第13話
何かが来る。全員が身構えてファンシーボアの動向を窺う。
睨み合いが続く中、一歩、また一歩と接近してくる。そして、ファンシーボアは眠りについた。
「「「……は?」」」
予想だにしない猪の行動に全員がぽかんと動きを止めた。
エリが最初に見つけた位置と全く同じ場所ですやすやと寝息を立て始める。
「ちょっとちょっと! 回復してるよ!?」
場の膠着を解いたのはそんなマナの叫びだ。
見れば眠りについたファンシーボアのHPバーが伸びつつある。イエローゾーンまで削ったものがグリーンゾーンに戻っていた。
「させない! 『デリカクラッシュ』っ!」
我が妹が切り込みファンシーボアを夢の世界から強引に引きずり出す。
快眠を二度も邪魔されたファンシーボアはマナに激昴し、鼻息荒く闘牛の如く突進する。
「わわっ!? 今は無理だって!」
硬直時間に入るマナがあたふたしているが、二人──正確には一頭と一人──の間に入ったのはエリネスで、片手剣を持たないもう片方の手にある盾でファンシーボアの突進を受け止めてみせた。
「くっ……」
エリネスをもってしても猪の勢いを完全に殺すことはできないようで、じりじりと押し込まれている。恐るべし猪。
俺なんかとは違ってβテストからのギルドであるサイクロンのメンバーは、その経験を活かして正式サービス開始直後からレベルを上げている。そこのギルマスであるエリネスは俺より明らかにレベルが高い。そのエリネスですら上回るような猪はさすがボスといったところか。
いや、そんな呑気なことを考えてる場合じゃなくて。
「『アクアスプラッシュ』! 『アクアスプラッシュ』!」
エリネスを支援するべく連続で放った水魔法がヒットし、ダメージこそあんまり入らないもののファンシーボアが小さく仰け反った。
その隙にエリネスが猪を押し返し、『テクノストライク』を使う。俺の魔法と比べ物にならないくらい目に見えてボスのHPを削った。
「『ブリザードウォール』!」
そこへエリがファンシーボアとエリネスの間に壁を発生させ、その間に全員がエリネスの元へ駆け寄る。
「大丈夫?」
「大丈夫、と言いたいところですけど、ちょっとこれ以上は厳しいかもしれない」
膠着の解けたエリネスがサブマスのソアラに返事するが、エリネスが自分の盾に視線を落とした。
つられて俺らも同じように下を見る。
「うわぁ……」
声を上げたのはダイネスで、声には出さない他のメンバーもきっと同じ心境だろう。
まさに猪突猛進の攻撃を受け止め続けていた盾に酷いヒビが入っていた。今はまだ何とかなっているが、あと一撃でも受け止めれば壊れてしまうだろう。
「エリネスさん、ごめんなさい!」
「別にマナが謝る必要はないでしょ? 私たちはパーティーなんだから」
「でも、盾が壊れちゃったらもう戻らないし……」
「別に壊れたわけじゃないし、壊さなければいいだけのこと。そしたらまた修理してもらえばいいしね」
ボスを甘く見すぎていた。そしてサイクロンのメンバーに甘えすぎていた。もっと気を引き締めないと。
「それにしてもおかしい……βの時には猪はこんな動きはしなかったのに。多分βの時と少し違うところがあるのかもしれない」
まだ継続している吹雪の壁越しに足止めをくらっている猪を見据えながエリネスが警告した。
そうなのか? 俺にはよく分からないけど。
サイクロンのメンバーはシュテル以外動揺している。
──何でシュテルはこんな時だけ冷静なんだよ。戦闘時ももっと冷静になれ!
声には出さず突っ込んでいたら、『ブリザードウォール』の効力が消えると同時にシュテルが攻撃を仕掛けた。
──やっぱり冷静じゃなかった。
内心ずっこける。
たがシュテルの『テクノストライク』のおかげだ再びファンシーボアのHPがイエローゾーンに突入した。
「よし、このままたたみかけましょう!」
少しバタついてしまったが、エリネスの掛け声でまた連携を取り戻したサイクロンは強かった。前衛四人が連続して
「ふぅ」
猪を倒して前衛の四人と合流した俺たち後衛の三人。前衛の四人はぐったりと座りこんで肩で息をしている。
このギルドは戦術的、技術的には優れていると思うが、戦闘中の非常時の対応が微妙だったこと。それを含めて面白いギルドだなと思った。こんなに上から言うのはどうかと思うけど……話していても楽しいし、一緒に狩っていても楽しいと思った。いつかそんな仲間を見つけよう。そう決めた。
「ありがとうネストさん。助かりました」
俺はニコニコと裏のある表情をしながら「いえ、何もしてませんよ?」と返しておく。そりゃすごいと思っていたギルドのあんな一面を見たんだから内心にやつきが止まらない。それに、実際俺はほとんど大したことはしていない。
その後は話したりドロップアイテムの確認したりした。ドロップアイテムはあまりいい物は無かった。だが俺たちは肝心なことを忘れていた。マナが言い出すまでは……
「あ!」
「どうしたの? マナちゃん」
話していたソアラが顔を上げて聞く。
「話してばかりしてないで早く次の街サレス……だったっけ? に行きましょうよ~」
「あっ……」
辺りが静寂に包まれ、一瞬時が止まった……ような気がした。
「急げ~!」
「ちょ、ちょっと!」
なんで急ぐ必要があるのかは知らないが、戦闘中も時々あるこういう気分任せに行動するとこ絶対直したほうがいいな。
「はぁ……」
残された俺は一人、ため息をついて仕方なくみんなの後を追いかけた。
「はぁはぁ」
どれぐらい走っただろう。そう長くはないはずだ。それなのにもう息が上がっている。最近あまり運動してないからな。……いや、ここはゲームだ。そんなのは関係ない。今関係あるのはステータスだけだ。
俺たちは次の街、サレスに来ていた。このサレスに一番最初に入ったのはAGIを上げていたダイネスだった。
サレスは俺の調べたところによると、FOの第二の首都と呼ばれるらしい。そう呼ばれるだけあって街の中は高層ビルが立ち並び、道も広い。どうやらビルはただのオブジェクトではなく、ビルの中に店を構えることも出来るようだ。
実際三十~四十ものNPCショップが既にビルの一フロアに入っていて、それ以外はテナント募集状態だ。ピルの用途はその他にも、マンション代わりとしてゲームの再開や料理をする事に使えるように売りに出ている。
しかしまだ、サレスには人影がまるでなかった。街の広大さにも関わらず閑散とするさレスの街は寂しいの一言。
たが悲観することはない。人が全くいないということはつまり、俺たちが最初にサレスに着いたのだ。
その事を確認したときにブリッツは「最初に入ったのは俺だーー!!」と叫んでいた。子供か。
最初に街に入った人もしくはパーティーはその街の中央広場にある石碑に名前が残るようにになっている。その名前を確認するために中央広場に向かった。
中央広場に入ると最初の目的通り石碑に向かった。その石碑には予想通り、サイクロンメンバー一人一人の名前があり、その中には俺の名前も刻まれていた。
「やったぜ! 俺の名前がちゃんとある……!」
感極まって泣きそうになるブリッツに苦笑を漏らす。
「まあ、放っておけばいいでしょう」
エリネスも同じように苦笑いしながら俺に声をかけてくれた。メンバーの扱いに慣れているのはきっと、普段からこんな感じなのだろう。
サイクロンの他の五人が集まり、感想戦のようものを始める。そこに混ざろうとしたがその前に石像に触れて復活出来るように登録しておいた。
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