第9話
ゲートをくぐったそこは、ゲートに書いてあった通り花畑がたくさんあった。芝生も色々な所に植えてあり、寝転んだり休息をとる出来るようになっている。その中で何と言っても特徴的なのが、普通街では道としてアスファルトが使われているのだが、このグラスガーデンでは代わりに天然芝になっている。そしてその両端には花畑が一面に広がっている。ガーデンを名乗るのに相応しい、何とも美しい光景だ。
ゲートの所でもこの花々の香りが漂ってくる。その香りに誘われるように俺は歩いて行った。
俺は芝の道を歩いて辺りを見回しながら中央広場に向かう。その途中の光景はとても素晴らしかった。道と建物以外は全て花で埋め尽くされていて、中には季節のひまわりやゆりの花、中にはハイビスカスの花畑もあり、植物園に来たような感覚に陥ってしまう。そんな美しい光景に見惚れる人が多く、記念にスクリーンショットを撮っている人もいる。
「こんな綺麗な光景がゲームの中で見られと思わなかった」
俺も例外でなく周囲の花に目を奪われながら少し歩き、たどり着いた中央広場もやはり花で囲まれていた。その花々を見る事が出来るようにベンチが幾つか設置してあり、その中央に転移用の石像がある。
この石像に触れて移動先の街を発声すれば一瞬でそこに飛べるというものだ。街の中央広場に行くとその街へはどこからでも飛べるようになるが、逆に新たな街に踏み入っても中央広場に行かなければ石像で飛べなくなるから注意が必要だ。
再度俺は360度広がる花園を見回す。ここは絶対観光スポットになる。というかそうなるようにこのような街にしたのだろう
このゲーム、FOのGM、黒鳥 忍(くろどり しのぶ)はゲーム制作会社Curandly(キュランドリー)所属のゲームデザイナーだ。彼はこれまでに何作もの有名なゲームのデザインを手がけた実績を持つ。FOはそんな黒鳥が初めてゲームを開発し、ゲームクリエイターとしてデビューを飾った作品だ。
今までの黒鳥の功績もあってゲーム好きはもちろん、それ以外の人でも知っているような有名人なのだ。
このグラスガーデンはそんな黒鳥のお洒落な部分の現れか。それにしては少しセンスがあるような気もするが……
俺はベンチに座って恐らくFOで一番の絶景だろう光景を眺めた。
遠足でこの景色を見ながら弁当でも最高だろうな。現実でもこんな景色が味わえる場所は数少ないだろう。………と考えて立ち上がり、中央広場から出て行く。
FOの正式サービスが開始されてからまだ24時間も経っていない。それでももう100人以上のプレイヤーがウォーターベアーを倒し、グラスガーデンに来ている。恐らく100人以上いるうち半分ぐらいはβテスターだろう。そして店の方も何軒かプレイヤーが開いている所がある。その中からプレイヤーの武具屋を探し出した。
武具屋を探しながら歩いていると『武具屋フェールショップ』という看板を見つけ、建物の中に入った。
店内には各種武器や防具のディスプレイが展示され、いかにもという雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃいませー!」
カウンターの奥から店員の快活な声が聞こえてきた。声からして俺と同じ十代後半位の少女だろうか。
奥の方からごそごそと音がした後、オレンジ色のショートカットで赤いロングコートに紺のショートパンツの少女が出てきて俺のほうに近づいてくる。
「フェールショップへようこそ! 私はこの店の店主フェールです。フェルって呼んでね」
セリフを言い終わると同時にフェルは左目を軽く閉じ、ウインクをして見せた。
「あ、あの、これを売りたいんだけど……」
俺はさっきドロップしたばかりの曲爪剣を出した。この剣は片手剣のため、両手剣使いである俺にとってはそこまで意味がないのだ。
しかしフェルは目を丸くして俺と曲爪剣を交互に見た。
「えーっと……この剣はボスドロップの中でもそこそこレア度の高い武器だよ? 本当にいいの?」
「え? そうなのか? でも俺は両手剣だから片手剣のそれはあんまり使わないからいいよ」
「そうなの? ……うん、分かった」
ちょっと納得出来なそうだったがその理由はよく分からない。俺にとって不要ものなんだからいらない。
「じゃあちょっと待ってね」
初対面の相手にいきなり馴れ馴れしく話す俺達。こんな事は現実だととても出来ない。仮想世界でアバターだから出来ることだ。それだけじゃない。相手が話しやすく、年頃が近い(これは予想だが)ということも大きい。多分フェルも同じようなものだろう。でもこの世界じゃ誰にでも同じような対応の仕方だろう。
曲爪剣を渡すとフェルはそれをカウンターに置き、『鑑定』スキルを使い、調べ始めた。
「大体8000フィルかな」
「そんなに高値なのか?」
「うん、ボスドロップのレア度は高い方で、さらに一度も使っていない新品だからね」
「そうなんだ。じゃあ頼むよ」
フェルから曲爪剣の代わりに8000フィルを受け取った。と、ここで思い出してもう一つ頼むことにした。
「あと、これで防具を作ってほしいんだけど……」
曲爪剣と同時に手に入れた素材たちを実体化させてカウンターの上に出す。
「あぁこれもはじまりの草原のボスの……」
フェルは少し首を捻って考えから言った。
「多分一時間位で出来ると思う」
「分かった。じゃあ昼から取りに来る」
「りょーかい。いいものに仕上げとくから楽しみにしててね」
それじゃお願い、と軽く左手を上げて別れて出口に向かおうとした。が、扉のすぐ手前まで来た時、あることを思い出し、振り返った。
「俺はネストだ。よろしくなフェル」
俺は笑顔で言い残して今度こそ出て行った。
☆ ★ ☆
「ネスト君か……」
ネストが出て行くのを後ろから見届けたフェルはそう呟いた。
「多分あたしと年同じぐらいだよね……」
思い出しながら少しほっとしてカウンターの椅子に座った。
「最初の、一人目のお客さんがネスト君みたいな優しそうな人で良かった……」
そのフェルの独り言は店の中で静かに消えていった……
☆ ★ ☆
「どうしようかな、これから」
外に出た俺は少し考えた結果、まだ行っていないシルンの森に行ってLvを上げることにした。
シルンの森ははじまりの街の北で、グラスガーデンからは南東の位置にある。ただグラスガーデンからだと川を挟んでいるためにはじまりの街に飛んでそこから移動した方が早い。ちなみにボスのLvは、はじまりの草原のボス、ウォーターベアーのLvより少し高いぐらいだ。だから少し上げるだけで倒せる──はずだ。
そうと決まれば早速行くか。
俺は中央広場に行って、そこの石像に触れて移動先を叫んだ。
「はじまりの街!!」
少しして俺が居たのははじまりの街だった。そこから北東のゲートを目指して走った。
はじまりの街からは北西と北東にゲートがあり、北西に出るとはじまりの街やグラスガーデンへ繋がり、北東に出ると、シルンの森や、サレスという街に繋がっている。ちなみにこのサレスという街にはシルンの森のボスを倒すと入れるようになる。
話がそれたが、ゲートへの道中には市場があったり、レストランがあったりと結構都会の街中のようになっていた。はじまりの「街」だから当たり前かもしれないが、こっちの方向に来るのは初めてで少し珍しく思える。人も賑わっていて、フェルのように早くも自分の店を持った生産職のプレイヤーたちが客引きをしていたり、プレイヤー同士で談笑する声があちこちから聞こえてくる。楽しそうだ。
やがてゲートについて街から出ると直ぐに森が広がっていた。
シルンの森は木々が生い茂っており、その木々からツタやツルなどが垂れ下がっていてジャングル的な所もある。
ここははじまり街から来ることが出来るため、はじまりの草原と比べてMobのLvはそれ程高くない。とは言うものの一応始まりの草原の次に来る場所として設定されているために少し強いMobも中にはいる。だならマナやタケといったβテスターははじまりの草原よりもシルンの森でレベリングをしていたらしい。俺はそんなシルンの森を進んで行く。
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