第19話
「もうすぐだねお兄ちゃん」
イベント開始まで後四十分。声だけで表情がわかりそうなぐらいはしゃいでいる愛美は、後四十分という時間が待ちきれずにウズウズしている。
「そうだな」
俺もポーカーフェイスを装ってみるが……俺にはそんなものは向いてない。どうしてもテンションが高くなって、声に出てしまう。何せイベントなんだから待ちきれないのは俺たちだけじゃないだろう。
「もうログインするか。準備しないと」
愛美も相槌をうって二人とも二階に上がる。そしてVR機を被り、ベッドに横たわって決まり文句を言う。
「ゲームログイン!」
俺の意識が光に包まれる。そして体が浮くような慣れた感覚の後、グラスガーデンからゲームを再開した。
イベントの前に万全の準備をするために道具屋に行ってポーションとハイポを五つずつ購入し、残りの時間はアイテムのチェックをしておく。
「装備品の耐久値は大丈夫。薬類も大丈夫っと」
最終確認を済ませて後は待つのみ。
少しだけ待つと時は来た。
一時になった瞬間に青い光が現れ始め、その光に包まれて一瞬だけ何も見えなかった。その光が消えた時にいたのははじまりの街の中央広場だった。そこには既にイベントとあって物凄い人の数だ。今も尚プレイヤーは光に包まれて増え続けている。
やっとプレイヤーが増えるのが止まったかと思うと、突如目の前にモニターが現れ、そのモニターには、この世界の創設者であり、支配者である、つまりGMの黒鳥忍が映し出されている。
『Freedom Onlineのプレイヤー諸君、ようこそ私の創ったこの世界へ。今日この場にこんなに集まってくれたのは製作者として嬉しい限りだ。今日このイベントに参加してくれたプレイヤーは21000人中14972人』
凄いな。この狭い場所の中によくそんな大人数が入ったな。他の街と比べて中央広場が少し広かったのはこのためなのか?
辺りを見るとその中央広場は人で埋め尽くされている。
人口密度が凄いだろな、と思いつつモニターの黒鳥に再び注目する。
『今回のと言うよりは長期イベントだが、君たちにはトーテムタワーの攻略を行ってもらう』
「トーテムタワーだと!?」
この集団の中の誰かが叫んだ。
トーテムタワーはこの世界にそびえる塔で、この世界の最高難易度を誇る場所だ。確か愛美の話ではβの期間で最高が3階まで進んだといっていたから、上の階に行くにつれて攻略の難しくなる塔を50階まで行こうとするとどれだけ時間がかかるか分からない。
『ああ。最初にトーテムタワーの攻略した者にはリアルマネーを贈呈しよう。そうだな。100万ぐらいか?』
──おいおいウソだろ?
そんなたかがゲームでそんな大金が手に入るのか? 明らかに怪しすぎるだろ。
当然場がざわつき、多くの現金なプレイヤーは盛り上がりを見せている。
「ちょっと待て! ログアウトボタンがないぞ!」
誰だろう、唐突に誰かがそんなことを叫んだ。
まさかそんなワケ……とおもいつつその真偽を確かめるべくメニューを開くと、本当にログアウトボタンは見当たらなかった。
「おいおい、どういうことだよ」
明らかに様子がおかしい。これが例えログアウトによる不正防止だとしてもログアウトボタンを消すのはやりすぎだ。そもそも犯罪じゃないのかこれ。
『あぁ。君たちはこのゲームをクリアしなければログアウト出来ないようにした』
「ふざけるな! 犯罪だろ!」
「ここから出せ!」
『ついでにもう一つ言っておくと、君たちは今後、HPバーがゼロになると同時に、現実の身体活動も停止する』
……は? 身体活動? どういう意味だそれは。
「身体活動、だと!?」
「どういうことだよ!? ちゃんと説明しろ!」
『これで理解してくれないというのならもっとわかりやすく言うが、この世界で死ねば、君たちは現実でも死ぬという事だ。つまり、このイベントとはデスゲームだ』
──デスゲーム。
現実味を帯びないその単語が俺の頭の中で反芻した。
どうせ口からでまかせだ。プレイヤーに本気を出させるためだけに言ったに違いない。きっとこの説明が終われば、タチの悪い冗談だったと黒鳥のことを憎むだけで済む。大丈夫。現実的に考えてデスゲームなんて出来るわけがない。
俺ははやる振動の鼓動を落ち着けるようにそう自分に言い聞かせた。だが、それの努力を嘲笑うかのような言葉が黒鳥から発せられる。
『一応言っておくが、外部からの助けを期待するのはやめた方がいい。このデスゲームは、外部から諸君らの装着しているHMDを外した場合も、すぐに諸君らは絶命する』
「冗談はいい加減にしろ! だいたい、どうやって生身を俺らを殺すんだよ!」
確かにそうだ。ゲーム内で死んだからといって、現実の体まで影響を及ぼすことなんて出来ない。だから──
そんな俺の最後の希望も、黒鳥はあってけなく崩してみせた。
『簡単な話だ。諸君らのHPが0になったのを感知すると、装着しているHMDから毒針が飛び出す仕組みになっている。当然頭部にそんなものが刺さればどうなるかは分かるだろう? HMDを外そうとしてもそれを感知して同じように毒針が飛び出す。それだけの事さ』
「みんな落ち着け! これまではゲームで死んでもちゃんと生きてただろ! だから大丈夫だ!」
『残念だが、今までは猶予期間だったのだよ。だから死んでも毒針は出ないよう設計してあった。だが、これからはそうはいかない。この世界での死は、同時に現実での死を意味する』
ごくごく簡単な説明。だからこそ、与えられた絶望は大きかった。外部からの助けも期待出来ず、ふざけたイベントが終わるまで元には戻れない。だが、到底クリア出来るとは思えない。
俺は死ぬのか? この世界で、こんなふざけた形で。まだやりたいこともいっぱいあるし、死にたくない。死ぬのは怖い。
──死。
その一字が俺の頭を支配し、真っ白になった。
恐怖で体が震えだし、止まらなくなった。心臓が強く、早く脈打ち視界も歪んでくる。立っているのもままならなくなって、地面に崩れ落ちた。
「ここから出せ!」
「ふざけんなよ!」
「キャー! ここから出して!」
「死にたくない!」
周囲から聞こえてくる声には俺と同じような感情を持つ人ばかり。みんな俺と同様に恐怖で竦んでいる。 嫌だ。帰りたい。帰って何も無い平和な時間に戻りたい。死にたくない。
そうだ。誰かがクリアしてくれるまでずっと安全な場所で過ごしていたら。そしたらいつかは帰れる。自分から死の危険を高めるような真似をしなくても、時間が経てばきっと、ログアウト出来るようになる。そうしたらまた、これまで通りの日常が帰ってくる。
でも、本当にクリア出来るのだろうか。サイクロンの時も、オルゴールの時も、シルンの森のボス、ファンシーボアに死ぬ直前まで追い詰められた。そんなレベルでトーテムタワーの50階を攻略なんて本当に出来るのだろうか。
なら、死ななくても結局この世界に取り残されるのかな。
昨日みたいにみんなで祭りに行って、色んなものを食べて、花火を見ながら何気ない話をして。そんな日常はもう戻ってきてはくれないのだろうか。
そんなのやだよ。父さん、母さん、助けてよ。愛美……
はっとして顔を上げる。
人の数が多すぎて首位が全く見えない。
立ち上がって背伸びをして、少しでも遠くまで辺りを見回す。
愛美だって告知されたイベントとやらを楽しみにしていた。だからこの場のどこかにいるはずなのだ。けれど俺から見える狭い範囲に知り合いの姿は無い。
俺はすぐにウィンドウを開き、マナに『今どこにいる?』とメッセージを送る。少し待ってみるが、返信はない。
俺は不安になりながらも、喧騒の中まだ何か説明しようとしている黒鳥の言葉に耳を傾けた。
『だが安心したまえ。現実世界ではもう既にテレビやラジオ、新聞などのマスメディアによって大きく報道されている。そのために外部からの干渉がある可能性はすごく減っている。それに諸君らの現実の体には点滴で必要な栄養分は送られるから安心してくれて構わない。だが場所は移動できないから寝かされている状態だろう』
とりあえず、ゲーム中には外部からの干渉しないよう配慮はしてくれているらしい。
『そして…改めてクリア条件を言う。トーテムタワーの五十層を攻略する事だ。それに先駆けてFO内での変更点を発表する。一つ目は掲示板が使用可能になる。これはメニューの一番上にあるコマンドから使える。二つ目は空腹度システムだ。現実同様、定期的に何かを食べなければどんどんHPが減っていき、最終的には餓死する。三つ目はNPCショップの一つとして宿屋が追加される。夜を過ごすときはこれを利用すればいい。四つ目はこれまで自分でボスを倒さないと次の街に行けなかったのが、誰かがボスを倒すと全員が次の街に行けるようになる。五つ目は転移アイテムの販売。道具屋ど高価ながら転移ブロックという転移アイテムが追加される。大いに役立ててほしい。そして最後六つ目は……』
ここで黒鳥が僅かな間をとる。
『街中以外であればPK(プレイヤーキル)が可能になる』
PK……だと!? デスゲームにしておいて更にPKまで可能にするのか? 必死に戦ってる俺たちを見て嘲笑うのか? それとも自ら直接手を下さない殺戮か? どちらにせよ、人を死のゲームに連れ込んで起きながら、協力すべきであるプレイヤー同士にも殺し合いをさせ、それを黒鳥は高みの見物なんて許せない。許されてはいけない。
いつの間にか俺の中に芽生えた恐怖は、憤りへと変化を遂げていた。
『PKは可能にしたが、PKをしたプレイヤーは名前の下にPKと現れ、名前が公開される。その名前を新たに追加されるGM報告で私に報告してくれればはじまりの街の地下にある牢獄に一生閉じ込められる』
これで黒鳥の目的が全く見えなくなった。PKを可能にするくせに報告をすれば牢獄に閉じ込められる。矛盾している。
わからない。何がしたいんだ黒鳥は!
どういうことだよ…ログアウト不能のデスゲームって…もうあの世界には戻れないのか?昨日の祭りのように楽しかったあの世界に…それにHPが0になったら現実での死…俺はまだ死にたくない!
――死にたくない。死ぬのが怖い。俺はまだやりたいことがあるんだ。なのに、なのにここから出られないなんて。それどころか死ぬ可能性もあるんだ。
『これで説明は以上だ。ではプレイヤー諸君、健闘を祈るよ。イベントスタートだ』
最後にそう締めて、黒鳥は姿を消した。
同時に俺はひとまず人混みを抜けようと動き出していた。
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