第21話 激白、墨守梨々花
墨守から部室に呼び出されたのは、翌日のことだった。
僕が退部届を提出しようとした、まさにそのタイミングで。
新聞部員としての立場があると、演劇に集中できない。姉のアドバイスに従うのは正直、癪だったが、ここでへそを曲げるのはよくない。彩香さんには先に劇の練習へ向かってもらうことにして、呼び出しに応じた。
新聞部は部活棟の中央に位置している。伊達に文化部の長を名乗っているわけではない。普段ならば多くの部員で溢れかえっているのだけど、部室内には人の姿はなかった。文化祭を間近に控えているのに、どうして部員がいないのか。
そう墨守に訊ねると、彼女はテーブルの中央に腰掛けてニヤリと笑った。
「簡単なことですよ。『エセ恋TV』の関係者を排するためですよ」
「……っ! なにが狙いだ、墨守」
「おや、そんなに警戒しなくても。わたくしはあなたの力になりたいだけです。といってもにわかには信じがたいと思いますので、まずは暴露話に付き合ってください」
「暴露話、だって?」
「ええ、わたくしがなぜ『エセ恋TV』に協力したか、のね」
にししと邪悪な笑みを浮かべる墨守。
こちらをからかっているかのような態度を見せる。
彼女はついこの間まで僕らの関係性について、しつこく迫っていたのだ。
そんな墨守がどうしてこのタイミングでネタ晴らしに走るのか。
これがわからない。
「どういうつもりか、インタビューしてもいいか?」
「もちろん。優秀な記者たるわたくしはインタビューに応じるのも上手なのです」
まあ、録音記者はインタビューに応じてはくれませんでしたが、と皮肉る墨守。
僕らの行動動機は脚本ですべてわかっていたくせに。性根が腐ってやがる。
「で、そもそも、なんでこんな番組に協力したんだよ?」
「端的に言えば、勘のいいガキだったからです。知りすぎたんですよ、わたくしは」
「知りすぎたって、裏事情のことか?」
「というより、この高校と『エセ恋TV』の根深い関係について、ですね」
そう言って、手に持っていたクリアファイルを投げる墨守。慌ててキャッチ。
中身は一枚のプリント。取り出して確認すると、それは名簿だった。僕や墨守、彩香さんが属するクラス、全員の席と名前が記されている。
ただ、不思議なことに生徒のおよそ三割にバツがつけられており、その中には西城彩香の名前があった。しかも、バツをつけられた生徒には、これといって共通するものが見いだせなかった。成績、容姿、性別、交友関係。そのすべてがバラバラだった。
頭に疑問符を浮かべながら、墨守に説明を求める。
すると、彼女はいい笑顔で言った。
「それは仲間はずれの名簿です」
「仲間はずれ? なんのだよ?」
「具体的には、この高校に学籍がない人たちの名簿なんですよ、これ」
学籍がない。つまり本来は生徒ではない人間ってことだ。そんな奴らが僕らと同じように、授業やテストを受けて、生活してたというのか。一人や二人ではなく、クラスの三割が。
おかしい。これは異常としか表現できない。どうしてそんな不正が曲がり通っていたのか。どうして教師は誰も指摘しないのか。
どうしてそんなことをしているのか。
そこまで思考を巡らせたとき、ふと一つの可能性に気がついた。
墨守はその考えを肯定するかのごとく、ちいさく目をつむってうなずいた。
「時に録藤記者。『
「名前ぐらいは。役者を養成する専門学校だったっけ。ここからテレビに出演するような売れっ子も多いって聞くけれど。それがどうしたんだ?」
「先程挙げた仲間はずれの皆様は、全員、『錬極学園』の生徒らしいですよ」
「…………は?」
「結論から申し上げますと、彼らはみな、『エセ恋TV』の用意したエキストラなんです」
開いた口が塞がらない。彼らは入学式からこの学校に通ってきていた。ということはこの番組の計画は一年半前から始動していたというのか。たかがドッキリのために。
「されどドッキリです。あなたの自然なリアクションのために、多くの役者の卵が投入されていたのです。その証拠に彼らはみな『演劇部』ですよね?」
「……だからうちの演劇部は奇行に走っていたわけか」
「いえ、それは純粋な生徒である、共書演者がおかしいだけだと思うのですけど」
「ともかく、墨守はその事実を知ったんだな。取材の途中で」
「ええ、七不思議の一つ、『赤点をとっても無敵な人たち』を調査した際に」
その記事はちょうど僕がショッピングモールに現れたゾンビを追っていた時のことだから、およそ半年前か。ちなみにゾンビの正体は演劇部の連中だった。この件ともつながる。
けれどその記事には謎の圧力が生じて、発刊禁止に追い込まれたはずでは?
「その後、面白いメールが届いたんです。送り主はPPP放送のプロデューサーでした」
「なにが書いてあったんだ?」
「出演のオファーです。『エセ恋TV』の詳細と共に『協力してくれれば、謝礼金を出す。それに君の夢を応援させてほしい。具体的には出版社への口利きで』とかなんとか」
「それでまるめ込まれたってわけか、墨守は」
「わたくしを安い女のように……。そんな理由で参加したわけじゃありません」
むっと頬を膨らませる墨守。子ども扱いを嫌うくせにそういう仕草をする。けれど新聞部の中で彼女を子ども扱いする人間なんてそういないのだけど。
けれど、彼女が欲でくらまないのは周知の事実だ。収賄が成功するのならば、運動部の連中はこうもスクープをすっぱ抜かれていない。彼女にも理由があるのだろう。この『エセ恋TV』に協力する、大きな理由が。
「端的にいえばあなたの味方をするためですよ。録藤記者」
「いや、さすがに冗談きついぜ。第一、墨守って僕のこと嫌いだろ?」
「それこそ冗談きついのですけれど。わたくしの配慮を無視するのですか」
墨守が僕らを配慮していた、と。
事あるごとに僕らを質問攻めにして、進行を阻んでいた墨守梨々花が。
何度思い返してもそんなシーンなど浮かんでこないのだけど。
「……本来の脚本では、わたくしは録藤記者に横恋慕するサブヒロインでした。それはどうしても引き受けたくないと断ったので、今の妨害キャラに落ち着きました」
「ご協力のほど感謝いたしますっ!」
まさか本編開始前に暗躍して働いてくれていたとは。
もし墨守がサブヒロインのようなムーブ(例えば、彩香さんに嫉妬したり、僕の所有権を視聴したり、ラグビー部を彩香さんにぶつけたり等々)をしていたら、僕は心労で倒れていただろう。これに関しては感謝してもしきれない。
「わたくしとしては、もっと早い段階で情報共有をしたかったのですけど。肝心のあなたたちに避けられていたので……」
「……というと、墨守がこの番組に協力したのって」
「本当のことをいえば、潜入取材です。このような邪悪な企画が存在するのならば、その全容を暴いてみたくなるのが、ゴシップモンスターってものですよ」
勢いよく紙切れを破る墨守。
断片から読み解くにどうやらそれは番組プロデューサーの名刺だったようだ。
「疑ってすまなかった。なにせ周囲が敵だらけだったから」
「信じてもらえたようなので、今後の話をしたいのですが……」
「今後の話?」
「ええ、『
それは僕らが通っている『私立
およそ十日後、十月の中旬に開催される。
夏季休暇が開けて、間を置かずに実施されるのは正方高校が(自称ではいえども)進学校であるため。受験に影響を及ぼさないように、という配慮とのこと。いらない気遣いばかりするのがこの高校の悪い癖。
「で、その『星宝祭』がどうしたっていうんだよ?」
「まだ気づかないでしょうか?」
「いや、うちの高校って一応、大学進学率が売りだろ。だから『星宝祭』ってやる気あるやつは多くないだろ。だからなにがあるかなって」
「たしかに他の高校に比べて充足しているわけではありませんけど……」
その通りである。これに関しては墨守と同じ意見だ。
一応、県内でもトップクラスの生徒数を誇る高校ではあるため、それなりの規模はあるのだけど、いかんせん予算がクラスにも、部活にも交付されないから、他の一流私立と比べると見劣りしてしまう。なんならば県立高校のほうがマシなレベルだ。そんなわが校が文化祭で唯一誇れるところがあるとすれば、それは――
「……っ! 舞台公演」
「その通りです。どうやら送られてきた脚本によれば、この番組の決着はすべて『星宝祭』でつけてしまう予定だそうです。となれば、必然的に舞台公演がラストになるわけでしょう?」
「たしかに。じゃあ、演劇部のステージでアクシデントが起こるってわけか?」
「その可能性は高いでしょう。なにしろ、演劇部の大多数は『錬極学園』の生徒、すなわち番組が意のままに操れる人材なのですから」
こうして考えると演劇に参加すると決めたのは間違いだったかもしれない。彩香さんの後押しに負けずに、リスクを把握しておくべきだった。こういう状況で姉さんとの私怨を晴らすべきじゃなかったな。くそ、姉さんの手のひらで踊らされているようで嫌だ。
「だから、『星宝祭』には気を付けろ、ということか」
「ええ、西城さんにもそれとなく伝えておいてください。番組はいつ脚本にないことを仕掛けてくるのか、わかりません」
「それこそ墨守の件みたいにな」
「ですので、録藤記者には西城彩香の監視を命じます。同じ新聞部員として」
「了解。スクープ期待しておけよ」
奇妙な情報共有を終え、部室から出ていく。
眉にしわを寄せた思案顔でスマートフォンを操作する墨守を背後に。どうやらなにか気になる事項を見つけたらしい。おそらくは彩香さん関連なのだろうけど、内容を尋ねてもとぼけるばかり。情報共有とは一体。小首をかしげる。
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