第23話 達成、ラブコメノルマ

 それから三日間、収録は順調だった。


 番組側から課せられた『ラブコメノルマ』を達成する程度には。

 本来ならば歓迎するべき事態だけど、素直に喜べない自分がいた。嵐の前の静けさといわんばかりの順調さは不気味さを感じる。この番組に対する疑問は増え続けているわけだし。


 裏で糸を引く存在がどうしても気になる僕は間違っているだろうか?

 これではいけない、と台詞覚えに専念しようとするも、どうにも目が滑る。

 ちいさくため息をついて台本をしまうと、彩香さんは眉をひそめた。


【どうしたの、顔色が悪いわよ。智也君】

【すみません、ちょっと文字に酔っちゃったみたいで】


 とりあえず軽口を返信して、コーヒーをごくり。ガムシロップを入れすぎたのか、ベチャとした人工甘味料が喉にねばりついた。

 ターミナル駅の近くのファミレスで僕らは台詞覚えをしていた。

 というのはあくまで番組側をあざむくための建前で、本当のところは『ラブコメノルマ』達成の祝賀会である。要は演者だけの前祝い。テンションを上げていくべき場なのだけど、どうにも胸のしこりが取れない。盛り上がれない。


【噓でしょ。本当はなにか気掛かりなことがあるんでしょ】

【……やっぱりお見通しですか。彩香さんは】

【そんな仏頂面をしていれば、誰だってわかるわよ】


 何があったのか教えて頂戴。そういわんばかりの表情を浮かべる彩香さん。

 そんな彼女の姿を見て、仮想キーボードを叩く手を止める。

 実のところ、抱えている違和感の正体には心当たりがあった。そもそも、僕がなぜ『エセ恋TV』に巻き込まれたのか。なぜ裏で糸を引くものが気になって仕方がないのか。空想の域を出ないながらも、一応、筋の通った回答を見つけている。


 しかし、この事実を彩香さんに伝えていいものか、それが分からない。彼女はあくまで僕が番組側の事情を把握していることを隠す――つまり自身の失態を隠すために協力してくれているに過ぎないのだ。『エセ恋TV』の成功によって、自身の夢を叶えるというのが、彼女の目的であり、僕をこのドッキリから救うか否かは関係ない。


 思考を羅列したけれど、結局、何が言いたいかといえば――

 ――西城彩香に裏切られるのが怖いのだ。

 今まで築いてきた関係性の一切が番組のためであり、僕のことなんて気にかけていない。そんな絶対的な事実を突きつけられたくない。怖い。知りたくない。

 こんな想いをどう記せばいいのか、画面を前に固まっていると。

 彩香さんは机をバンと叩いて、こう切り出した。


「ねぇ、明日暇でしょ。デートしましょ」

「ちょ、どういうことですか、彩香さん」


 先程とは打って変わって猫なで声で僕を誘う。

 感情の高低差に困惑していると、耳元に顔を近づけてこう呟く。


「この場じゃ言えないことなんでしょ。だけど、お互いに秘密は無しにしましょ」


 彩香さんは頭に疑問符を浮かべる僕を強引に引っ張って、会計へと向かった。

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