、少しの間睨み合いが続いたが、六剣の連中は何も仕掛けてくることはなかった。
「今日のところは退いてやる」
短く言い残し、六剣の五人は転移ブロックで去っていった。
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