1-2


 

 兵士と使用人が集まったことを知らせにシンディが戻ってきた。ミャンもシャツを着て戻ってくる


 いよいよか。


 緊張で動悸が早くなる。


 僕は一度、深呼吸した。


 バンと肩を叩かれる。


「痛っ。ヴァネッサ?」

「緊張してるね」


 少しニヤついて話しかけてくる。


「当たり前だろう」

「いい気味だね」


 そんな言い方しなくても…ヴァネッサだって無関係じゃないのに。


「君はしないの?」


 僕の問にさあね、と言って肩をすくめただけだった。


「さあ、行くよ」


 彼女は颯爽と部屋を出ていく。それに続いてリアンとともに部屋をでる。後ろにはライアたちも続いた。

 隣を歩くリアンの表情を見るが平静を保っているみたいだ。

 

 廊下に出ると窓の向こうからザワザワと声がする。

 廊下を通り過ぎる間に窓から外を見たが、結構な人数が集まっていた。


「全員で何人くらいいるの?」

「確か…百人くらいよ」


 答えてくれたリアンがいうにはヴァネッサは兵士をもう少し増やしたいそうだ。でも資金的にむりなんだとか。

 

 階段を降りて一階の廊下にでる。


 館に入ってきたドアではなく別のドアから出るみたいだ。


 一度止まって、ヴァネッサがリアンの肩にそっと手を置く。


「リアン、あんた方から事情を説明してもらう。いいかい?」

「うん」


 リアンが頷く。表情が硬い。大丈夫だろうか。


「あの、リアンじゃなくて、ヴァネッサかシンディじゃだめかな」


 僕はリアンが心配で代替案を提案した。


「あたしは補佐官が出た方がいいと思うんだよね」

「そうだけど、リアンはさっき…ヴァネッサ、君は心配してないのか?」

「心配してないわけないじゃない。けど、こういう状況で補佐官が出ないでどうすんの?」


 お互いに少し喧嘩腰になっている。


「止めて二人とも、私はもう大丈夫だから。…ウィル、ありがとう」


 リアンが僕の腕をそっと触り礼を言う。


 彼女はちょっとだけ笑顔を見せた後、外へ出ていく。それに続いてシンディ、ヴァネッサ、僕そしてライアたちが出ていった。



 集まっていた兵士、使用人たちの前に小さな踏み台がいくつか置かれている。


 前の方に立っていた人たちが僕を見て何か話しているようだ。


「みなさん、お静かに願います」


 シンディのかけ声で私語が止む。


 リアンが踏み台に上がり全員を見回す。


「みんな、おはよう」


 彼女の挨拶に皆が挨拶を返した。


「今日は報告しなければならない事があります。その前にみんなに謝りたいと思います」


 彼女は一字一句しっかりと大きな声で話し始めた。


「シュナイダー様が亡くなって以降、シュナイツがどうなってしまうのか、新しい領主について等、いろいろ不安な思いをさせてしまってごめんなさい」


 謝罪の後、頭を下げる。 


 僕は彼女に振る舞いに驚いていた。

 みんなの前に出る前の硬い感じはない。堂々とした態度と話し方。


「大丈夫みたいだね」


 ヴァネッサは腕を組んだまま、リアンを見つめる。


「君は最初から大丈夫だと信じてた?」

「まあね、伊達に補佐官やってないさ。基本、芯の強い娘だから…辛い経験もしたけどそれを乗り越えて来たんだ。あんたにはわからないだろうけどね」

「そう…」 


 確かに分からない。会って一日いや半日すら経っていない。


「それじゃ。報告一つ目」


 リアンがシュナイダー様の遺書を掲げる。.


「シュナイダー様の部屋から遺書が見つかりました」


 一斉に驚きの声が上がる。


 みんなが隣同士で話し合い騒然となる。


 シンディが、静粛に、とかけ声をかけるがなかなか収まらない。何度目かのかけ声でようやく収まった。


「遺書の内容は?」


 兵士の誰か手を上げ発言する。


「いまから読み上げます」


 リアンは兵士の発言に答えるように遺書を読み上げ始めた。


 遺書の最後、後継者についての部分に入る。


「最後、後継者について。後継者にはウィル・イシュタルを据えよと書いてあります」


 当然ながら、誰?という言葉があちこちで上がった。

 と、同時に僕を知ってる者(さっきベックさんの家から連れてこられる時にいた兵士)から、あい

つだ、なんて声が上がる。


「紹介します。彼がウィル・イシュタル。シュナイツの新しい領主です」


 リアンが僕を紹介し、前に出るよう手招きした。


 みんあがざわめき注目する中、踏み台へと上がる。


 ヴァネッサたちはすぐ後ろに控える。


「あー、始めまして。僕はウィル・イ…」

「ちょっと待った!」 


 僕の名乗りを消すように大きな声が響き渡る。


 声のした方に目を向けた。そこには頭一つ大きな体の兵士がいた。

 筋骨隆々という言葉がピッタリと合う体付き。


 ヴァネッサとは違う強さを感じる。


「ガルド…」


 後ろからヴァネッサの声がする。


 大男はガルドという名前だった。彼か、ジルとアリスを助けたというは。


「色々、訊きたいことがあるんですが、よろしいですか?」


 僕に向けられた言葉ではなく、視線からリアンへの言葉のようだ。


「あたしが答えるよ」


 ヴァネッサが僕の右の踏み台に上がる。因みにリアンは左にいる。


「あーその、シュナイダー様の遺書ってのは本物なんですか?」


 その疑問は想定ずみだ。


「ああ、本物だよ。あたしとリアンで筆跡の特徴からシュナイダー様が書いた物と判断した」

「見つかったのはいつです?」

 

この質問にはリアンが答えた。


「5日前よ」

「5日?すぐに報告しなかった理由はなんです?」

「えっと…彼、ウィルを待っていたの」


 リアンはちょっと歯切れが悪いものの、答えていく。


「で、そいつは何者なんです?シュナイダー様の遺書に書かれいるとはいえ、いきなり領主だと言われても…」


 ガルドの言っていることはここにいる全員の当然の気持ちだろう。


「ガルド、言葉に気をつけな。あんた領主に向かって…」

「いいよ、ヴァネッサ。とりあえず言葉遣いは後で」


 ヴァネッサの言葉を切る。


「だけど…」

「僕に話させてくれ」


 ガルドと対峙するように体を彼に向ける。


「君は何者かと言ったね。.僕はウィル・イシュタル。たまにここシュナイツに来てた商人だ。ほかに訊きたい事は」

 

 ヴァネッサが言っていたように舐められないよう、自信をもって話した。がどうだろうか?

 

 緊張で声が若干震えているかもしれない…。 


「商人?なんでお前の名前が、シュナイダー様の遺書にあるんだ?あ?」


 ガルドの威圧的な態度が増していく。

 ここで弱気な態度をみせたら、こんな奴が領主になるかと思われてしまう。


「それは僕も知りたい。シュナイダー様とは一度しか話していない。そこの井戸で話しただけだ」


 井戸の方を指差しながら答えた。


「なんだよ、それは。ふざけてんのか?」

「別にふざけていない」


 彼がいらつているのが表情からもわかる。


「井戸で話しをしたっていうは間違ってないぜ」


 突然、すぐ前いた兵士が話した。


 よく見れば見覚えがある。井戸の所で話をした兵士だった。


「あんただよな?井戸の滑車を直したのは?」

「え?ああ…うん」


 いきなり話しかけらたので曖昧な返事になってしまった。


「あの時は助かったぜ」


 握手を求められた。


「そ、そう?ありがとう」


 しっかりと握手をする。


「少し話したけど、別に悪い奴じゃないぜ。ガルドの旦那は怪しんでるけど」

「ハンス、バカかお前は?怪しむだろ?普通。黙ってろよ、俺の話は終わってねえんだよ」


 ガルドはイライラしながら僕の前にいた彼、ハンスに注意した。


「へいへい…」

 

 ハンスが肩をすくめ、ため息を吐く。


「あー、つうことはあんたはシュナイツともシュナイダー様ともほぼ無関係なわけだ。遺書に名前があるが、なんで領主を引き受けた?断ることもできたはずだ」

「確かに無関係だ。けど誰が領主をやらなければ、シュナイツは解散すると聞いた。解散してしまえば、兵士と使用人、領民が路頭に迷ってしまう」

「路頭に迷おうが、あんたには痛くも痒くもない」

「そうだけど、ここで立ち去ることは僕は出来なかった。領主を引き受けることで解散を免れるなら引き受けようと」

「お人好しもいいとこだぜ、あんた」

「僕自身もそう思うよ。ガルド、君が領主をやるというはどう?」

「ふざけんな、俺は竜騎士だ。竜騎士には竜騎士の本分ある」

「そうだね」


 まあ、断るだろうとは思ってたけどね。


「あんたよりもずっと相応しい人がいる」

「リアンだね?」


 リアンが適任だ、という意見も想定内だ。


「ああ、そうだ。補佐官のリアン様が領主になればいい。むしろなぜ領主にならないのか」


 当然の考えだ。補佐官であるリアンが繰り上げで領主になる。


「彼女は固辞した。順当に行けば彼女が領主になるんだろうけど。それだと彼女に重荷を背負わせる事にならないかな?彼女に少ないとはいえ、ここシュナイツの兵士、使用人、領民の管理運営を押し付けることならないかな?」

「それは…そうだが…」


 ガルドが口ごもる。


「いいね、もうちょっとだよ」


 ヴァネッサが小さく言った。


 いいねと彼女は言ったけど、ガルドを言いくるめたいわけじゃない。


「あの~ヴァネッサ隊長が領主になったらどうです?」


 ガルドのそばにいた兵士が手を上げ発言した。


「サムかい?あんた、あたしが領主になれば訓練が少なくなるとでも思ってんじゃないの?」

「え?いや、ま、まさか、そんなこと思ってませんよ、ははは…」


 サムという兵士はヴァネッサからの問に視線を外しつつ、笑う。


「あんたさ、そういうの思いつくのだけは、早いよね?」

「いや、だから、思ってませんて…」

「今日、素振り千回ね」

「ええぇ…」


 サムのため息の同時に笑いが起きる。

 リアンも口を抑え笑っていた。


「サム、お雨も黙ってろ、話はまだ終わってないんだよ」


 ガルドがサムの後頭部を引っ叩く。


「なんなんだよ…」


「ヴァネッサ隊長、あんたはそんな奴が領主でいいのか?」

「ああ。構わないよ」

「ほんとかよ…」


 彼は訝しげる


「信じられないなら、これを見な。ライア」


 ライアが呼ばれてヴァネッサの右に立つ。そして血判状を広げた。


「みんなもこれを見な。ウィルに忠誠を誓う血判状だよ。あたしたち隊長連中の血判が押してある。アリスが寝ちゃってるんで、ジルが代役なってるけど」


 ライアがみんなに見えるよう左右に動かす。


 みんなから驚きとも困惑ともとれる声が聞こえる.


「血判状?」

「マジで?」


 ガルドの表情を見ていたが、特に変わった様子はなかった。


「ヴァネッサたちは僕を領主と認めてくれた。けどみんなが僕を領主と認める、納得するかは個人の自由だ。強制はしない」

「俺は認めねえよ」

「みたいだね」


 これまでのガルドの態度からわかることだ


「どうしても納得できない人はここを出てもらっていい」

「ちょ、ウィル、それはまずいよ。出ていった奴がシュナイダー様の事を言いふらしたら…」


 ヴァネッサが少し慌てて耳打ちする。


「大丈夫、考えがある」


 彼女にすぐ耳打ちを返した。 


 みんなは当然、僕の言葉に戸惑っている。


「出でいけって?軽く言ってくれるぜ。隊長たちや俺ら竜騎士はともかく他の連中はどうすんだよ?」


 ガルドの言い分はわかる。次の仕事先、移住先を見つけるのは大変だろう。


「今すぐに決めろとは言わない。僕の人となり、領主としての仕事ぶりを見てから決めてほしい」


 今決めなくていいということで少し落ち着いただろうか?


「人となりね…」


 ガルドは大きくため息を吐く。


「ヴァネッサ隊長、あんたがそいつを認めるなら俺はここに残る」

「あたしがどうこうじゃなくて、あんた自身が決めるんだよ、ガルド」

「だから、俺がそう決めた。それだけだ」


 ガルドは自分の身を隊長であるヴァネッサに預けるまで信奉してるようだ。


「わかったよ、勝手にしな」


 ヴァネッサも分かってるのか追求はしなかった。


 ガルドが残るということでまたちょっとざわつき始める。 


「いいんじゃないかな、おれは別に彼でも構わないぜ。シュナイダー様がいつまでもいるわけじゃないし、多少早くなっただけ…」


 ガルドのそばにいた兵士の一人が話すが、話し終わる前にガルドに胸ぐらを掴まれた。


「レスター!お前今なんて言った!?」


 レスターと呼ばれた兵士はガルドに胸ぐらを掴まれたまま、軽々と持ち上げられる。

 掴まれた方は特に焦る様子もない。


「なんだよ」 

「シュナイダー様がいつまでもいない?早くなっただと」

「ああ、そうだろ?シュナイダー様だっていつかは死ぬ、それが早くなっただけだって言ってるんだよ」

「シュナイダー様は病気で亡くなったわけじゃねえ!殺されたんだぞ!」

「分かってるよ!だからなんだよ、死んだことには変わりはない」

「お前…失礼にもほどがあるぞ!」

 

 ガルドはシュナイダーに対して尊敬の念を強く抱いているようだ。


「ヴァネッサ、二人を止めたほうがいい」


 僕はそう言ったんだけど…。」


「いいよ、別に。竜騎士同士のの喧嘩も乙なもんだよ」


 レスターも竜騎士なのか。

 そして、これのどこが乙なのか。


「おれだって、悔しいよ。みんなそう思ってる。だけどな、いつまでそんな気持ちでいるんだよ?シュナイダー様だってそう思ってるよ」

「そんな事くらい、俺だって…」

「だったら、さっきからウダウダ言ってんじゃねえよ!」

「…なんだと!」

「シュナイダー様の遺書で新しい領主が決まって、これから心機一転やって行こうっていうが今の状況じゃないのか?」

「あんな奴が領主でもいいってのか、てめえは!」

「勘違いするな。おれは全面的に賛成してるわけじゃない。…いい加減降ろせ、バカ!」


 そういうと持ち上げられたまま、ガルドに蹴りを入れる。

 ガルドがレスターを降ろす。


 レスターはガルドと少し距離を取った後、僕に謝ってきた。


「すまない…いや、すみません」

「いや」


 僕は首を横に振る。


「それから、ガルド。お前は隊長の犬か?隊長が認めるならって」


ヴァネッサがレスターの言葉に吹き出し笑う。


「んなこと、お前に言われる筋合いはない!」


 激昂したガルドがレスターに殴りかかろうとする。


「止めな!」


 ヴァネッサの掛け声にガルドの動きがピタリと止まる。


 彼の拳がレスターの鼻先で止まっていた。


「ふたりともいい加減にしな。恥ずかしいと思わないの?」


 ヴァネッサの言葉にガルドが拳を納める。


「こいつが…」

「こいつがじゃないよ。全く。ガキじゃあるまいし」


 ヴァネッサが盛大にため息を吐く。 


 ガルドとレスターがまだ睨み合っていたが、無視して話を進める。


 リアンがヴァネッサに促されるれ、話し始めた。


「彼、ウィルが領主なのは決定事項です。他になにか質問は?」


 彼女はみんあを見回すが特に発言する者はいなかった。


 シンディがリアンの許可を得て踏み台にあがる。


「みなさま、わたくしからお願いがございます。領主になられたウィル・イシュタル様に対する言葉遣いにお気をつけくだいさいませ」


 少し語気を強めた言い方だ。

 ガルドの言葉遣いが不快に思ったんだろう。


「ヴァネッサ隊長とリアン様は呼び捨てにしてたけど…いいんすか?」


 ハンスが手を上げシンディに訊いた。


「本来ならばいけないと思いますが、リアン様と隊長職ついては自由で良いとウィル様がお決めになられました」

「あたしら隊長はいいんだよ。領主とタメ口聞きたい奴は、あたしら隊長連中を蹴落として自分が隊長になるんだね」


 ヴァネッサは腕を組み、いつでもかかってこいと言わんばかりに胸を張る。


 みんなからはあちこちでため息が上がった。


「ヴァネッサ隊長を蹴落とす?」

「無理に決まってじゃん…」

「返り討ちに遭うぜ」


 とまあ、諦めの声が漏れる。


「情けないねぇ。あんたたちほんとに男なの?」

「隊長こそほんとに女か怪しいよな?」

「サム、なにかいったかい?」

「いえ!何も、言ってません!」

「そう?」


 ヴァネッサは完全に聞こえてたはずだけど追求はしなかった。


「あぶねえ…」


 サムのそばで笑いが上がる。


「みんな分かったね。言葉遣いには気をつけるように」


 ヴァネッサの言葉にはいっと全員が返事をした。


「リアン、締めていいよ」

「うん。それじゃ、以上報告は終わり。みんな、時間を取らせてごめんなさい」


 そう言って踏み台を降りる。

 僕も踏み台を降りた。代わりにライアが上がった。


「今日の午前中は自主訓練とする。見張り、警備してる者へ今の事の次第を伝えておいてくれ」


 ライアが大きな声でみんなに伝える。

 彼女の言葉を受け兵士たちが去っていく。

 その中、ガルドだけが残りこちらを見ていた。


 別に睨んでいるわけじゃない、無表情だ。いやもしかすると感情を圧し殺しているのか。

 そんな彼の肩をレスターが軽く叩き、なにか二言三言言って連れ行った。


「気にするんじゃないよ」


 ヴァネッサそう言ってくれたけど…。


「ガルドだって状況は分かってんだから、これ以上何か言ってくることはないよ」

「うん…分かってるけど…君は彼から、いや彼らから絶大な信頼を得ているんだね」

「絶大は大げさだよ。あたしがどうこうじゃない、シュナイダー様の近くにいたからさ」


 そんな事はないだろう、と彼女の言葉を否定したが、


「あの人の近くにいて手伝っていただけ」

「そう…なのか」


 彼女は僕の肩を軽く叩いた。


「あいつらから信頼を得る、得ないはあんたの行いにかかってる」

「ああ、分かってるさ」


 生半可の努力では信頼を得るこはできないだろう。


「ヴァネッサ、ウィルの負担になるようなこと言わないでよ」


 リアンの気遣いが心強いと思う。


「大丈夫だよ、ありがとう」

「はいはい」


 ヴァネッサは聞き流すように肩をすくめた。

 


 次はどうすればいいか、ヴァネッサとリアンに訊く。


 二人も領民への報告だろうと言った。が


「まだ、朝食食べてないんですけど~」


 ミャンがお腹を押さえ、ライアの肩の顎を乗せながら言う。不満気だ。

 そういえば、まだだった。


 領民の報告は朝食のあとにしようということで意見が一致する。


「さすがに朝抜きは辛いね。多少遅れることは勘弁してもらおう」


 ヴァネッサはそう言うけど、シュナイダー様が亡くなってから10日が過ぎているだけど…。


「ちょっと待って。ここで使用人たちの紹介をするわ」


 そう言うとリアンは使用人たちを手招きして集めた。

 


 まず、紹介されたのは”先生”と呼ばれている人だった。


 背丈は僕と同じくらい。白髪交じりの無精ひげ。


「フリッツ・トウドウだ。医者をしている。よろしくな」


 お医者さんだった。


「はい、よろしくおねがいします」


 先生は握手をしたまま、僕をじっと見つめる。


「な、なにか?」

「いや、なに、頑張りたまえ若人わこうどよ」

「はい」


 そう言って笑顔で肩を数度叩き、館の中へ去っていった。


 僕が領主なることにどう思っているのだろうか?


「先生はシュナイダー様とは古くからの知り合いでね、若い頃はすごく世話になったってシュナイダー様が言ってたよ」


 ヴァネッサがいうには二人が出会ったには戦争の時でその頃からの付き合いらしい。

 シュナイツに誘った時も快諾してくれたそうだ。


 リアンが次の人を紹介してくれた。


 僕より少し背が高い女性。彼女も先生と呼ばれてる。

 年上だろうと思う。


「ミラルド・ハーマンです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 聞けば、彼女もお医者さんでトウドウ先生の教えを請いにシュナイツまで来たという事だった。


 握手をするとトウドウ先生を追って館へ入っていった。


 わざわざシュナイツまで来たということは、トウドウ先生は名高いお医者さんのようだ。


 次の人はリアンと同じくらい背丈。たぶん年齢も同じくらいだろう。


 白を基調とした服装だ。 


「どうも、シエラ・アリソンです。よろしくお願いします」

「よろしく」


 シエラは看護師としてトウドウ先生やミラルド先生を助け、病人けが人の看病をしている。


 笑顔で握手をすると先生たち追って行った。

 

 以上三名は館の医務室に常駐して、兵士の怪我、病気、領民から急病に対応している。

 シュナイダー様について訊きたいがやめておこう。訊くの今じゃなくてもいくらでもある。


 次に紹介されたのは執事。


「はじめまして、ウィル様。わたくしは執事のアルバート・マイヤー。身の回りのお世話をさせていただきます。何なりとお申し付けくだいさいませ」


 と丁寧に頭を下げる。


 スラリと長身の男性、いや老紳士といった感じだ。

 白髪に白ひげ。歳を取っているようだが、背筋がピンと伸びていて姿勢がきれいだ。


「よろしく、マイヤーさん」


 しっかり握手をした。


「わたくしにさん付けは必要ありません」


 それはそうなんだけど…。


「…いや、付けさせてもらうよ。あなたは年上だし、失礼な気がする」

「なるほど、承知しました。これ以上は申しません。ですが、お気になさらず、いつでも呼び捨てにして構いません」


 それ以上は言わず、温和な笑顔で下がっていった。

  

 次に紹介されたのは少し年配の女性。


「はじめまして、メイド長のサラ・オーベルでこざいます。よろしくお願いいたします」

「よろしく。オーベルさん」


 そして握手をする。


 呼び方には指摘される事はなかった。たぶんマイヤーさんとのやり取りを訊いていたんだろう。


 メイドはオーベルさんを含め十人となっている。

 リアンと隊長(アリス以外)に一人ずつ専属であてがわれている。


 僕にはオーベルさんが付いてくれる。


 残り四名は専属の補佐として手伝い、専属が休息、急病などで仕事ができない場合は代わりに引き受ける。


 オーベルさん以外のメイドたちも紹介してもらったが、全員の顔と名前を覚えることはできなかった。


「お気になさらずに、ウィル様のペースで覚えていただければよろしいです」


 そうオーベルさんに気遣ってくれた。

   

 次に紹介されたのは料理人たち。


 こちらも十名。


 代表して料理長が挨拶した


「おれはグレム・ミッチェル。料理長…です。よろしくお願いする」

「ああ、よろしく」


 握手した手は大きく、体格もかなりものだ。


「元兵士だったりする?」

「いや~、よく言われんですが、剣も槍も持ったことはないです」

「もったいないね~。あんたが来た時はいい兵士が来た、なんて思ったんだけど」


 ヴァネッサが多少残念そうにいう。


「菓子職人ていうからがっかりさ」

「菓子職人?」

「菓子作りは趣味で、普通の料理人ですよ…」


 彼は肩をすくめた。


「でも、いつか作ってくれた、クッキーすごく美味しかったわ」


 リアンは甘い物が好きらしい。


 グレムが作ったクッキー以外の甘い物を上げ、全部美味しかったと話した。


「いや、だから…」


 グレムは困惑顔だ。


「そんなことより!朝食残っているよね!?」


 突然、ミャンがグレムに迫る。そうとうお腹が減ってるみたいだ。


「も、もちろん。残ってますよ」


 早く食事を摂らせないとミャンが大暴れしそう.。

 ということにで館の中へ戻った。


 で、どこで食事するのかと思ったら個人部屋でとるんだそうだ。


「みんな一人で食べるの?」

「そうだけど?」


 リアンたちはずっとそうしてきたらしい。シュナイダー様もそうしてきた。


「んー…みんなで一緒に食事をするのはどう?」

「みんなで?」


 リアンたちはお互いに見合う。


「そう、同じテーブルを囲んでお互いの顔を見ながら食事をする」

「いい!いいわ、それ!」


 リアンは喜んで賛成してくれた。

 ヴァネッサたちも賛成してくれたが、シンディとジルは自分たちは同席しないと話す。


 シンディさんは普段、メイドたち使用人とを食事をしていてそっちのほうがいいらしい。


 ジルは普段どおり自室でとるという。彼女がいうには隊長たち列席するなか、副隊長の自分が席にいるのは場違いだと。


「いや、そんな大層なものじゃないよ。普通の食事だよ」


 と言ったが固辞してしまった。


 参加しないというなら仕方ない。

 

 僕は命令も強制したくないので諦めた。

 

「六人で囲めるテーブルなんてあった?」

「多目的室にあるのは?」


 多目的室に行きつつヴァネッサの疑問に答える。が彼女は首を傾げる。


「あれは小さすぎでしょ」

「確か、部屋の角にもあったような…あれ壊れてるやつ?」

「いいえ、使えます」


 答えたのはヴァネッサでなくオーベルさんだ。


「そう?じゃあ、それを使おう」

「あんな埃っぽいとこで食べんの?」

「掃除をいたしますので、少々お時間をください」


 ヴァネッサの言葉にすぐに答え、メイド達を従えて僕達の先を足早に多目的室へと向かった。

 

 多目的室に着くとメイド達が部屋の掃除と角にあったテーブルを出そうとするが、テーブルは頑丈そうで重そうだ。

 メイドたちを手伝おうとしたが、そんな僕をマイヤーさんが制止した。


「ウィル様がなさる必要はござません」

「だけど…」


 女性だけにさせるのは心苦しい。


「こういう事は下の者の務め。仕事を取らないで下さいませ」


 仕事を取らないでほしいと言われてはどうすることもできない。

 傍観するしかなかった。 


 テーブルはヴァネッサとライアが手伝っていた。


 メイドたちはしきりに謝っていたが、ヴァネッサとライアは彼女たちを気遣い笑顔で話す。


「いいよ、さすがにこれは重いよね」

「だな。ミャン、君も手伝ったらどうなんだ?」  

「…」


 ミャンは意気消沈してうつむいていた。それを見たヴァネッサとライアはため息を吐く。

 それ程までにミャンとっては食事は大事なものらしい。

 

 血判状を作るため使ったテーブルとヴァネッサとライアが運んでくれたテーブルをくっつけて長いテーブルする。

 そのままでは見た目が良くない、というリアンの提案でテーブルクロス(未使用の白いシーツ)を敷く。


「いいじゃない」


 リアンがうんうんと頷いく。


 椅子は短辺に一脚ずつ、長辺に二脚ずつ、置く。


 席順は短辺(後ろは謁見室の反対側)には僕が、左の長辺にヴァネッサ、ライア、右にリア

ン、ミャンが座り、僕の向かい側にはエレナが座った。

 そして朝食がそれぞれ前に置かれ食事開始となる。


 マイヤーさんやメイドたちも食事をするよう言った。

 

 朝食の内容は野菜スープ(野菜だけじゃなくてたぶん干し肉も入ってる)。

 それともう一つ。これはたしか小麦粉を水でこねて薄く焼いたもの。無醗酵パン。


 王都や他の町で露天で売っているのをよく見る。肉と野菜を丸めるように挟んでいるんだ。


 ミャンがものすごい速さ食べ始める中、僕はスープを一口。


「どう?おいしい?」


 リアンが感想を訊いてきた。


「うん、おいしいよ」

「そう?良かった」

「昼も夜も毎日こんな感じだけど大丈夫?」

「ちょっとヴァネッサ!それ言わない」

「え?、ああ、そうなんだ。いや大丈夫だよ」


 リアンが僕の言葉に安堵した様子だ。


「干し肉と水で三日過ごした時もあるから、この食事は上等だよ」


 ヴァネッサとリアンが驚いて食事の手が止まってしまっている。


「あんた、よく生きてこられたね」

「商人ってそんなに大変なの?」

「いや、極端な例だからね」


 二人は納得したのか食事を再開した。


「それはそうと、ウィル。あんたがさっき言ってた考えがあるって、あれなんなの?」


 考え?ああ、兵士に出ていって構わないって言ったやつか


「ああ、あれはシュナイダー様の件について、今すぐに国に知らせることだよ。殺された事は伏せてね」

「…それだけかい?」


 僕の考えに彼女は訝しげだ。


「そうだよ」

「そうだよって、そんなんじゃ。噂が広まっちまうじゃないか」

「いや、ただ知らせるだけじゃなくて、国に公式の情報として周知してもらうんだ。できるだけ早く」


 ヴァネッサはまだ理解してない表情だ。


「国公式の情報を広めて噂を潰すということか?」


 ライアがそう話す。


「そう」

「うまくいくのかい、それ?」


 ヴァネッサはまだ懐疑的な表情で、スープの入った皿の縁を軽く叩きながら僕を見る。


「これは早ければ早いほど効果がある」

「あんたのその自信はどこからくるの?」

「自信があるわけじゃないけど、大きな噂話が公式情報で消し飛んだというの経験したんだ」



Copyright(C)2020-橘 シン

 

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