攻略開始

第22話

 今日の疲れを癒すべく、俺が宿屋の部屋に入ってベッドにダイブした途端、マナから久しぶりに連絡が来た。


『もしもしお兄ちゃん?』

「お、どうした? なんか久しぶりだな」

『ごめんね、ちょっとレベリングが忙しくてさ。なかなか時間取れなかったんだよね』

「そうだろうな。サイクロンの名前が少し後方でも聞くぐらいだから」

『そうなんだー。まぁ私たちも必死だから。ちょっとでも気を抜いちゃったら死んじゃうかもしれないわけだし』

「やっぱり大変なんだな……」


 今は2036年8月28日。残り3日で8月も終わり、長い夏休みも一緒に終わって9月から2学期が始まろうかという時期に来ている──そう、現実世界では……

 俺たちはまだFreedom Onlineというゲームに閉じこめられたまま。この世界でのゲームオーバーは現実世界での死という状況も変わらない。黒鳥もあれから一度も出てこなければ、当然外部からの救助もない。

 黒鳥が最後に出て来たとき、それはデスゲームを宣告したときだ。今日であれから丁度一ヶ月が経つ。

 今の攻略の最前線はトーテムタワーの第一層。その最前線にいるのがマナの属するギルド、サイクロンだ。トーテムタワーに至るまでのいくつかのボスを倒していたり、その名前はいろんな場所に知れ渡っている。その中の一員が妹だと思うと兄として鼻が高いと同時に、一番危険な場所で戦っているのがどうしようもないほど心配だ。

 けれどマナから弱音を聞いたことはないし、マナを信じると決めた以上、止めたりはしないが、いつまで経ってもこの不安は拭いきれない。


「いや、でもお兄ちゃんだってすごいと思うよ。だってソロなのにもうトーテムタワーにいるんでしょ?」

「え、なんで知ってるんだ? 誰かに言ったつもりはないんだけど……」

「だって今日街でお兄ちゃんを見かけたもん。なんか凄い勢いで走ってっちゃったから声がかけれなかったんだけど」


 マジか、見られてたか。


「俺もずっとレベリングしてるからな。パーティーを組んでないから余計にレベリングの時間が取られるんだよ」

「そうだよね。だったらギルドに入ってみたら? ちょっとは安心できると思うよ?」

「うーん、検討しとくよ」


 当然マナの言う通りギルドに入った方がレベリング効率もよく、HPが0になるリスクも減らせる。

 それに、デスゲームが開始して以降、新たな不安要素も出てきている。それがPKギルドだ。黒鳥がPKの可能を宣言して数日でPKギルドが設立された。それのギルドが《悪魔の焼印(ゼクスブレイズ)》だ。結成されるとすぐにPKを始め、約二週間でFOプレイヤー全員に名が知れ渡った。プレイヤー間では誰が呼び始めたのか、ゼクスブレイズという名前から《六剣ろくけん》と呼ばれている。

 PKの目撃者によると、《六剣》の手段のほとんどがMobを倒した直後に背後からの不意打ち。Mobを倒した後の気が緩んだ瞬間にキルしようという卑怯な作戦だ。そのせいで非戦闘時でも油断出来なくなり、特にMobを倒した後は危険度がかなり増した。ソロの俺なら尚更だ。何故黒鳥はPKを可能にしたのか。それは本人以外には解らない。

 とにかく、そんなことがあってソロの危険性が高まっているのが現状だ。だが、それでも俺はギルドに入るということを即決できなかった。

 その理由が、この世界の死が現実での死を意味する状況下において、全く知らない人たちのギルドに入って一緒に行動するというのが、少なくとも俺には出来そうにない。入ったとして上手くコミュニケーションが取れるか、もっと言えばそのメンバーのことを信頼できるか、それすら分からない。PKギルドも出てきて、誰もが疑心暗鬼にならないといけない状態だからこそ、見知らぬ誰かと行動するということを避けたかった。

 でも代わりに、それでもLvが50になってスキル『看破』を得た。このスキルは周囲のプレイヤーやMobを感知するスキルで、このスキルを得たことによって仮に《悪魔の焼印(ゼクスブレイズ)》に襲撃されても、その前に気づけるようになる。


『あ、そうそうお兄ちゃん。私たち明日から攻略区を攻略しに行くよ』


 マナの言葉を聞いて抑えようとしていた不安がまた込み上げる。


「攻略区……」

『お兄ちゃんはやっぱり心配、だよね』

「まぁな、マナのことは信じるようにしてるけど、やっぱりどうしてもな……ごめん」

『ううん、心配してもらえて私も嬉しいよ。だから私も気を引き締めていかないとね』

「あぁ、応援してる。だから、絶対に無茶はするなよ?」

『うん、ありがとね、お兄ちゃん、じゃあ、また連絡するね』


 久しぶりの兄妹の会話は僅かな時間だったが、ここのところずっとレベリングで気を張りつめていただけに、このわずかな時間が気休めになった。

 デスゲーム化して以来、βのときから比べて最前線に出て戦う攻略組と呼ばれるプレイヤーは半分ぐらい減った。HPを0に出来ないため、慎重さを増してLvに余裕を持たせないといけないことや、PKギルドの脅威という要因が重なって一時期は攻略のペースが落ちた。それでもサイクロンのように最前線に残っているプレイヤーが奮闘し、何とか遅れを取り戻すことが出来た。その分、マナたちに負担が大きくのしかかっているに違いない。だから俺も、マナたちの負担を少しでも減らせるように最前線に出れるだけの実力を身につけようと努力しているわけだ。

 それでもやっぱり最初から最前線にいるプレイヤーたちに追いつくにはもう少しかかりそうで、せめてボス戦に参加出来るだけの実力を身につけないと。

 というわけで明日からもこれまでと同じように一日中レベリングに明け暮れることになるかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る