第18話
ファンシーボアは誰も動けない状況の中で魔法を使い始めた。獰猛な猪の周りに数十個のオブジェクトが生成され始める。
まずい。あれを出される前に仕留めないと。
サイクロンの時もあの魔法を使ってきた。猪の全方向に大量の散弾をうつ魔法で、俺は名前を知らない。だが散弾の割に一つ一つの威力が高く、あの魔法のせいでサイクロンが混乱に陥ったのだ。
今あの魔法を使われると、周囲の五人に全弾命中してしまう。そうなったら全員といかなくても何人かは死んでしまう可能性がある。
それを阻止できるのは俺だけ。間に合うか間に合わないか微妙なタイミングだが、賭けに出るしかない。
「間に合ええええぇぇぇぇぇぇ!!!」
装備を全解除して装備によるスピード制限を解放し、さらに『身軽』の効果でAGIが僅かに上昇。俺の中で最大限までスピードを出して走り、『ジャンプ』で一気に距離を詰める。
そして着地するよりも早く、空中で技名を叫ぶ。
「『タブルスラッシュ』!」
緑色のエフェクトが剣を包み込み、俺の体が勝手に動き始める。
後は体の動きに逆らわず、システムアシストに身を任すだけ。
だが、そこからも俺の焦りは落ち着かなかった。発動させてから一秒でも早くしなければいけない状況なのにその一秒という僅かな時の進みがとても遅く感じた。魂だけが時の先を行き、身体が遅れて行くような感覚。そんな遅く感じるスピードに必死に抗いながら剣を進めていく。
それでも先にファンシーボアの魔法が実体化される。
──もう、間に合わない。
「──それでも、もっと早く! 動け!」
俺の気持ちが届いたのかは知らないが、剣を振る動作が僅かに加速した。振り下ろす漆黒の愛剣が猪の頭頂部を捉え、クリティカル判定が入る。そして着地と同時に二撃目へ移行し、左下からの斬り上げでファンシーボアを斬首する。
まあ、本当に首が落ちるなどとグロ注意の光景は、再現されないが。
確実にダメージが入った手応えを感じたのと同時に、俺の間近の散弾のひとつが直撃した。
「ぐっ……!」
そして連続して散弾が俺の体を叩く。痛みというよりも強い衝撃を受けて俺の身体が宙を浮く。
さすがにこれは、終わったかな……?
これまで感じたことの無い衝撃に呆然と死を覚悟した。後一秒も経たないうちに地面に叩きつけられてHPバーが消え去る。これはゲームなのだからどうせすぐに復活してはじまりの街に戻るが、やっぱり出来ることなら死にたくなかった。
でも今更どうしようもないしょうがないか。
俺が覚悟を決めて目を瞑る。
直後、再度強い衝撃が俺を遅い、身体が地面に弾む。
だが、それだけだ。はじまりの街に戻った気配はなく、そっと目を開けると、視界に木々が入ってくる。
違和感を覚えて体を起こすと、自分がいるのはまだシルンの森だった。
視界右上のHPバーは辛うじて数ドットだけ残っており、代わりにファンシーボアだけがいなくなっていた。
まだ状況の整理が追いつかない状態の中、レベルアップのファンファーレが鳴り響く。
それでようやくファンシーボアの討伐が終わったのだと実感した。
「ふぅ」
歓喜というより、安堵感が強く、一息ついて俺はハイポーションで回復する。
その間に四方八方に飛ばされた五人もゆっくり起き上がり、少し間を置いて──
「いよっしゃあああああああぁぁぁぁ!」
重なる五人の叫び。こっちもファンシーボアを倒したことを実感して歓喜している。
全員が集まって騒ぎ始めた。
その微笑ましい光景を遠目に眺める。
なんか、仲間っていいな。こいうときに喜びを分かち合うのって、なんか青春って感じで憧れる。俺もギルドかどこかに入ってみようかなー。でも、そうなると時間を拘束されたりするのかな? だとしたらちょっと辛いかも……
けど、早く強くなるためにはパーティーを組んだ方がいいし。難しいな。
とりあえず、ステータスでもいじるか。
俺は今レベルが上がって得られたSPをどう割り振ろうかと考える。
──とりあえず、死にそうになったからVITとMNDには入れるとして。あと一つはどうするべきだろうか。うーん。スタイル的にはSTRかINTだけど……AGIにするか。もう少し早く動けていたらここまで危ない戦いにはならなかったはずだし。
ステータスをちょうどいじりながら遠くからその微笑ましい光景を見学していると、タケが一人抜け出し俺の方に寄ってきた。
「ネストも混ざればどうだ?」
「……いや、遠慮しとくよ。俺はこのギルドのメンバーじゃないし」
「そんなことはどうでもいい。一緒にボスを倒したということが大事なんだ。それに一度共に戦ったらもう仲間だろ」
すごく魅力的な誘いだったが、やっぱりそれを断る。何か悪い気はするが。
「俺の気分的な問題だよ」
「そうか……分かったよ。…今日はありがとな。手伝ってくれて」
残念そうだったがどうやらもう諦めてくれたらしい。このままじゃなんか悪者っぽくなってしまいそうだったから俺からも一言言う。
「こっちこそ楽しかったよ」
それからメンバーの祝福が終わるのを待って少し雑談した。だが俺は約三時間後に迫ったイベントの準備をしたいので、あまり長い時間話さず別れを告げた。
別れてから俺はサレスに向かって歩み始め、どんどんメンバーから離れていく。勿論フレンド登録は忘れていない。作戦を決める時に既に済ませてある。
サレスに着いたらグラスガーデンへと転移し、そこからフェールショップに向かう。
「いらっしゃいませ~」
接客中だったフェールが声を出す。どうやら遂に俺以外の客が来たらしい。
「あ、ネスト君か、ちょっと待ってて」
「うん大丈夫。何か見とくから」
待っている間に武器や防具を見て回ることにし、商品の置いてある方へと動いていく。そこに置いてある武器は昨日来たときよりも一部、ほんの一部だけが変わっている……ような気がした。ちゃんと覚えてないから気のせいかもしれないが……
そう言えば昨日は武器ばかり見て、防具は見てなかったので防具を見る。
やっぱり高いな防具は。防具一式で高い物になってくると三万フィルぐらいする。俺の今の所持金は約一万五百フィルしかない。安い防具なら一万フィルぐらいであるのだが、どうせ買うなら高性能の物の方がいい。頑張って貯めないと。
「何か良いのあった?」
接客を終えたフェールが声を掛けてきた。
「防具が欲しいんだけど……金が足りない……んだよ……で、俺以外の客来たんだ」
「うん、ちょくちょくね。そんなことより今日は何の用?」
「そうだった。今日は剣を研いでほしいんだ」
俺はウィンドウを手際よく操作し、アイテムボックスからシュバルツステルを選択し、実体化させてフェールに渡す。
「え? もう研ぐの? まだいけるのに……耐久値高いし」
そうなのか。そう言えばまだこの剣の耐久値見てなかったな。まぁいいや。
「それでも昼からのイベントの為に万全の準備をしておきたいから」
「ん、りょーかい」
フェールは二つ返事で引き受け、少々大きめの砥石を取り出して黒剣を研ぎ始めた。研いでいくうちにどんどん黒剣が輝きを取り戻して行く。
耐久値がそこまで減っていなかったために黒剣を研ぐのにそれ程時間がかからなかった。研ぎ終えた黒剣は買った時と同じような輝きを完璧に取り戻していた。どうやらこの黒剣は耐久値が減っていくにつれて輝きを失っていくらしい。――気をつけなければ。
「はい終わり。四百フィルね」
俺はトレードウィンドウを出し、そこに四百フィルを乗せてフェールに送る。
トレードと言っても片方だけが送ったり受け取ったりすることも可能だ。そうじゃなきゃ商売は成り立たないからな。
「そう言えばフェルはイベントどうすんだ?」
するとフェールは少し首を捻り、少し唸ってから答えた。
「一応はそのつもり…なんだけど……生産職もSLvが上げられるとか言ってたし……」
「そんなこと言ってたな確か。俺も出るつもりだから。……じゃあ俺はこれで……イベントでな」
俺は研げた新品同様の輝きを持つ黒い愛剣を手にとって出て行った。
NEST
Lv14(30/850)
HP:753/753
MP:50/50
装備
武器:シュバルツステル(黒い月)
防具:頭 水熊のマスク
体上 水熊プレート
体下 水熊ボトムス
腕 水熊グローブ
足 水熊グリーブ
STR:16
VIT:10
INT:14
MND:8
AGI:14
スキル
『魔法』SLv10 『魔法技術』SLv10『両手剣』SLv8『両手剣技術』SLv8『ジャンプ』SLv6『ステップ』SLv11『回避』SLv8『水魔法』SLv10 『身軽』SLv12『光防』SLv4
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