第22話 懺悔、共書修
こちらも思案顔になりながら、玄関ドアを開けると、そこには一人の男が立っていた。校則通りに制服を着こなし、ピンと背筋を伸ばしている。鋭い視線が僕に浴びせられる。
誰だ。こんな好青年の友人は有していないのだけど。
そう口走りそうになって、ようやくこの人物が共書修だと気がつく。芝居がかった動きをしていないので分からなかった。
不審に思っていると共書は勢いよく頭を下げた。しかも直角九十度で。出会って五秒で最敬礼。なにかトラブルでも起きたのだろうか?
動揺する僕を他所に彼は声を張り上げて、こう言った。
「すまぬっ。貴様の脚本から変更させてはくれまいかっ」
「はぁ⁉ それって『星宝祭』での舞台ってことだよな。十日後の」
「……そうだ。本当にすまないと思っている。貴様との契約を破ることになってしまって」
「いやいや、とりあえず順序立てて説明してくれないか?」
そう言って共書の顔を強引に上げさせる。
なにが起こったにせよ、親友に長い間、頭を下げられるというのは気持ちがよくない。混乱気味な共書をなだめながら、とりあえず歩き出す。ここでの会話を墨守に聞かれるのは心情的にあまりよろしくない。しばらく歩くと共書はポツポツと事情を話し始めた。
「……昨日、部活あてに段ボールが郵送されてきたのだ。差出人不明で」
「わざわざ部活あて、か。それで中にはなにが入っていたんだ?」
「これだ。読んでみてくれ、これで大体の事情は把握できるはずだ」
気まずさを隠しきれていない共書から渡されたのは、一冊の脚本だ。
読めばわかる、か。書き手への僕への挑戦状か。
つばをごくりと飲み込んで、パラパラとページをめくっていった。
脚本のタイトルは『エセカイ転生系』。
ニーベルンゲンの指輪を下敷きに、異世界転生の要素を加えた、現実世界におけるボーイミツガールを描いた活劇ものである。……といっても、一切伝わる気がしない。執筆者によるあらすじは存在しないため、内容を要約するとこうだ。
主人公である、『転生少年』は念願だった異世界転生を果たした高校生。彼は不滅の英雄『シグルド』となり、『異世界転生のお約束』を楽しんでいく。しかし、不可解な現象をきっかけに異世界の異常性に気づいていくのだが……。
実は異世界はすべて番組が用意した舞台だった。彼の冒険活劇は隠しカメラで生中継され、全世界に配信されていたのだ。世にも奇妙な『転生しない異世界転生劇』が真実だった。
その事実を『ブリュンヒルデ』役の『現実少女』から知った『転生少年』は脚本に記されていない行動を取ることで、テレビ局をあざむいていく。
ついには番組側に打ち破り、番組を打ち切った二人は、消えゆく偽物の異世界において、『シグルド』と『ブリュンヒルデ』として結婚式を挙げる。現実での再開を誓いながら。
ここで物語は幕を閉じた。
『転生少年』と『現実少女』の関係性に変化が見られ、彼の異世界へのこだわる理由が示唆され、真っ白な今後に恐怖しながらも唇を重ねるという。まさにクライマックスのシーンで。
――ゾクリと背筋が震える。まさか、ここまで似通っているとは。
それはこの小説が僕らを取り巻く裏事情によって、構成されているという点だけではない。悪趣味な『エセ恋TV』のことだ。この程度の揺さぶりは予想内だ。
恐怖を覚えたのは、『ダイヤモンド・ワン』と『エセカイ転生系』の代替可能性である。
世界観や出てくる用語こそ違うけれど、物語を構成する基本骨子が同じ。
つまり、この二つはそっくりな話であり、今日、唐突に脚本を変更しても演者の負担は、ほとんど考えないで良いのだ。変更は容易だと思う。
それに悔しいが、『エセカイ転生系』のほうが物語としての完成度が高いのだ。
僕では最後、このようなハッピーエンドを用意することが出来なかった。
「……くやしいけど、お前の言い分は理解したよ」
「貴様には言いづらいが、我が部の七割が脚本の変更に賛成しているのだ」
「けど、大道具の連中は怒るだろ。舞台セットを用意している暇がないって」
「……それなんだが、この脚本と共に舞台セット一式が届いたのだ」
用意周到だな。送り主はどこかのテレビ局に決定したけど。
仮に『エセカイ転生系』を用意したのが、『エセ恋TV』の脚本家であるのならば、僕が裏事情に気がついたことは把握しているのだろう。これはその牽制といったところか。
墨守の言う通り、『星宝祭』は荒れ模様だろうな。ため息をつきたくなる。
「わかったよ。脚本は『エセカイ転生系』でいこう」
「許してくれるのか、録藤は」
「僕と彩香さんが主演なのは変わらないんだろ。なら、この舞台を楽しむだけだよ」
「貴様というやつは……」
目頭を熱くしながら、僕に抱きつく共書。こういうところで情に厚いのだから、嫌いになれないんだよな。正直、僕の夏休みが否定されたわけだから、悔しくないといえば嘘になるのだけれど、こんな状況だ。贅沢はいってられない。それに彼には聞きたいことがあった。
僕は平然とした表情をつくり、共書にこう尋ねた。
「なあ、共書。この脚本って『天拝山マツリ』っぽくないか?」
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