第16話 デートは続くよ、どこまでも
その後、ゲームセンターを出た僕であったが、面倒事はまだ残っていた。
解放された喜びからかテンションが随分と高い彩香さんにより、観光兼ショッピングに付き合わされることになってしまった。
東京とはまた違った趣の繫華街に興味津々な彩香さん。何かと理由をこじつけては寄り道をするのだ。僕もただ従うばかりではなく、隙をみては帰路への軌道修正を試みるのだけど、最終的には彼女のペースへ引きずり込まれてしまう。
彼女のキラキラと輝くサファイアみたいな瞳にお願いされると、つい譲歩してしまうのだ。魔術的な力でも働いているのだろうか。プロを目指すアイドルの名は伊達じゃない。
そんなこんなで時間はあっという間に経過していき、観光を終える頃には周囲がすっかりと暗くなってきていた。「あともう一軒だけ」とわめく彼女を半ば強引に引きずって、ターミナル駅へとむかう。
ラブコメノルマの達成にむけて始まったこのデート。初っ端から墨守率いる新聞部員たちの妨害で、一時は番組進行の危機と相成ったが、ゲームによる決着と囁き戦術によって、一応の解決を見た。しかし、これが放課後の出来事かと思うと、今までの精神的・肉体的な疲労を感じずにはいられない。早く帰宅してエナジードリンクを一気飲みしたいぜ。
「いやぁ、楽しかったわ。こうして実店舗で買い物をするのも意外と乙なものねぇ!」
喜々とした表情を浮かべながら、頬を撫でる彩香さん。
口からご機嫌な音色が漏れる。
そういえば彼女、最近まで仕事で忙しかったらしく、買い物さえ満足に出来ていないと愚痴っていた。こうして優雅にショッピングを楽しむこと自体、久しぶりのことなのだろう。そう考えてみるとこうもテンションが高いのにも納得がいく。
我が姉の弁によれば「女の子はスイーツとショッピングと冒涜的で形容しがたい何かで出来ている」らしいし。どうやら女の子は皆、邪神を宿しているらしい。そんなわけあるか。
「それはよかったです。いい気晴らしになったのなら」
「後半は服ばかりで悪かったわ。退屈だったでしょ?」
「……ええ、まあ」
と曖昧な返事をする僕だけれど、正直にいえば買い物に付き合うのは結構楽しかった。服を選んでは試着して値札とにらめっこをする彼女を眺めるのは娯楽性に富んでいた。それにどんな服を着ていても似合うのだから眼福だ。
次にデートをするのなら今日買った服を着てくれないかなぁ、なんて。
まあ、本人を前にそんなことを言えるわけもなく、そっぽをむいて誤魔化す。
「それよりも彩香さん。墨守の件についてなんですけど……」
「まさか、智也君の周辺に関係者が紛れていたとはね。気が抜けないわね」
「ですが、裏を返せば、墨守だったので彼女が仕掛人だと分かりました。もし交友のない新聞部員が仕掛人だった場合、うっかり口走っていたかもしれません」
「後はキャラクター性の問題ね。取材に固執しすぎたのよ、墨守さんは」
そうはいっても墨守とは一年半の仲である。クラスも部活も同じであればいけ好かないやつであっても、その癖みたいなものは把握するものである。なんなら、いけ好かないからこそ、独特な癖を把握しているのである。今回の件においいぇはそれが仇となった。
事実、墨守が仕掛人だと気がついたのは、普段とは違う仕草だったのだから。
「やはりあの運動部に嫌われている墨守が、ラグビー部を引き連れてきたらおかしいと思いますよね。実際、それを機にこの可能性を思いついたわけですし」
「そう考えると、これって『脚本家』のミスじゃないの?」
唇の下に人差し指を置いて、思案していた彩香さん。
不意にそんなことを口にする。
たしかに。彼女のいう通りかもしれない。
もし墨守が取材にこだわらず、友人として彼女に接近し、悩み事相談をする仲になっていたならば。あるいは強硬取材にこだわっていなければ、ラグビー部に増援を頼まなければ。きっと僕らは適切な対処をとれなかっただろう。
いわば、今回の一件に関しては僕らが上手くやったというよりは、むしろ『脚本家』のキャスティングミスとシナリオの強引さに助けられたというわけだ。
「……というより、僕らの行動が脚本家の意図から離れてきているのか?」
「そうかも知れないわね。それに今回の行動で番組側に疑念を抱かせた可能性もあるわ」
彩香さんは神妙な顔で呟いた。あわせてうなずく、その意見には同意する。以前より執拗に関係性について問い続けた墨守、並びに新聞部。そんな彼らは番組側が今回の件に合わせて買収したキャストだったわけだ。番組についてどの程度把握しているのかは不明だが。
本来彼らは、僕らの関係性を進展させるための敵役だったのだろう。西城彩香が『幼馴染で婚約者、未来の花嫁にしてメイドの美少女』であると刷り込むことを目的に。
しかし、当初の計画は僕らの関係性が急速に進展したことにより(僕が裏事情を把握したうえで彼女に協力したことにより)、役割を果たせなかった。それに加え、墨守の暴走気味な取材により、脚本家の意図から逸れた。それが今回の件から推察できることだ。
そんな中新聞部員たちと行ったゲーム対決。それは一見すると、墨守の暴走を止めるためにエセ恋TV側が強行したテコ入れのように思えるけど、それは都合のいい解釈だと思う。
僕が『西城彩香』という人間をどこまで知っているのか把握する。
それこそが唐突なゲーム対決の真の目的だったのだろう。その証拠にゲーム対決を露骨に反対していた墨守は一本の電話で態度を翻したわけだ。
実際、さっきの幕切れにより、僕が裏事情の一部を把握していることが露呈した可能性がある。この番組を担当する人間は彩香さん曰くかなりの切れ者らしい。今後、なんらかの形でテコ入れや進行の修正を行ってくる可能性は高い。
こちらもなんらかの策を講じたほうが酔うのだろうか?
「そんなに気負わなくてもいいと思うけど。心配なの?」
「意外と楽観的なんですね」
「まあね。そうじゃなきゃ、こんな仕事なんてできないわ」
彩香さんは深淵より深いため息を吐く。
その表情には今までの苦労が浮かんでいた。
「それにPPP放送だって別にエセ恋TVを潰したいわけじゃないわ。仮に智也君が事情を察したとしても、それはそれで面白いじゃない。収録は続くはずだわ」
「たしかに。PPP放送の目玉企画という位置付けならば、簡単に手は引けないのか」
「それに私たちならば、相手が何をしてきても、なんとかできそうじゃない?」
「……そうですね。これからも頑張っていきますか」
「それでよろしいっ! 流石は智也君ね。仕掛人オーディションに合格してよかったわ」
「オーディションって僕を騙す人を決めるためのやつですか?」
「ええ、そもそも『サイジョウサヤカ』は私じゃなかったのよね」
「……といいますと?」
「本当は、私の立ち位置、つまり『サイジョウサヤカ』を演じる人がいたのだけど、不慮の事故にあったらしいわ。それで急遽、オーディションで決めることになったらしいの」
「ほ、本来の『幼馴染で婚約者、未来の花嫁にしてメイドの美少女』って彩香さんじゃなかったんですか?」
「ええ。この役は『劇団色彩』の『鏡国有栖』さんの予定だったそうよ」
「げ、劇団色彩の鏡国有栖⁉」
彩香さんの告白に強い衝撃を受ける。『色彩』は言わずと知れた国際的な演劇集団である。そのルーツは戦前までさかのぼることができるほど長い。
また映画やテレビ業界にも強いコネクションがあり、この劇団に属することが役者としての登竜門とうたわれるほどだ。そんな劇団において、今最も影響力のある女優こそが鏡国有栖である。
彼女の初主演作である『ブリテンの女騎士アーサー』から頭角を現し、今ではテレビをつければどのチャンネルでも彼女の姿を目にするほどの売れっ子だ。そんな大スターをこんなしょうもないドッキリのために投入しようとしていたとは。いやはやPPP放送のエセ恋TVにかける意欲は凄まじい。
「けれど彼女、この前の大阪公演で結構大きな怪我をしてしまったらしいの」
「あの鏡国さんが?」
「ええ。なんでも『カムランの戦い』のリハーサルの際にモードレッド役がやらかしちゃったそうよ」
「またやらかしたのか……」
「あら、智也君も意外と『色彩』のファンみたいね。今度一緒に見に行きましょ」
「彩香さんこそ結構ファンみたいですね。喜んでお供しますよ」
今日一日の『デート』で分かったことだけど、彩香さんとは趣味が意外と近い。
なのでこうして共通の趣味に関して話している時が一番楽しかったりする。
「まあ、そういうわけで私が鏡国有栖の後任よ」
「じゃあ最初から彩香さんがこの役にスカウトされていたわけじゃないんですね」
「そうね。何といっても鏡国有栖の後釜は万人が欲する枠だからね。実際、オーディションには『ラグナ☆ロック』の愛妹モコもエントリーしていたらしいし」
「でもそんなオーディションを勝ち抜いたのが、彩香さんなんですよね」
尊敬の念を抱いていると、彩香さんはすこし呆れたような顔をした後に息を吐いた。
「というより、私ぐらいしか出来る人がいなかったというほうが適切ね。やっぱり年頃の男の子の家に同棲っていうハードルが高かったみたい。でもそれを考慮しても、私にとってこの仕事はメリットが余りあるほどだったわ。プロのアイドルになれる訳だし。でもそれ以上に」
「それ以上に?」
聞き返すとフフっと笑みをこぼした彩香さん。穏やかな表情のまま――
「ターゲットのデータを見た時にね、なんというか、ピピッときたのよね。『この人なら、いいかも』って」
悪戯っぽくこちらに見つめてきたのだ。
「えっ、あっと、それは……」
それはつまり。
彩香さんは僕のことを……。
いやいや、騙されるな。録藤智也。
彼女はアイドルで、おまけに僕を騙しに来たんだ。いわば美人局だ。たしかに僕のことを慕ってくれているが、それはフェイク。アイドルになる為の足掛かりとしか思っていないはずだ。
だから、はやまるな。心臓。
そうやって自分をどうにか落ち着けようとしていると――
「これ、今日のご褒美」
彩香さんは暖かい笑みを浮かべ、そのまま僕の頬に口づけした。
永遠のように感じられた刹那。
衝撃と喜びが入り混じった、現実かどうかも怪しい一瞬の出来事。
この間僅か3秒。
「これで分かってくれたかしら?」
「……そ、それは仕事としてのサービスですよね。プライベートじゃないですよね!」
彼女から背を背けて、巨大な立て看板を見ながら苦し紛れに言葉を返す。
落ち着け。ここで動揺を見せれば、PPP放送に面白おかしく編集されるぞ。こんなに頬が熱いのは二週間、忙しすぎて風邪を引いただけだ。随分と強引に自分を騙すことにした。
「さて、どうでしょう? それぐらい自分で考えたら?」
こちらに顔を近づけて囁くように呟く彩香さん。衝撃のあまり呆然と立ちつくしてしまう。そんな僕を置いて彼女は足早にターミナル駅へと駆けていく。それはずるいよ。ぐちゃぐちゃになった思考をなんとかまとめて、彼女の背中を追った。
こうして、激動の二週間がようやく幕を閉じた訳だが。
それはあくまで序章の終了に過ぎなかった。
……ちなみに電車の中では一言も会話が無かった事を追記しておく。
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