第15話 激闘、ゴシップモンスター(下)

「その程度なんですか、録藤記者」

「くそっ、意外と強いのかよ、墨守って」


 彩香さんが新聞部に捕らわれて早十五分。僕は墨守とゲーム対決の真っ最中だった。画面をにらみながら丸いレバーとボタンを操り墨守の攻撃をガードする。

 体力ゲージはすでに黄色に変わっている。これ以上の攻撃を受けるのは得策ではない。なんとか打開策を見つけなければ。


 しかし、どうしてゲームによる決着なのか。

 それがどうしても気になってしまう。


 なんでも墨守曰く『今回の一件に関する一切はゲームをもって決着をつけるように』と命令されているらしい。

 だからなんだよ、このゲーマーたちの独特なルールは。というか誰からそんな指図を受けているんだよ。人に従うのを最も嫌うのが墨守ではなかったのか。


 まるで誰かに操られているみたいではないか。それこそ――


「どうしたんです? まさか怖気づいたのですかぁ?」

「それこそまさかだ。ガードを崩せないからってそうキレるなよ」

「減らず口をたたきますねぇ。二度といえないようにして差し上げますよっ」


 思考を巡らせている間にも、ゲームの進行は止まらない。

 舌戦だって止まらない。ともかく今はプレイに集中しなければならない。小さく息を吐いて、ボタンを連打する。


 僕らが決闘に用いたのは、四半世紀前より熱狂的な人気を誇る路上格闘ゲームの最新機種。お互いに未プレイかつ唯一操作方法を把握しているタイトルゆえに選ばれた。これならば公平な試合になるだろう、多分。


 ちなみに僕は数あるキャラクターの中から、金髪碧眼の美少女を選択。三つ編みやハイレグっぽいレオタードが特徴的なインファイターだ。


 選出理由は持ちキャラだからである。間違っても彩香さんと重なって見えたとか、あわよくば彼女もこんな格好してくれねーかなとか、そんな不純な動機ではない。だが、こうして言葉を重ねれば重ねるほどみっともないことはない。正直にいえば趣味だ。文句あるか?


 対する墨守はというと、主人公格の日本人格闘家を選択。ねちっこい彼女のスタイルとは相反するキャラクターだ。しかし堅実なプレイで取材をもぎ取るという一言を聞いて、納得。なんだか僕の選出基準が不純みたく見えてしまう。


 ともかく、西城彩香の今後を賭けた特別試合が開始されたわけだけど……。


「ほら、なぜそこで投げ技につなげられないのよ。この下手くそっ!」

「久々のプレイなんですよ、あまり無茶を言わないでくださいよ」

「ああっ、墨守さんっ! そこで必殺技を放てば随分と有利にできたのに……」

「え、あ、はい、的確な助言をありがとうございます、捕虜ですのに」


 試合開始直後から、捕虜となったはずの彩香さんがうるさくて仕方ないのだ。

 もちろん新聞部の連中も皆、思い思いの野次を飛ばしているけれど、その中でもずば抜けて彼女の声が大きい。そもそもこの対決が勃発した原因は彼女にある。普通であれば捕虜らしく慎ましくしているはずなのだけど。


 奇怪なことにこの格闘ゲームが一番上手なのは捕らわれの姫様たる彼女だった。だから、僕らの下手くそなプレイが癪に触るらしく、『的確なアドバイス』と言って、野次を飛ばしてくるのだ。

 おかげさまで僕は対戦にまったく集中できていなかった。それは墨守も同じなようで単純な操作ミスを何度も繰り返していた。


「……というか、なんで智也君は防戦一方なの?」

「いや、だって、下手に攻めても仕方ないですし」


 番組の存続、ひいては彩香さんの今後にも影響する重要な一戦である。負けるわけにはいかない。

 だから、ここは堅実なプレイを心がけていこうと決めたのである。


「たしかに有益な戦法ではあるのだけど……」


 小さく頷き肯定の意を示す彩香さん。やはり防衛戦は最強の戦術なのだ。相手の放つ強烈な攻撃を受け流して、好機を逃さなければ負けることなどない。事実、この戦法により第一試合を制すことができたのだ。


「でも、ずっと守ってばかりじゃない。現に智也君、負けそうだし」

「ぐぬぬ……」


 現在、僕の操るキャラの体力は風前の灯火だった。遠距離から波動を飛ばした隙に強力な攻撃を叩き込んでくる格闘家によって。くそっ、墨守は初心者だと聞いていたけど、どうやらそれは嘘だったらしい。だからあいつは信用ならないんだっ!

 そう叫んだ瞬間に、足払いを食らってしまい、そのままノックアウト。第二試合は墨守に制されてしまった。決着は最終ラウンドに。


「ほら、言わんこっちゃない」

「すみません、彩香さん……」

「次勝てば許してあげる。だからこんな奴に負けちゃ駄目よ」

「そうはいっても……この状況を打開できるほどの腕前はないですよ」

「そんなことは分かっているわ。それでも、この試合に勝って。どんな手段を使ってもいいから。ここで負ければ今までの努力は全て水の泡となるの。だから、お願いします」

「そうならないように努力はします。しますけれど……」


 ここから墨守を打ち負かすビジョンは見えないのだ。どういうわけか彼女はこのゲームが上手である。まるで事前に練習を積み重ねたかのように。完全に初心者である僕とは実力差がある。正面から戦えば惨敗するだろう。かといって、従来通りの戦法を続けたところで結局は敗北が待っているだけ。正直、僕には彩香さんを助け出す手段も方法も持ち合わせていない。


 ――たったひとつのずるいやり方を除いては。


「智也君、本当は見つけ出しているんでしょ。墨守梨々花の攻略法を」

「……そんな方法で勝っても、それこそ同じ穴の狢じゃないですか。確証はないですし」

「だけどその可能性に賭けてほしいの。私のために」

「……彩香さん」


 まっすぐと僕を見据える彩香さん。こういう風に信頼されると弱いんだよな。あまりこういった手段を用いたくなかったのだけれど。頼まれてしまったのなら引き下がれない。ここで彼女を信じられないのなら、僕はこんな番組に協力していない。

 墨守がなんだ、番組がなんだ、平穏な日常がなんだ。

 僕は彩香さんのために最善を尽くすだけだ。


「どうしたんですか録藤記者。ついに諦めたのです?」

「…………」

「ならば、決着をつけるとしますか」


 口角をニヤリとつりあげて顔を歪める墨守。その瞳には勝利の色が見て取れた。ガチャガチャと音を立てながら煩雑なコマンドを入力し、必殺技を放とうとする。

 その瞬間を逃さなかった。

 周囲に聞こえないように気を付けながら、口を開いた。


「――いくら貰ったんだ」

「…………はい?」

「墨守はさ、いくら貰ったんだ。『PPP放送』から」

「えっと、録藤記者がどうしてその事実を?」


 その場で硬直する墨守。信じられないものを見たような表情を浮かべている。先程までのせわしなく動いていた手も止まり、必殺技は不発に終わった、しかしそんなリアクションとなってしまうのも無理はない。だって、ドッキリ被害者に『仕掛人』であることを看破されたのだから。これ以上の衝撃は存在しないだろうさ。


「まさか、お前まで仕掛人だとはね。どうやらPPP放送を侮っていたようだ」

「な、なに出鱈目を言っているのですか、わ、わたくしはただ録藤記者と西城さんの関係性が気になって取材をしたいと…………」

「随分と動揺しているな。それこそ探られて痛い腹でもあるんじゃないか?」

「ち、違います。わたくしはただ取材を……」


「そうだな、仇敵であるラグビー部と電撃的な和解をして、電話先で誰かの言いなりになってこんな意味不明なゲームに付き合ったとしても、あのゴシップモンスターがこんな番組に協力しているわけないよなぁ。あくまで地下アイドルである彩香さんを取材したいだけだよな」


「ろ、録藤記者。あなたこそなぜ西城さんの事情を知っているのですか?」

「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ。彼女が地下アイドルだという事実は非公開情報のはずだろ。ちゃんと脚本は読んだのか?」

「はぁ、まさか録藤記者に計画を阻まれるとは……」


 墨守は大きなため息を吐いて、そのままコントローラーから手を離した。よって、自動的に僕らの勝利となった。これにともない、西城さんは解放された。


「やりましたよ、彩香さんっ!」

「うわ~、えげつないことするわね。私が墨守さんだったら、ちょっと泣いていたかも」


 どうにも釈然としないことをいう彩香さん。僕だって数少ない知人にたいしてこのような仕打ちをしたいとは思っていない。だからこの戦法を使うのは嫌だったのだけど……。


「嘘うそ、冗談よ。本気にしないで。本当にありがとうね、智也君」

「……なんか照れくさいですね」


 女神のように微笑む彩香さんを見ながら、僕は鼻をこすった。このような笑みが見れるならば、どうにかこうにか墨守をやり過ごした甲斐があったというものだ。

 すると、今まで茫然自失としていた墨守は席を立った。同じく動揺を隠せない新聞部員たちをまとめ上げて、撤収の準備をする。


「さてと、負け犬は負け犬らしく尻尾を巻いて退散することにしますよ」

「あ、おい待てよ、聞いてないことがまだたくさん――」

「さてなんのことやら。それは今この場でしなければならない話でしょうか?」


 そういって、どこか憂いのある表情を浮かべる墨守。そんな姿を見ていると、どうにも胸が締め付けられる。だけど、ここで彼女を引き留める言葉を知らなかった。それにこの場には番組のスタッフが多すぎる。きちんとした話などできない。


「墨守……」

「……では、また部室にて。編集会議を行いますので」

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