第23話

 目を開けてまず最初に目に入ってくるのは自分の家とは違う、それでいてもう馴染んだ天井。

 ──もうこの天井を見るのは何度目だろうか?

 そんなことだけが頭に浮かんできた。

 この天井はどこの宿も全く同じ。これからも何十回、何百回と見ることになる。そして模様や図柄といったものがあるわけでもなくただ真っ白でとてもシンプル。

 やはり所詮は仮想の世界にあるNPCというシステムが経営する仮想の宿だ。少しぐらい飾ろうという感情は微塵もない。

 ゆっくりと体を起こし、大きく伸びと欠伸をする。

 昨日は夜遅くまで起きていたからか、それとも現実での朝が弱いという体質を引き継いでいるのかは分からないがまだ眠い。だがこうしている時間が勿体なく思えて俺はこれまで通りレベリングのために出かけた。


 街には、最前線というだけあってたくさんのプレイヤーが防具を付けた状態で歩いている。

 この世界がデスゲーム化したんだという緊迫感は日に日に減っていている。緊張感のある生活にも慣れ始め、少しずつゲームだった頃の雰囲気に戻りつつあった。そう思うと、慣れって怖い。死が隣にあっても長時間その状況にいればそういうものだと思ってしまうのだから。

 そんな街の雰囲気を横目で見ながら、俺は街の外に出たところにある戦闘区へと向かう。

 トーテムタワーの内部は各層ごとに街、戦闘区、攻略区に分かれている。今から行く戦闘区は、トーテムタワー以外にあるフィールドと同じで、各層ごとに地形が違う。そして攻略区へと繋がっている。一般的に戦闘区でLv上げ、素材集めをしたりするのに使う。

 一方、攻略区はダンジョンになっていて、全4フロアで構成されている。各階の最奥部には中ボスがいて、中ボスを倒すと上の階に行けるようになる。最上階の最奥部にはボス部屋があって、ボスを倒すと上の層に行けるようになる仕組みだ。

 さっきは挙げなかったがもう一つ隠しエリアというのがあるらしい。これは戦闘区、攻略区のどちらかに隠しエリアへと繋がっている何らかのきっかけがあるらしい。但しさっき挙げなかった理由でし全ての層にあるとは限らないのだ。

 俺はまだそれだけの実力がないし、βテスターでもなく、経験が少ないため詳しいことは判らないが……

 朝もまだ早いからゆっくり戦闘区へと歩みを進める。ゲートをくぐったそこは草原になっている。


「さ、始めますか」


 誰にともなく呟いてから、とりあえず空中を気分よく飛んでいるMobに攻撃を仕掛けることにした。

 敵の名はウォーグル。鷲系のMobだ。


「アクアアロー!」


 弓を引く動作を取ると、水状の矢を番えた弓が浮かび上がる。そして技名発生と同時に矢を離すと、水の矢が一直線にウォーグルへ突き刺さり、そして消滅した。

 代わりに討ち落とされたウォーグルが地上へ落ちてくる。そのタイミングで両手剣四連撃技『スクロールスクエア』を使う。四角形を描くような軌道を通って左下から左上、そのまま右上にスライドさせて最後に振り下ろす。

 ウォーグルからすると奇襲を受けた形になり、俺が硬直時間に入っている間に、HPがイエローゾーンに入ったウォーグルは空中へと逃げていく。

 硬直が解けると、俺は直ぐに また次の魔法を放つ。


「『バブルボム』」


 ウォーグルの飛翔する下方にふわふわと浮く泡をいくつも設置しておき、次にもう一度弓矢を構える。


「これで終わりだ。『アクアアロー』」


 俺の放った矢はウォーグルに回避させる暇もなく射抜き落とし、下で待ち構えていた泡ベッドが同時に爆ぜた。

 派手な音を伴った爆発に飲まれ、ウォーグルのHPがみるみる減っていき、やがて消えた。


「よし、次」


 今度は別のMobを狙う。花型Mobのポイズンフェイク。こいつはフェイクというだけあって、フィールドに咲いている花に紛れて隠れ、プレイヤーが近づくと急に正体を現し、襲いかかってくる。更に厄介なのが、隠れている間はカーソルに表示されないこと。

 遠くからなら少し判り辛いものの、近くからよく見ると全然違う。顔に茶色の点があって花と言うにはちょっと微妙な感じだ。

 とはいえ、何も知らない状態では判らないだろう。既に掲示板で情報を流れているからそれを読んでさえいれば誰でもこれがMobだと判別できる。

 ──でもめんどくさいんだよな、アイツ。経験値美味しいから我慢するけど。

 内心愚痴りながらも俺はカーソルをポイズンフェイクの根元に定める。


「『マッドプール』」


 マッドプールはカーソルで決めた場所に水を発生させ泥沼を作り、相手を動けなくする魔法だ。この魔法は水、土魔法のどちらのスキルでも使えるようになる。属性も両方に入る。

 俺がカーソルを定めた場所に、瞬く間にみるみる泥沼が発生し、根の一番上まで浸った。しかし、急速に水分だけが減っていく。水が干上がり、根元に泥だけが残った時、ベノムフェイクが大きくなりだした。

 そう、こいつの厄介なところは水魔法を吸収することだ。水魔法使いの俺としては相性最悪の相手。

 そんなベノムフェイクに唯一対抗できる手段が『マッドプール』なわけだ。『マッドプール』は水魔法だけでなく土魔法の部類にも入り、故にベノムフェイクは土魔法の要素が強い泥まで吸収することが出来ない。

 俺は鞘から黒い輝きを放つ愛剣を引き抜き、ベノムフェイクに斬りかかる。

 ベノムフェイクを大きくさせたために、ダメージ判定の一番高い顔は狙えない。そのため足から胴体を狙う。

 右下から左上に斬り上げ、左下から右上にもう一度斬り上げる。次に右から左に薙いで真下から真上に斬り上げる。最後に腰を捻って剣を一度引いてベノムフェイクに突き刺す。

 ここでベノムフェイクが一番厄介な毒息を吐こうとしてきた。それに反応して『ステップ』で避ける。

 ベノムフェイクの背後を取り、その隙に『スクロールスクエア』を打ち込む。

 再度毒息を吐き出そうとして、背後を振り返ろうとしたベノムフェイクだが、俺が最初に使った『マッドプール』の泥が絡まり、思うように身動きが取れない。


「よし」


 これこそが水魔法を吸収するというベノムフェイクの特徴を利用した俺の狙い。こうなってしまってはもうあとは一方的に俺が斬りつけるだけだった。

 膠着してはSSを使用し、また膠着してはSS。この繰り返しでベノムフェイクのHPが空になるとガラスが割れるような音と共に青いエフェクト片が飛び散った。

 何度か蔦を使った攻撃も試みようとしたベノムフェイクだが、足元が絡まっている以上、それも驚異ではなかった。

 その後、少しウォーグルを狩った後、一度第一層の街、プロートンに戻った。

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