エピソード1 ウィル・イシュタル
1-1
僕は、あの日に決断した事を、後悔していない。
「…ィルさん、起きてるかい。ウィルさん」
ドアの向こうから僕を呼ぶ声がする。もう朝か…
ベットから起き上がり目をこすり、あくびをしながらドアへと向かう
ここはセレスティア王国最北のシュナイツ。
こんなど田舎に来る旅商人なんての僕ぐらいだろう
「おはよう、すぐに支度をするよ。ちょっと待って…」
ドアを少し開けて部屋を貸してくれ家の主人ベックさんに返事をする。
彼は農家兼宿屋をやっていて、シュナイツに来たときはいつもここに泊まっていたんだ。
宿屋なんて聞こえがいいが余っている部屋に泊めてもらっているだけだなんだけど。ちゃんとお金は払ってたよ。
「ウィルさん、…あのさ、あんたに用があるって館の人たちがきてるんだけど…」
「えっ?僕に?」
ベックさんが外に向かって指を指す。
カーテンの隙間が外を見る。
おいおい…なんだ。
外には革鎧に剣や槍を持ってた兵士が十人くらい、さらにその兵士を指示している軽めの甲冑姿(全身を覆っていない)の騎士が一人。
そしてその騎士と会話してる小柄な女性が一人。
「あんた、何かしたのか?」
訝しげに僕を見る。
「いや、何もしてないよ」
記憶にない。全然ない…。
…あ、思い出した。
前回、ここシュナイツに来たとき、館の井戸の滑車を直したんだっけ。滑車はちゃんと直したしなぁ。
なにか見ちゃいけないのでも見てしまったのか?
館とは領主が住む建物。当然ながら一般的な住居より大きい。有力領主となれば、館というよりも城といった建物になる。
ここ、シュナイツの館はなかなか立派だと思う。大きくはないが、頑丈そうな作り。それに館を囲むように丸太を立てた壁がある。
「あの人らは館のもんだろ。甲冑を着込んだのは竜騎士隊の隊長だ。女だけだどな。小さい方はここの補佐官様だな」
「竜騎士に補佐官…」
竜騎士
この物語でいう竜とは空を飛ぶ竜ではない。
飛ぶことは出来ず、地上を走る。二足歩行で馬よりも速い。
補佐官
領主を補佐する人。領主に対して意見、助言をする。領主の次の地位に位置する。
「なああんた、ほんとに何か…」
「何もしてないよ」
はあ…参ったなぁ。
とにかくここをでなければならない。ベックさんに迷惑はかけられない。
「すぐに出てくよ。ありがとう、これお代ね」
「おう…」
持っていた鞄の中から革袋を取り出しお金を渡して、身支度を整え部屋を出る。
玄関のドアノブに手をかけ、ふうっと一つ息を吐いてからドアを開けた。
「あんたが、ウィル・イシュタルかい」
「はい…」
後ろ手にドアを閉めつつ、女騎士の問いに答える。
「旅商人?」
女性補佐官がそう聞いてくる。
「はい」
「間違いないわ」
女騎士の隣にいた女性補佐官が頷く。そしてさっさと歩き出す。
「そう。じゃあ,、ちょっと来てもらうよ」
そういうと補佐官とともに歩き出す。
「ちょ、ちょっと、あのっ理由は?」
「理由?」
と女騎士に聞くが、どうにも歯切れの悪い。まわりの兵士を見ても知らないみたいだ。
「理由もなしに連れて行かれるのは納得いかない」
「理由ねぇ、あたしもなんだかよくわからなくてね」
「えっ?」
わからないって…
女騎士はじっと僕を見たあと、少し先にいってしまった補佐官を呼び止める。
「リアン、ちょっと」
補佐官の名前はリアンさんていうのか…補佐官を呼び捨て?いいのだろうか?
亜麻色の髪。長い髪を後ろではなく、左側ほうで一纏めにしてる。
「なに?」
「なにじゃないよ。さっきも聞いたけど、こいつを連れて行く理由は?いきなり兵士を連れてついてこいって来てみれば、ただの旅商人だって?」
ただの…いやただの旅商人かな。そんなに儲けてないし。
「だから、いまここでは言えないっていったでしょ?館に帰ったらちゃんというから」
声を抑え、周りを見つつ女騎士の問に答える
「館にいったら教えてもらえるんですか?必ず?」
「え?あ、うん…もちろん」
彼女は少しだけ肩をビクつかせ、そう答えた。目はあわせてくれない。
「…わかりました」
ここでごねても状況は変わらない.。館へ行って話を聞こう。
僕の言葉を聞くとまたリアンさんが先に歩き出す。
「悪いね」
歩き出しつつ女騎士が謝ってくる。
「いや…あの、ところで僕の荷馬車は?」
実は荷馬車が見あたらくて困っていた。いつもはベックさんの家の横に停めているんだけど、なかった
「あーあれはリアンが持ってっていいって、先に」
そう言って前方を指す
「えっ…ああ…」
「何か大事なものでも積んでたのかい?」
「いえ、特にないですが…」
荷馬車そのものが大事なものなんだ、商人とっては。
同じ旅商人の祖父から譲り受けた物で、大きな故障もなく、引く馬もまだ元気。
「祖父からもらったものです。ないと困ります」
「ああ、まあそうだろうね」
無関心な女騎士の隣を歩く。
女騎士の身長は高く、僕よりも頭一つ高い。僕は男では平均だから女性としてはかなり高い。
ちょっと癖のある金髪をうなじ所で一纏めにしてる。
僕の視線にきづいてしまった。
「なんだい?」
「背が、高いなと。女性では…珍しいですよね?」
「…だろうね」
そういうとため息をつく。
もしかして背が高いこと気にしているのだろうか?
館まで道ぞいに住民たちが出てきている。小さい町だから話が伝わるのは早い。
住民たちからの視線がちょっと痛い…。
「甲冑なんか来てくるんじゃなかった。目立ってるじゃないか」
小さな声で女騎士がボヤく。
「ヴァネッサ隊長、なにかあったのかい?」
「別に何もないよ。安心しな」
住民からの問いかけに笑顔で答えた。それと女騎士の名前がヴァネッサとわかった。
「隣にいるのはウィルさん?どうかしたの?」
「いえ別に…僕に用があるようで館まで」
心配そうに声をかけてくれた中年の女性に答える。
住民たちから見たら怪しげな光景だろう。補佐官に竜騎士の隊長と僕。それを囲む兵士たちがぞろぞろと歩いているんだから。
「かなり目立ってません?甲冑どうのこうのじゃなくて」
「ああ、だね。少し急ぐよ」
そう言うとヴァネッサ隊長が歩く速度を早める。甲冑を着てるとはおもえない速度で歩いていく。
少し駆け足じゃないとついていけない。
先を歩いていたリアンさんに追いつく。
「え?ちょ、なに?」
「ほら、早く急ぎな」
ヴァネッサ隊長がリアンさんの背を押す。そのまま、まるで逃げるよう館に向かった
館では館で兵士たちの好奇の目に晒されるが、すぐに館の中に通されたる。
ヴァネッサ隊長が近くいた兵士に朝食を取ってと指示してるのが聞こえた。
そういえば朝食はまだだった…。
中に入ったのは僕とヴァネッサ隊長、リアンさん。
普通、こういう館には玄関があるがそんなものはなく、ひと一人が通りれるドアから入っていった。
入ってすぐに右に階段がある。
リアンさんの後をついて行って階段を上り、2階へと上がる。途中、ここで働いているメイドたちとすれ違う。
皆、ぼくを客人と思ったのか、立ち止まり礼儀正しく頭を下げていく。
階段を上がると、左に部屋が並び、廊下を挟んで右に窓のある壁。
先を歩くヴァネッサ隊長とリアンさんが小声で何か話している。
「リアン?いい加減教えてくれてもいいんじゃない?こいつはなんなの?中にまで入れて」
「彼が例の件を解決してくれる」
僕が解決?
「例のって、あれはあんたがやるってことで解決したじゃないか」
「やっぱり、やらない。私じゃ、務まらない」
「務まらないってそれじゃ、誰が…」
リアンさんが振り返り、それにつられてヴァネッサ隊長が振り返って僕の顔をが見る。
「まさか!こいつを…ふざけんじゃないよ!」
ヴァネッサ隊長がリアンさんの肩を掴み正面を向かせる
「ふざけてなんかいない。彼にはその義務がある」
義務?その言葉に僕は背筋が一瞬寒気を感じた。
「義務?義務って何についての義務ですか?例の件とか。いい加減教えてくれませんか!?」
まくしたてるように目の前にいる二人に訴えかける。
「あたしも教えてほしいね。義務ってのを」
ヴァネッサ隊長が腕を組みリアンさんをにらみつける。
「ええ、教えるわ」
と、その時後ろで何か物音がした。
振り向くと、ドア開いていてそこ女性が一人たっていた
「シンディ、ちょうどよかった。隊長たちを呼んできて。謁見室に来るようにって」
シンディさん。彼女は知っている。ここ館の井戸を直した時に手間賃をもらったし、その前には僕の商品を買ってくれたこともある。
彼女は僕に会釈をしつつ近づきリアンさんの強く手を引きヴァネッサ隊長と僕から離れていく。
何か会話、いや言い争いをしているみたいだけど、何かは小声だし聞こえない。
「いいから、早く呼んできて!」
終わったみたいだ。シンディさんが廊下の向こうへ廊下の向こうへ足早に去っていく。
「二人はそこのドアから中に入って」
そう言うとリアンさんはシンディさんが出てきた部屋へ入ってしまった。
「はいよ…はあ~、まったく」
ヴァネッサ隊長がため息を吐きながらすぐそばのドアから中に入っていく。
ため息を吐きたいのは僕もなんだけど。
隊長に続き中に入る。入って右側、一段高いところに椅子が一脚。
彫り細工が施された高そうな椅子だ。その椅子の前から赤い絨毯が部屋の左側へ敷かれている。そしてその左側には重そうな両開きのドアがある。
「この部屋が…謁見室?」
「そうだよ」
彼女はそう素っ気なくいうと手甲を外し始めた。
とその時、椅子の右後ろにあるドアが開いた。
僕は身を固くした。シュナイダー様が入ってくる、そう思ったからだ。井戸を直した時に会っているから初対面じゃないけど、セントレアの英雄だ。緊張しないわけがない。
が、入って来たのはリアンさんだった。
「もう少しだけ待ってて」
「はい…」
僕がそう言うと小さく頷きヴァネッサ隊長に近づく。隊長は手甲を外し終わり次に甲冑の胸当てを、外そうとしていたが、苦労していた。
「なにやってんのよ?見せなさい」
「ここのベルトが」
「…はい、外れたわ」
「ありがと」
リアンさんに手伝ってもらいつつ胸当てを外していく。胸当ての下にはさらに革鎧を着ていた。その革鎧も外し始める。
「そんなに珍しいかい?甲冑や革鎧をみるのはじめてじゃないでしょ?」
僕の視線に気づいた隊長が話しかけてきた。
「まあ…うん」
返答に困ってしまった。
「甲冑とかが珍しいんじゃなくて。女性が甲冑を着けているのが珍しいんでしょ?」
そう、女性が甲冑を着ているなんて今日はじめて見たんだ。しかも竜騎士で隊長ときた。
「そうかい?あたし一人じゃないよ、どこかにいるさ。世界は広いからね」
そう言いながら、今度は脛当てを外し始めた。
甲冑を脱いでからわかったんだけどヴァネッサ隊長は胸が大きい。かなり
脛当てを外すのに前かがみになりシャツの胸元から、その、…谷間がみえてしまっている。
シャツのボタンをもう一つ止めていればさほど見えないんだけど…。
リアンさんは気付いていないみたいだ。まあ、同じ女性だしね。
ヴァネッサ隊長が脱いだ甲冑や剣など装備一式をリアンさんが壁際に寄せている。
僕はリアンさんに気づいてもらおうと咳払いをしてみた。
リアンさんが気づいてくれた。僕はすぐに自分の胸を指で指しつつ、ヴァネッサ隊長を見る
彼女は何度か視線を僕とヴァネッサ隊長とで往復したあと、少し慌て隊長に近づく。
多少、強引ながらヴァネッサ隊長のシャツのボタンを止める。
「ちょ、なんだい。いきなり」
「無駄に大きい胸が見えてんのよ」
ヴァネッサ隊長はため息を吐きながら外した脛当てをリアンさんが寄せた装備のところに置いた。
「別に見られても構わないよ、減るもんじゃないし」
「恥ずかしくないわけ?男の人見られて」
リアンさんが僕をちらりと見る。
ヴァネッサ隊長は僕を見るが、特に表情や態度は変わらなかった。
「別に」
僕を苦笑いするしかない。男として見られてないのかもしれない。
「もう慣れてるよ。さんざん見られたし。あ、触ってきた奴はぶん殴るけどね」
彼女は笑顔で握りこぶしを見せる。
リアンさんが深いため息を吐く。と同時に僕とヴァネッサ隊長が入ってドアを向こうから声が聞こえてきた。
今度こそシュナイダー様かと思いきや入って来たのはシンディさん。彼女に続いて入ってのは、特徴的な四人。
「おはよう。遅れてすまない、ミャンが中々起きなくてね」
「いや、そんなに待ってないよ」
ヴァネッサ隊長が答える
一人目、背中に翼を持つ翼人族の青年。こんな近くで見たのは初めてだ。飛んでる所を見たことはある。かなり遠かったけど。
翼人族
その昔、翼にある美しい羽毛を目的に迫害され、絶滅寸前だった。
元々温厚な翼人族が武器を手に立ち上がり争乱が起こる。が、人工的な羽根の製造が確立されると翼人族を保護しようと いう社会的運動とが起こり、各国で翼人族保護のための法ができる。今では翼人族を殺した者は当然のこと、羽根の取引に 加わった者も極刑に処される
髪の色は銀色。これは翼人族全般に言える。
入ってきたその人は僕と同じくらいの身長。
服装は下はズボンで上はノースリーブ的な服。翼があるためどうやって脱いだり着たりしてるのか謎だ。
「起こすの早くな~イ?」
二人目は不機嫌にそうに文句を言いながら入ってきた。
女性で赤毛の癖っ毛。服装は…薄着という体を覆っている部分が少ない。
上は大きな胸(ヴァネッサ隊長に負けないくらい)を布で縛って隠しているだけ。下は極端に短いズボンおへそも見える。身長は僕より低い。
「だれェ?」
「さあ?」
赤毛の人は僕をみて翼人族に話しかけている。
「おはようございます」
三人目は小さな声で挨拶をしながら入ってきた
貫頭衣に薄手のローブ姿。たぶん魔法士だろう。魔法士は大体同じような格好をしている。
髪は緑色で肩かかる程度の長さ。赤毛の人と同じくらいの身長。
「おはようございます。すみません、アリス様は熟睡してしまって起こせませんでした」
四人目は挨拶ともに謝罪しながら入ってきた。
ヴァネッサ隊長ほどではないが身長が高い。
髪は濃い紫色、顎のあたりで切り揃えてる。
服装は黒ずくめでシャツの袖を少しまくっていてる。
声色と体付きからたぶん、女性。それに紅い瞳。紅い瞳は確か…。
彼女がドア閉めた。
これで全員…なのかな?
「揃ったわね」
リアンさんが部屋にいる一同を見渡す。
ヴァネッサ隊長は腕を組んで憮然としいる。
「みんな、おはよう。急遽、集まってもらったのは例の件ついて解決策が見つかったからです」
「例の件ってなんだっけ?」
赤毛の人が頬を掻きながらリアンさんに尋ねた。僕もその例の件についての内容が知りたいんだけど。
「ミャン、君というやつは…」
翼人族の青年が頭を抱える。
ヴァネッサ隊長がため息を吐きながら、話し始めた。
「リアン、ここで公にしていいんだね?」
「ええ」
隊長が僕を見る。
「あんたもいいかい?」
「いいも何も、その例の件とか義務とかわからない事ばかりで、全然状況が飲み込めてないです。まずは教えてくないと…」
僕はできるだけ冷静になろうと努めた。取り乱して仕方ないしね。
「そう…なんだけど、あんたは部外者だから…。ねえ、リアン。考え直してもらえないかい?あんたが引き受けてくれれば、丸く収まるんだよ」
「それはさっきも言ったでしょ」
「じゃあ。部外者を巻き込んでのいいっての?」
僕を指差しリアンさんに尋ねる。
「それは…ちょっと心苦しいけど…」
リアンさんが少しうつむく。
「まあ、ここであんたを帰して変な噂を立てられても困るんだけど」
「でしょ!」
隊長ががくりと肩を落とす。
「ああ、もう、知らないよどうなっても」
僕を睨みつける隊長がちょっと怖い。唾を飲み込んだ
「実は、今現在シュナイツには領主がいない」
え…いない?
「えっと、シュナイダー様がいないってどういう事です?出ていった?失踪的な?」
「違う、この世にはもういないってこと」
「そんな…亡くなられた?」
「うん…」
リアンさんが付け足すように言う。
僕は予想外の事で頭が真っ白になってしまった。
周りを見わたすとこの事に触れたくないのか皆、目を逸らす。
「そ、そのシュナイダー様が亡くなったのなら国から通達があるはず。この国の英雄ですし。だけどそんなことは聞いていないし、噂にもなっていない」
「だろうね。亡くなったは一ヶ月くらい前で、まだ連絡していない」
「していないってしたほうがいいのでは?いや、するべきです」
当然のことだけど。
「しなければいけないことはわかっているのだが…なんというか状況がね」
翼人族の青年はそういうとヴァネッサ隊長を見る。
「シュナイダー様はね、病気で亡くなったわけじゃないんだよ」
隊長が唇をぐっと噛む。
「殺されたんだ…」
シュナイダー様が殺された。
衝撃的な事実。たしかにおいそれと公表はできないけど、いつまでも黙っているわけにもいかない。
謁見室が静まり返る。
重い空気の中、僕は言葉を出す。
「ここの住民たちは動揺してるようには見えなかったけど…公表は?」
「まだ、してない…」
リアンさんが静かに答える。
「兵士たちには絶対に言っちゃだめって言ってあるんだけど…」
そう言うとヴァネッサ隊長を見る
「そのへんも含めて話し合ってるんだけどね、中々」
隊長が何度目かのため息を吐く。
「例の件というのがその、シュナイダー様の事?」
僕が解決するとリアンさんが言っていたけど…。
「ああ、まあ。それと…次の領主をどうするか」
そう答えつつ今度は隊長がリアンさんを見る。
「うん、領主が決まってから公表したいの。そうしたほうが住民たちがあまり動揺しなくていいんじゃないかって」
「なるほど、たしかに。それで新しい領主は?」
誰が新しい領主なのか?
たしかリアンさんが補佐官だと聞いた。
シュナイダー様は結婚していなくて子どももいない。やはり繰り上げで補佐官が領主に就くのが妥当だろう。
だけど、これまでの会話でリアンさんが渋っていてヴァネッサ隊長とで揉めてるみたい。
「リアンさんが領主に?シュナイダー様は確か未婚でご子息いないし、そうなると補佐官が繰り上げで…」
「いや…私じゃなくて…」
じゃあ、誰が?ヴァネッサ隊長を見るが首を横に振る。
翼人族の青年たちも同じく首を横に振る。
リアンさんに目を戻すと彼女は僕を、じっと見つめていた。それも穴が開くほど。.
彼女と見つめ合っているうちに僕の頭の中に気味が悪い考えが浮かんできた。
「あ~えっと…もしかして、僕が領主に!?」
まさか違うよね…。
「そうよ。あなたにやってもらいたいの」
ヴァネッサ隊長がため息を吐き、翼人族の青年他が驚きの声を上げる
「そういわれても…僕はここシュナイツに数が月に一度来るだたの商人ですよ。なんで…」
「そうだよリアン、あんたやればいいことなのに」
ヴァネッサ隊長が助けに入ってくれる。
「私は領主にはふさわしくないし、何より彼にやってもらう理由がある」
「さっきも言ってたね。なんなの?」
リアンさんは隊長の言葉を受けて後ろにシンディさんに近づき彼女から何か手紙ようなものをを受け取ろうとしていた。
が、シンディさんが手紙の端を摘んだままリアンさんに何かを言ってる。
「…いいんですか?もし…」
「…いいのよ…その時は…」
振り向いたリアンさんは手紙を掲げる。
「これはシュナイダー様の遺書です。ここに…」
「何だって!?シュナイダー様の遺書!?」
リアンさん終わらないうちにヴァネッサ隊長がものすごい驚いた様子で声を上げる。他の人達も一様に驚いた様子だ。
「リアン、あんた。それをいったい、いつ、どこで見つけたの?」
「え?えっと~五日前かな?…」
「五日前って、なんでまっ先に言わないの?」
ヴァネッサ隊長はすごい剣幕だ。
「なんでって、私の話全然聞かなかったくせに!」
リアンさんとヴァネッサ隊長がにらみ合う。
「あの…遺書にはなんて書いてあるんですか?」
僕はにらみ合う二人に言った。
「かしな!」
隊長がリアンさんの手から引ったくるように遺書を奪う
「あ、ちょっと待って」
取られた遺書を取り返そうとリアンさんは手を伸ばすが、どうやってもむりそうだ。
身長差はかなりあるし、隊長は腕を上げて拒んでいる。
ヴァネッサ隊長は左手でリアンさんを抑えつつ、右手で器用に遺書を開き読み始めた。
リアンさんは取り返すのを諦め、ヴァネッサ隊長が読み終えのを待っている。
「私に何かあれば、ウィル・イシュタルを後継者に据えよ」
「…」
僕はため息を吐く。
「遺書にそう書いてあるから。あなたに、ウィル・イシュタルにここの領主になってもらいたいの」
遺書に書いてあるから領主になれとは理不尽なことだ。こっちの気持ちは無視と。
「遺書にそれだけか?」
翼人族の青年がヴァネッサ隊長に訊く。
「いや、他にも書いてあるよ。」
そう言うと遺書を翼人族の青年に渡す。
「それでは、読ませていただく」
「それらしい内容だよ」
らしい?
「らしいってどういう…」
「らしいって何よ!偽物みたいに」
僕が言い終える前にリアンさんがヴァネッサ隊長に詰め寄る。
「あたしは偽物なんて言ってないよ」
「言ってるじゃない。らしいって。遺書は本物よ!」
偽物だったら当然、状況は変わってくる。
「証拠はあんの?」
「…」
リアンさんは返せない。証拠がないんだ。
「あたしも偽物だと断言できる証拠もないけどね」
「じゃあ、本物よ」
「いや、だから…」
リアンさんとヴァネッサ隊長の言い争いが始まる。すぐ側でシンディさんがしきりに額の汗を拭っていた。
その間に遺書が翼人族の青年から赤毛の女性へと渡り、魔法士、黒ずくめの女性へと渡って行く。
「アタシも読んでいいの?…ふむふむ。にゃるほど。はイ」
「…把握。どうぞ」
「ありがとうございます。…内容、理解しました」
黒ずくめの女性が読み終えた。
「僕にも読ませてもらえませんか?」
読み終えた彼女に話しかけたが、遺書は渡してくれなかった。というより迷っているみたいだ。
言い争っているリアンさんとヴァネッサ隊長の方を見てる。
「ヴァネッサ、リアン様。彼もシュナイダー様の遺書を読みたいそうだよ」
一番近くにいた翼人族の青年が二人に話しかける。
「え?ああ、構わないよ」
「あの、ちょっと待って…」
リアンさんが渋っている。
「読まれちゃ不味いことあんの?」
「いや、別にないけど」
「じゃあ、読んでもいいじゃない。だいたい後継者にって名指しされた本人が読めないなんておかしくない?」
「うん、いいよ…」
二人のやり取りを見てるとどっちが補佐官かわからないな。友人関係のような間柄なんだろうけど。
そう思いつつ、リアンさんの許可をもらったので黒ずくめの女性から遺書を受け取る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
遺書には確かに僕の名前がある。さっきヴァネッサ隊長が言った文だ。
他には葬式の必要はない、墓は簡素でよい等。それとヴァネッサ隊長とリアンさんたち含めシュナイツにいる全員への感謝の言葉。
僕は読んだ遺書を丁寧に折りたたみ、リアンさんへと返す。
「あの、ちょっと疑問点があるのだが」
翼人族の青年が軽く手を上げる。
「疑問点?べ、別にないと思うけど」
リアンさんの声がちょっと震えてる。
「彼、ウィル・イシュタルはシュナイダー様とはどんな関係なのか」
「あたしもそれが気になってる。シュナイダー様に近親者はいないはずだし」
翼人族の青年とヴァネッサ隊長の疑問は当然だろう。
僕自身も疑問に思っている。なぜ僕なのか。
「だいたい面識すらないだろうに」
「いや、会ったことはあります。少しだけど会話も」
ヴァネッサ隊長の言葉に僕はすぐにした。
「え?会ったことがある?いつ?どこで?」
「三、四ヶ月前くらい前、そこの井戸のところで」
「三、四ヶ月前?井戸?あんた適当にいってんじゃないだろうね」
適当って…ここで嘘をついても僕には得することがない
「本当ですよ。井戸を直した手間賃をそちらの女性に頂いている」
リアンさんの直ぐ側に立つ女性に目を向ける。
「本当かい。シンディ?」
「はい、間違いありません。さらに正確に言うなら昼食の少し前だったはずです」
「本当よ。私も彼とシュナイダー様が話しているの見てる。廊下の窓からだけど」
リアンさんとシンディさんが証言しれくれた。
「昼食の少し前か、なら部屋に戻っているから。僕は見ていないね」
翼人族の青年が言いながら隣の赤毛の女性を見る。
「アタシも見てないし。昼前ならアタシ達みんなそうじゃない?ね」
赤毛の女性が魔法士に言う。
「わたしも知らない」
「同じく」
魔法士と黒ずくめの女性も同じく答える
「あたし達はみてない見てないけど、兵士達は見てるだろうね?」
ヴァネッサ隊長が翼人族達の意見を聞きつつ僕に尋ねる
「はい、会話も少し、でも名前まではちょっと…」
「ああ、いいよ」
兵士とも話たが、お互いに自己紹介までに至っていない。
「一応、シュナイダー様とは面識があると、だからってね」
「失礼かもしないが、あの方はどこか普通の人とは違う感覚の持ち主だったから」
「そうだけど、一度だけしか会っていない人を後継者にするかい?」
「するもなにも遺書のそう書いてあるじゃない!」
ヴァネッサ隊長と翼人族の青年の会話にリアンさんが割って入る。
「お願い!」
リアンさんが深々と頭をさげる。
「あの、ちょっとそういうのやめてください…」
僕は慌てて頭を上げるよう彼女に言った。
参ったな…。
ここで逃げ出して館から出ても兵士はいるし、門は当然閉まっている。
運良く門を抜け、シュナイツを出ても最寄の町までかなり遠い。馬で半日はかかる。
馬と荷馬車を取り返すのは無理だろうし、歩きじゃ街に着くのは良くて日没後。完全に夜だ。
「あの、誰も領主ならない。領主不在が続いた場合どうなりますか?」
リアンさんやヴァネッサ隊長、シンディさん達を見回す。
「解散よ…」
リアンさんが力なく答える。
「解散って領地がなくなる?」
「そうよ。私達はここを離れなければいけない。住民も兵士も…みんな」
「ああ…そう…」
それ以上言葉は出なかった。
住み慣れた土地を離れるは辛いだろう。
商売柄、小さな村々を回るけどいつの間にか廃村になっているを何度か見てきている。
そこにいた人達はどこに行ったのか?
元気にしているか?
初めて見た時はちょっとショックだったな
じいちゃんは気にするな、こんな事はよくあると言っていたけど。
シュナイツが…。
「だから、お願い…」
「やめなよ。リアン、それ強迫だよ」
ヴァネッサ隊長がリアンさんの肩に手を置く。
「そんなつもりは…」
「あんたが領主を引き受けくれれば、万事すむことなんだよ。ちゃんと相談に乗るし、あたしに出来る事はなんだってやるから」
「でも遺書に…」
「遺書はなかった事にすればいい。知っているのはここいる八人だけ。どうにでもなるよ
「…」
俯くリアンさんを見てるといたたまれない気持ちになってしまう。
シュナイダー様の遺書で指名されたのは僕だ。だけどここで断われば、彼女に領主の任を押し付ける事に…。
じゃあ、僕が…いや領主なんて安易に引き受けるものじゃない。
これまで困っている人を助けた事は何度もあった。友人でもなけれれば知人でもない人たちだった。
損得勘定で助けたわけじゃない。
そうしないといけないと思ったからだ。
友人、商売仲間からは、
「君は良い人すぎる」
「そんなの無視したって誰も恨んだりしねえよ」
「おまえはもっと利己的なったほうがいい」
「ウィルの良い所であり、悪い所でもあるわね」
「あんたのそういう所嫌いじゃないけど、気をつけないと足下すくわれるよ」
じいちゃんからは、
「お前が考えた末の事ならわしは何も言わん。が、それはお前の自己満足でしかないぞ」
そう自己満足だ。
領主を引き受けるなら、自己満足以上の事をしなければならない。
出来るのか、僕に…。
俯いていたリアンさんが顔を上げ僕を見る。彼女の表情は訴えかけるようなものじゃなくて、どこか諦めというか達観したような表情だった。
「無理を言ってごめんなさい。領主の件は忘れ…」
「領主やります」
Copyright(C)2020-スメラギ・シン
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