第14話 激闘、ゴシップモンスター(中)

「ま、ざっとこんなものね」

「いや、強すぎですよ、彩香さんっ!」


 ゲーム開始から十五分後。試合による疲労をいたわるように肩を回す彩香さん。緊張からの解放を喜ぶように息を吐く。

 じんわりと勝利を噛みしめる表情を浮かべながら。そんな彼女とは対照的なのは有志連合の諸君だ。使用した筐体の周りには――


「うわ~ん、ママぁ、この三下風情が強すぎるよぉ」「馬鹿な、この僕がテータを捨てたうえで挑んだというのに……」「くっ、一思いに殺せっ」「ギアが錆びちまってたみたいだぜ……」「敗北を認める以外あり得ない……」


 敗北した彼らの悲痛な叫びが響いていた。ゲーセンの床に這いつくばり、視覚的にも大変みじめである。それだけこのゲームに自信があったということだろうが。

 若干ではあるものの、同情を覚えないわけではない。彼らだってまさか完敗を喫するとは考えなかっただろうから。

 彗星のごとく現れた謎多き転校生こと西城彩香。一見するとゲームにさえ触れたことがなさそうな金髪碧眼美少女。そんな彼女が生粋の音ゲーマーだとは、考えやしないよなぁ。


「ふふっ、ごめんなさいね。だけど相手が誰であろうと決して手を抜かない主義なの。今回は特に負けられない試合だったしね」

「フェアプレイ精神は素晴らしいですけど、流石にやりすぎじゃないですか。彼らだって予想しない戦いだったわけですし、可哀想じゃないですか」

「あら、随分と敵の肩を持つのね。やっぱり、私より部活仲間のほうが大切?」

「まさか。彼らは有志連合なので面識ないですよ。ただ、なぜそこまで全力を尽くしたのか気になったというか」

「愚問ね。私は『神槍の麗人』と呼ばれた女よ。手を抜けば戦ってきた相手に申し訳ないわ」


 ロンギヌスとグングニル。そう名付けられた特注のバチを見つめて、過ぎ去った時間を振り返るかのように微笑む彩香さん。今までに戦ってきた猛者との思い出を語りだす。


 例えば『新宿区の狼』との学生証を掛けた一戦。あるいは『消滅都市』との人命を賭した決戦。果てには全銀河系の希望を背負った『盲目の宮殿』との代理戦争。


「……あの、なんですか『盲目の宮殿』って」

「そいつは『輝くトラペゾヘドロン』とタッグを組んできて大変だったのよ」

「いや、そういうことじゃ……」

「それに『盲目の宮殿』の従者が狂気じみたセッションをするから、筐体の音が全然聞こえないのよ。だから見ながら叩くしかないのよ。やばいよね」

「やばいのは彩香さんですよ。なぜに宇宙的恐怖と対決してるんですか。……嘘ですよね」

「さあ、信じるか信じないかはあなた次第よ」


 不敵な笑みを浮かべる彩香さん。まるで思春期を殺した残酷な天使みたいだ。

 言葉を選ばずにいうなら完全に中二病患者だ。最初の『狼』に関してはまだ常識の範疇だと思う。今時そんなコテコテなヤンキーがいるかどうかは悩ましいけど。


 だけど、『消滅都市』や『盲目の宮殿』はどう見積もってもフィクションの域だ。なんだよ、銀河系をかけた音ゲーって。普通に楽しめないのか。たかがアーケードゲームに星々をチップにするなよ。こんな少年向けカードゲームみたいな展開が現実だとは信じたくない。


 でもまあ、恐らくこれもテレビ局のシナリオだと思う。彩香さんがこのような設定を打ち明けた時に僕がどんな反応をするのか、みたいな企画。この番組なら十二分にあり得る。


「……大変なんですね。同情しますよ」

「どういう同情か知らないけれど、ちょっとムカつくわね」


 眉をひそめる彩香さん。しかしすぐに明るい表情に切り替わる。


「さておき、邪魔者はいなくなったことだし、そろそろ帰りましょ」

「賛成です。正直ツッコミに疲れ切っていたので」


 この二週間、彩香さんに振り回されっぱなしだった僕はもうクタクタ。さらに今日は一日中墨守に追い回されていたので、心身ともに疲労困憊である。早く帰宅してベッドで泥のように眠りたい。あわよくば明日の夕暮れ時まで寝ていたい。その際は番組の干渉を受けずにね。


 それこそが今現在、僕が抱いている壮大な野望であった。

 だけど、そう上手くいくならば、このような状況にはなっていないんだよなぁ。

 これですんなり解決とはいかないよなぁ。敵対している相手を考えるに。


「――しません。帰しませんよ、お二人ともっ!」

「だよなぁー」


 背後から響くは甲高い声。怒りと動揺が入り混じっていてどこかヒステリックに感じる。やはり禍根を残さない決闘なんてないようで。嫌々ながら振り返るとそこにいたのは筐体サイズのゴシップモンスター。新聞部の墨守梨々花がそこにいた。


「やはり納得できません。お二人に根掘り葉掘りインタビューをしたいんです。あんな決着なんて認められません。不服申し立てますっ!」


 その場で地団駄を踏みながら、子供みたくごねる墨守。スーパーのお菓子売り場でよく目にする光景だけどその要求がえげつない。シール付きチョコで機嫌直してくれないかなぁ。


「あら、まだいたの? 決着はついたじゃない」

「調子にのらないでください。泣きの一戦に付き合ってあげたのはわたくしなのですから」

「でも、この条件でいいと言ったのはあなたよ。今更なしっていうのはおかしくない?」

「へっ、そんな約束なんて守る意味なんてありませんよ」

「……悪いけど今度にしてくれないかしら。これから婚約者とディナーなのよ」


 淑女のような笑みを浮かべる彩香さん。僕の右腕に身体をくっつける。もちろん、番組のために行った演技なのだけど、つい心臓が早くなる。役得だなぁ。


 しかし、外野陣からは不評だったようでブーイングの嵐が巻き起こる。ここのギャラリーって新聞部の味方なのか。それとも単純に「リア充爆発しろ」ってことなのか。たいして羨ましくないと思うぞ、僕の状況は。


「じゃあ、命乞いします。今の試合を無効にしてください。お願いします」

「……え、嫌だけど。そんな条件じゃ」

「あなたのそういうところが嫌いです。お花畑さんっ!」


 しっかりと頭を下げて懇願する墨守。尊大な態度だった彩香さんとは大違い。プライドはないのかよ。だけど、さらりと却下されてしまった。自分を棚にあげるのが上手だぜ。


「なあ、そろそろ止めてくれないか、墨守。僕はともかく彼女が困っているんだ」


 出鼻をくじかれた墨守を追撃する。これを機にどうにか諦めてくれないか。そして僕に安息と健やかな睡眠を提供してはくれないか。もうこれ以上面倒事を増やしたくないんだ。どうか理解してくれないか。墨守よ。そんな思いを視線に込める。その時、奇跡は起こった。


「……まったく、しょうがない方々ですね」


 なんと墨守がこちらに手を差し伸べたのだ。あのゴシップモンスターであっても、念じれば通じることがあるみたいだ。予想外の展開ではあるけれど、これを拒む意味はない。


「どうやら粘った甲斐があったみたいですね」

「ええ、たまにはこういうアクセントも悪くなかったわね」


 優しい笑顔で墨守の手を握る彩香さん。二人の和解は僕の望みだったので、つい頬が緩んでしまう。よかった、これで僕の心労が一つ減る。

 そんな思いをはせていたので、彼女の背後から迫ってくるラグビー部員の存在に気付かなかった。一瞬のうちに羽交い締めにされ、捕らわれてしまった。


「彩香さんっ!」

「ふふっ、相変わらず爪が甘いんですよ。録藤記者は。お花畑さんは預かりました。返して欲しければわたくしとゲームをしてください」

「なっ、なんだってぇ!」

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