第24話

 街に戻ると早速属性の魔法スキルを買った。火、氷、風、光。こんなに必要は無いんだろう。それでも備えあれば憂いなし。使わなくても置いておけばいい。いつか使うときがくるかもしれない。

 スキルを買い終わり、昼にはまだ早いからどうしようか迷っていたら、一人のプレイヤーが叫んでいるのが目に入った。


「誰か! 誰か来てくれ! 大変だ!」


 遠目からでも分かるぐらいに挙動不審な態度はきょろきょろし、右へ数歩歩いては逆に歩きを繰り返している男性がいた。

 気になってどうしたのか聞いてみる。


「聞いてくれ。さっき攻略区の手前で少女? のようなプレイヤーが六剣ろくけんに襲われてたんだ」

「それは本当か!?」

「あ、あぁ。俺が直接見て転移ブロックで慌てて戻って来たんだから間違いない」


 もしこの男の言っていることが事実なら急がなくてはならない。取り返しのつかなくなる前に少女を助けないと現実でも命を落としてしまう。

 このゲームに巻き込まれたプレイヤーなら誰でもわかるようなことだ。それを承知の上でPKをする。そんな行為に対する憎悪と憤慨がこみ上げてきて俺はいてもたってもいられなかった。


「場所は!?」

「攻略区の手前の森の方だ。奥の方へ連れていかれているような感じだったから急がないと……」

「分かった! 行ってくる!」


 一刻を争う事態に俺は男の話を途中で切り上げて戦闘区へと走り出していた。

 戦闘区の草原に吹く穏やかな風を切り裂くようにしてひたすらに走り続けると、だんだんと木々が生い茂ってきた。そこがやがて森になると、山壁に洞窟を掘ったかのような大きな扉が待ち構えていた。こここそが攻略区の入り口で、この奥には四フロアのダンジョンになっている。

 今回はそこへは入らず、山壁に沿って森の中を奥へと進んでいく。

 やがて、PKの現場が見えてきてすぐに俺は最寄りの木陰に身を潜める。

 黒いローブに身をまとった五人のプレイヤーが一人の少女を取り囲んでいる。幸い少女のHPはまだレッドゾーンに入る手前で耐えていた。

 またリーダーと思しき一人が短剣を見せつけて脅すようにじわりじわりとHPを削っている。

 やはり一刻を争う状況に、これ以上身を潜めているわけにはいかない。はやく六剣を止めなければまずい。

 俺はカーソルをリーダーの足元に定め、魔法を発動する。


「『マッドプール』」


 小さな沼が敵の足元に生成される。たちまちリーダーの男は足をとられて動けなくなる。それを見た残りの四人が騒ぎ始める。


「誰だ!」


 俺はこれから戦闘になることを予測し、『バブルボム』を周囲に撒き散らしておく。これでそう簡単に逃げられないはず。そして監獄に送り込んでやる。

 本来ならここで助けを呼ぶべきなのだろうが、今は一刻を争う状況でありそんな暇はない。俺一人で犯罪者五人を相手にするのは無謀かもしれないが、最悪は転移ブロックで逃げ出せばいい。

 一息ついて木の陰に隠れていた俺は六剣の連中のまえに姿を晒す。その時にわざと音が起つようにし、少女から俺に注意を向けさせる。


「おいおい。悪魔の焼印ゼクスブレイズにプライドってのは無いのか? 五人で一人の少女を襲うなんて」


 相手の意識が少女から俺に向くように軽く挑発してみる。それが効いたのかは分からないが、狙い通り敵の意識は俺に向いてくれた。


「なんだお前? やるつもりか?」

「──っ!」


 沼から抜け出して俺にガンを飛ばしてくる敵の視線を受けると、俺は思わずすくんでしまった。

 リーダーの男が掲げる短剣が視界に入り、背中に寒気が走る。

 これまでPKに対する憎悪や憤り、そして少女のことを助けたいと思う気持ちが強くて無我夢中だったが、いざ犯罪者と対峙すると急に恐怖がこみ上げてきた。デスゲーム化してMobと戦闘するときには感じなかったが、相手が人間だとなると恐怖が抑えられない。

 なんでこうなるのか、俺の中で答えは出ていた。

 ──くそっ! 俺はまだあの時のことを乗り越えられないのか! 

 もう八年も前のことで、俺はもうてっきり乗り越えたものだと思い込んでいた。けれどこれが現実。そう簡単に過去は越えられない。

 気が付いた時には俺の心臓の鼓動は強くなっていて、汗も浮かび始める。全く情けないことに体が言うことを聞いてくれない。

 どうしたんだよ、なんで動いてくれないんだよ! 俺はこんなことしてる場合じゃないんだよ!

 そう強く思えば思うほど、しかし俺の体は拒絶していく。


「なんだ、結局お前も死ぬのが怖いのか? やっぱ大したことねぇな!」


 ──死ぬ? 嫌だ、俺はまだ死にたくない。シニタクナイシニタクナイ。

 ここで冷静さを欠くのはまずいと分かってはいるが、思いとは裏腹に俺の視界はぼやけていく。

 

「お、どうした? 威勢がよかったのは最初だけか? 情けない勇者様もいたもんだな」


 もうそんな敵の煽りすら耳に入らず、薄れていく意識の中で俺の脳裏に過ったのは八年前のあの出来事だった。


  ☆  ★  ☆


 二〇二八年一二月八日、この日は俺の九回目の誕生日だった。

 この日は例年通りバースデーケーキにろうそくをさし、祝ってもらう予定だった。

 当時小学校三年生だった俺は、その日土曜日で学校は休み。

 何もなければ家族で楽しく話したりどこかへ出かけて夜に誕生日祝いをするのだったが、その日に限って父の仕事で名古屋に行かないといけなくなった。

 母も着いて行かないといけなくなり、当時幼稚園児だった愛美も当然一緒に行くことになった。丁度その頃から一人で留守番をし始めていた俺は家で留守番をすると言い張り、両親の心配を押し切って駄々をこねて頼み込んだ。

 先に折れたのは両親の方で、「分かった……夜には帰ってこれるから」と言って家を出た。それが午前八時。その時はまだあんなことになるなんてことは知る由もない。

 完全に独りになった俺はこたつに入り、テレビを見る。

 家にいる、とそう言ったものの、実際に一人になるとすることが無く、どうすればいいのかも分からない。直にテレビにも飽きて途方に暮れていた。

 小学校三年生の俺は、留守番を始めたと言ってもまだ最長で一時間しか留守番をしたことがない。ただ最初は自分で一人で何かをしたいという年頃の挑戦心から、待つということに少し喜びを感じた。でもそれを過ぎていくにつれて喜びは心細さへと変わっていく。

 昼まで何をやっていただろう。あまりの退屈さと心細さでその時のことは何にも覚えていない。気がつけば昼になっていたような感覚だ。

 ようやく昼になり昼食を取った。昼食は母がおにぎりを作ってくれていたから別に苦にはならなかった。だがまだ夜までは長い。

 特にすることも無く独りでいる恐怖という不安を抱きながらうとうとしかけ、いつの間にか眠ってしまった。


 どれぐらい眠っていたのだろう。家中に鳴り響く電話の音が俺の意識を強制的に覚醒させた。

 窓から入ってくる光は無く部屋は暗い。この季節だと五時ぐらいから暗くなってくるから少なくとも四時間は寝ていたことになる。

 寝起きでひどく重たく感じる体をおこして何とか受話器を取った。


「もしもし?」

「もしもし真人? 一人で大丈夫? 辛くない?」

「ううん。だいじょーぶ。今どこ?」

「ごめんね真人。まだ名古屋なの。早く終わる予定だったんだけど長引いちゃって。それでお父さんが急いで帰ろうとしたんだけど雪でスリップして事故しちゃったの。だから帰るのは真人が寝ちゃってからになりそう。ごめんね。誕生日祝ってあげられなくて」

「きにしないで。それはあしたでもいいことだから」

「ありがとうそう言ってくれて。それで晩御飯なんだけど……コンビニで買ってきてくれる?」

「うん、分かった。じゃあ」


 受話器を戻し置き時計を見る。七時五分。晩御飯の話が出ていたから何となく予想はしていたがそんなに経っていたのか。そうなると六時間以上も寝ていたことになる。

 部屋の電気を点けてカーテンを閉める。そして貯金箱から五百円を取り出して家を出た。だがこの時重要なことを忘れていたことは後から思い知らされることになる。

 家の近くにあるコンビニまでは徒歩五分と近い。よく歩いて行っているから慣れた道だった。でもこんなに暗い時間に行くのは初めてだから不安もあったが、特に何事もなく簡単に着いた。

 コンビニでお弁当を買い自動ドアを通って外に出た。さっき通ってきた道を歩く。

 歩いている最中にお腹が空き始めた。早く帰って食べたいという感情が歩く足の動きを速くした。

 家に着いて中に入ったときに俺は異変を感じた。床は少し汚れていて玄関においてあるマットが少し動いている。

 少し疑いながらも部屋に近づいていくと部屋が散らかっているのが見える。この時に俺は確信した。

 ──誰かいる……?

 今家にいる誰かに気づかれないように開いているドアの隙間からそっと覗いた。

 その誰かは顔の知らない人だ。顔を見られないように覆面をしていて、タンスや棚の中を物色している。

 ──泥棒だ!

 今目の前に泥棒がいる理由を思い出した。コンビニに行くときに鍵をかけていなかったからだ。明らかに俺のせいだ。

 それを自覚すると恐怖が更に強くなり、後ずさりした。そして次第に手に力が入らなくなっていき、さっきコンビニで買ったばかりの弁当の入ったビニール袋が手から滑り落ちた。ガシャという音が響き渡る。

 しまったと思った時にはもう既に遅く、泥棒がこちらを振り向き近づいてくる。男は懐から持っていたナイフのような物を取り出した。

 逃げないと、と思ったが足が竦んで動かない。走りだそうとしても後ろに二、三歩しか踏み出せない。それでも男は近づいてくる。

 男との距離が五~六メートルぐらいにまで縮まった時、ようやく足が動くようになった。急いで走り出そうとしたが、硬直した後の足は思った通りに動いてくれず、足がもつれて派手に転んでしまった。この時に膝を強く打っていたのだがそんなことは気にもならなかった。

 起き上がることができず、男の方に体を向けて、男が一歩前に出ては足と手を使って一歩後退を繰り返す。

 そうしている間に男が初めて口を開いた。


「見たなぁおまえぇ。見たやつを放っておくわけにはいかねぇなぁ。捕まっちまうからよぉ」


 わざとナイフを見せつけて脅しをかけてくる。声は酷く狂っていて時々裏返ったりもしている。もう怖くて何も考えられなかった。俺は少しずつ玄関の方に追い詰められていく。

 その時、ピンポーンというチャイムの音がなった。だが当時の俺は精神的にも追い詰められていて、それが耳に入ってこなかった。

 男の方もこの時興奮状態で、俺と同じくチャイムの音が耳に入ってきてない様子だった。因みに後から聞いた話によれば最初にチャイムが鳴った後も三回チャイムが鳴ったらしいが当然そんなことは知らない。

 そんな状態が変化したのはそれから少しした時、チャイムが計四回鳴った後だった。チャイムを鳴らしていたと思われる人が遂にしびれを切らしたらしく、背後のドアが開け放たれた。


「誰かいま…………!!」


 玄関にいる人はドアを開けた瞬間に刃物を持っている男に気づいた。だが大人だけあってその対応の早さはさすがのものだった。


「誰か! 誰か来てくれ! 泥棒だ! 不審者だ!」


 背後からした声は男性の声だった。俺は顔だけを後ろに向けて男性の方を向く。その男性は携帯電話を取り出して話している。恐らくは警察に電話しているのだろう。

 だが目の前の男も反応は早かった。

 興奮状態の男は舌打ちをすると、再び狂ったような声を出して俺を通り過ぎ、男性の方へと向かっていった。


「叫ぶんじゃねぇ! 警察呼んでんじゃねえぞぉ!」


 これから起こるであろうことは小学三年の俺でも予測できた。だがそれでも目をそらすことが出来なかった。

 男はナイフを持って男性に接近する。男性の方も男の意図に気づいたようで、抵抗して少しの間は堪えたが、やがて限界は訪れた。ブスッという嫌な男が聞こえて大量に血が流れた。男性は刺された時に目を見開いたまま後ろに倒れた。

 男は男性を殺害し、再び俺の向き直った時だった。男がさっきまで向いていた方から警察官が二人近づいてきて男を取り押さえた。抵抗するも訓練を受けている警察官二人に敵うはずがない。

 警察署は小学校へ行くときの通り道、通学路にの途中にあって近い。警察官がこんなに早く着いたのはそのおかげだろう。まだそんなに時間は経っていないはずだ。

 もうこれで安心出来るはずだった。それなのにそんな実感は全く無かった。切り詰めていた精神状態から解放され、頭が真っ白になった。

 男がパトカーに乗せられると、もう一人の警察官が近寄ってきて、「今日はまだ怖いだろうから署に来るかい?」と聞いてきた。

 その問いに俺はどうしたのか覚えていない。気がつけばもう警察の中で、きれいな女警官が優しい声で「もう大丈夫だからね」と声をかけてくれていた。

 その後俺は保護ということになり、少し事件の状況やらを聞かれた。男は殺人で現行犯逮捕。後の取り調べで覚せい剤を使用していたことが判明。

 男は何も供述せず黙秘を続け、何も話さなかった。

 だが、黙秘を続けるにも流石に限界があって、四日目あたりから全てを話し始めた。

 男は他にも強盗をし、そのときに一人殺害していたことも明らかになった。そして男には事後強盗罪、覚せい剤取締法違反などの罪で無期懲役が言い渡された。

 俺はそのまま署で一泊した。両親が来たのは翌朝のことで、出された朝食を食べ終えた時だ。両親が来られたから来てほしいと呼ばれ、着いていくと両親が椅子に座って待っていた。

 俺が歩いて近づくと、足音に気づいて顔を上げた母が立ち上がり、俺を抱きしめた。

 少しして家に帰ろうとなった時俺は立ち止まっていた。親が来ても家に帰るとなると話は別だ。家に帰るのが怖い。また家に誰かいるんじゃないかという不安が胸いっぱいに広がる。

 署から出ようとしていた足を止めた俺に母が『どうしたの?』と言わんばかりの表情を向けてきたがすぐに気づいたらしく、「大丈夫、何日かの間はお母さんが家にいるから」と言ってくれた。俺は頷いて、まだ少し不安と恐怖を胸に宿しながら家に帰った。

 事件後、幸いだったのは事件の日が土曜日だったこと。次の日が日曜日で学校は休みで一日家で休みを取ることが出来、そのおかげで少しは落ち着くことが出来た。

 もし学校があったりしたら家には帰れなくなっていただろう。まぁ学校は休んでいたと思うが。

 どっちにしろ、大事をとって月曜日、火曜日は学校を休んだ。それでも日曜日を挟んだおかげで学校を一日余計に休まなくて良かったのだと思う。

 水曜日からは普通に学校に登校。だが、家に帰るのはやはり少し怖かった。家に帰ると母がいると分かっていても。

 一番大変だったのは事件の後だった。

 学校に通いかけ、少し経った時、あの日俺を助け、命を失った男性の遺族の所へお礼と謝罪をしに行った。その時の遺族の人の顔を見ているのが辛かった。一人になるとまたあの時のような男が来るんじゃないか。また襲われるんじゃないか。そんな不安や恐怖と心細さで押しつぶされそうになっていた。

 ただ幸いだったのは、すでに俺と仲の良かった武人や、まだ幼い三つ下の愛美は自分のことのように心配してくれた。それが心の支えとなって落ち着いていったのだと思う。今でも二人には感謝してる。

 だから、あの時の愛美や武人、それから命の恩人である名前も知らない男性が俺を救ってくれたように、俺も誰かを助けられるようになりたい。そう思ったのだ。

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