第13話 激闘、ゴシップモンスター(上)

「いや、帰ろうとしないでくださいよ」


 筐体から流れるBGMに混ざって、僕を呼び止める声が聞こえた。焦りと動揺が絡み合っている少女のもの。普通であれば、ここで足を止めて振り返るべきなのだろうが、あえて歩調を早める。だって、この声の主は。


「インタビューから逃げるなんて許しませんよ。録藤記者」

「「…………」」


 件のゴシップモンスター、墨守梨々花なのだから。

 これから悪質な取材を行おうとする記者にかける情けなどない。背後から迫る叫びを無視して、彩香さんを追う。

 しかし、そんな意図に反して僕はその場にとどまってしまう。

 出入口には新聞部の別働隊が待機していた。僕らを確保するために。どうやら、一度失敗した手段は別の場所でも上手くいかないらしい。あきれを通り越して笑みがこぼれる。


「あちゃ~、ダメみたいですよ」

「みたいね。厄介ったらありゃしないわ」


 ため息を漏らす彩香さん。頭に手を置いて物憂げな表情を浮かべている。しかし瞳からは失望の色は見られない。むしろ、口元は若干緩んでいる。

 まあ、「こんな手段じゃ包囲網を突破できないよね」という冷笑的な笑みだけど。不憫だ、彩香さん。


「厄介なのは西城さんのほうですよ。ゲームセンターでの騒動に乗じて新聞部を撒くとは。不倫中の芸能人でもしませんよ、そんなこと」

「ふふっ、この程度、婚約者の嗜みでしてよ」

「どこにそんな婚約者がいますか。というか、後ろめたさことがあるから、そのような逃走を試みるのでしょう? 洗いざらい話してもらいますから」


 こうなれば周辺のギャラリーを巻き込んで、部員を混乱させるしかない。その考えをもとに周辺を見渡すも、彼らの表情は明るい。皆、スマホのカメラをこちらに向けて観覧ムード。どうやら、ある種のフラッシュモブだと勘違いしているらしい。彩香さんも首を横に振る。


【その手段は悪手よ、諦めたほうがいいわ】

【騒動に乗じれば、墨守だって諦めます。それに賭けませんか?】

【……ダメ、それじゃ奴らに気づかれちゃうもの】


 彩香さんは視線をちらりと後ろに向ける。つられて振り返ると、ギャラリーの中に怪しい影がちらほらと紛れていることに気が付く。

 そう、エセ恋TVのスタッフたちだ。

 一見すると、通行人にしか見えない彼らだが、よく観察していくと不可思議な点だらけ。

 たとえば、そこの大学生風の男性はカバンをロケットランチャーのように抱えているのだけど、多分中身はテレビカメラなのだろう。その証拠に顔色がどんなに紫色に変わっても、カバンを下ろそうとしない。他にも、異様に顔を合わせるOL風の女性や中年のサラリーマンがこの場にいることも、彼らがスタッフであることを裏付けている。


 となれば、この場で乱闘騒ぎを起こすことはリスクが高いわけだ。立ち振る舞い次第では、ばれてしまうかもしれない。僕が番組の存在を知ったことが。


「わたくしも騒ぎを大きくしたいわけじゃありません。ですので、取材に協力していただけませんか? 彼らが独断と偏見で行動を開始する前に」


 墨守はそう言って指を鳴らす。それを合図に新聞部の連中がにじり寄ってくる。実力行使も辞さない考えなのか、墨守は。しかも、こんな公然の場で堂々と。どうかしてるぜ。

 犠牲を伴っても行うべき取材じゃないと思うのだけど。

 ズキズキと痛む頭を抑えながら、メッセージを送る。


【新聞部の円陣を突破して、脱出しませんか?】

【スタッフが見ている状態で逃げるのは得策じゃないわ。それ以前にあの肉壁をすり抜けていくのは無理があると思うのだけど】


 たしかに、彩香さんの忠告はもっともだ。十数人の部員によって構成された筋肉の壁はネズミ一匹さえ通る隙間はなく、相当の衝撃を与えないと崩れそうにない。


【……だけど、おかしくないか?】

【どういうことなの、智也君】

【こんな妨害策がなされていること自体、あり得ないんですよ】


 新聞部というのは言わずもがな、文化部であり、その構成員はぶっちゃけていえば、もやしのような連中が大多数を占めている。新聞部においては、この僕でさえ体格に恵まれているという扱いだ。もちろん、荒事担当班など存在しない。


 しかし、この壁を形成している奴らは、筋肉を友とするようなゴリゴリの体育会系な体格を有している。この事実に目をつぶることはできない。その気持ちを墨守にぶつける。


「こんな筋肉ゴリラは新聞部にいなかっただろっ!」

「ええ、そうですけど。むしろ、今の今まで疑問に思わなかった録藤記者のほうがおかしいのではありません?」

「……お前の相手で精一杯だったんだよ。で、そいつらは誰なんだ?」

「有志連合です。野球部を除いた運動部を中心に、あなたがたを捕まえるためだけに仮入部させました。もっとも中核を担ってもらっているのはラグビー部ですが」

「――絶句」


 そう呟くために開いた口が塞がらない。リアクションも出てこない。ただ、墨守の勝ち誇ったドヤ顔を眺めることしかできない。そうなってしまうほどに意味不明だった。

 あの墨守梨々花がラグビー部の連中を従えているという事実は。

 運動部のスクープを喜々として取材する墨守は、当然ながら連中に嫌われている。彼女の記事によって、大会出場を逃した者は数知れない。いや、そもそも倫理的な欠陥を有しているほうが悪いのかも知れないけど。とくに司令塔の出場を阻まれたラグビー部の恨みは深い。

 それに新聞部は部長の弱みを握ることによって、文化部の九割を傘下におさめていた。恫喝外交ここに極まれり。その甲斐あって、文化部の代表という地位を確立している。

 ゆえに運動部と文化部は事実上の冷戦状態にあった。それは無論、ラグビー部と新聞部の険悪さに起因していた。そんな二つの部が結束するなんて。首をかしげてしまう。

 呉越同舟となっても、僕らにインタビューをするメリットなどあるのだろうか?


「もちろん、取材にご協力くださいますよね? 西城さん」

「ご生憎サマ。あなたの質問に答える気はこれっぽっちもないわ」

「そうですか。ならばどのように決着をつけるつもりで?」


 ラグビー部を周囲に侍らせながら、下衆な笑みを浮かべる墨守。その姿勢からはある種の狂気を感じてしまう。そんな相手にたいして一歩も譲らない彩香さん。腕を組みながら挑発の姿勢を取る。いかにも面倒事が勃発しそうな雰囲気。観客のボルテージはMAXへ。

 先に仕掛けたのは彩香さんだった。墨守を指差しこう告げた。


「――ゲーム対決をしましょ」

「「はい?」」


 あまりに唐突で取り留めのない宣言に、思わず首をかしげてしまう。それはなにも僕だけではなく、墨守も同様に動揺を見せている。そんな僕らの様子など気に掛けるそぶりもなく、言葉を続ける。


「ほら、この状況だと新聞部は武力行使にでるわけでしょ」

「はあ、まあ。あなたが喋らないのならば、そうせざるを得ませんので」

「それはお互いに本意ではないわけでしょ。ならば公平性が担保されているゲームで決着をつけるというのは良いアイデアだと思うのだけど」

「……わたくしたちからすると、その案に乗るメリットが存在しませんけど」

「なら、五人まとめてかかってきなさいよ。一勝でもできたらインタビューに協力するわ」

「…………言いくるめようとしても無駄ですから」

「いえ、これは命乞いよ。これが私にできる精一杯なの。あなたたちは私の悪あがきに付き合うだけでいいの。それでお互い無駄な争いをしないですむのだから、悪くないでしょ」


 そう言いつつも、尊大な態度を一切崩さない彩香さん。かつてこれほど高潔な命乞いが存在しただろうか。だが、彼女の持つ絶大な演技力によって、この理屈が正しく聞こえてくるのだから不思議である。これならば墨守も条件をのんでくれるかもしれない。

 そう期待したものの、墨守はなおも食い下がる。


「生憎、命乞いは聞かない主義でしてね。それに依然としてわたくしたちにメリットはないですし。あなたのような強者に誰が挑むのですか」


 三文芝居にはだまされない墨守。残念ながら悪あがきは失敗に終わったようだ。

 ああ、無念。エセ恋TVもここまでか。がっくしと肩を落とす僕を見ても墨守は表情を変えることなく、淡々と語りを続ける。


「そんな態度ならば、こちらも質問を尋問へ変えざるを得ませんね。……っと失礼」


 最後通牒を告げようとしたその瞬間、墨守の持つスマートフォンに着信が入った。嫌悪感をあらわにしながら、彼女は電話を取る。こんなタイミングでも応対するとは誰からの電話なのだろうか。


 疑問を抱いていると墨守の表情が唐突に青ざめた。小さな声で「え、それは決定事項なのですか」と聞こえる。約一分の通話で分かりやすく憔悴していった墨守。その顔には覇気が見られない。なんの電話だろうか。最後に小さくうなずいて、スマホを耳から離した。

 そのまま僕らのほうを向くと、力なく呟いた。


「……それでいいです」

「はい?」

「…………ゲームで決着をつけることにしましょう」

「本気なのかよ? 墨守」

「本意ではありませんけれど……今回の一件はすべてゲームで決めることにしましょう」

「私がいうのはなんだけど、よく受ける気になったわね」

「こちらの事情が変わったので、致し方ありません。そのかわり、対決に使用するゲームはあれにさせてくれませんか?」


 そう言って、墨守が指定したのはリズムゲームだった。大型モニターの前に太鼓が設置されている。もう二十年以上、ゲームセンターに君臨する有名なゲーム。


「あ、これは彩香さんがまだやってないやつですよね」

「太鼓のやつかぁ~」


 デモムービーを眺めながら、素っ気なくつぶやく彩香さん。あごに手を当てながら、なにやら険しい表情を浮かべている。今までのゲームでは見せなかったリアクション。


「あれ、これはあまりに好きじゃない感じですか?」

「いえ、そんなことはないのだけれど」

「……まさか、苦手なんですか?」

「べつに。まあまあ上手なほうだと思うわよ、私」


 というものの、どこか煮え切らない態度。その様子を見て気力を回復させる墨守。もしかすると、このゲームならば彩香さんに勝てるかもしれない。そう考えているのだろう。有志連合と緊急会議を開いて、代表の選出に取り掛かった。


「彩香さん、本当に大丈夫なんですかっ?」

「…………」

「ふっ、先程までの威勢はどこにいったのです。あなたが希望した試合ですのに。その様子ではわたくしたちの勝利は間違いない、ですよね?」


「あぁ~ん、三下風情にオレ様が負けるわけねーだろぉ」「僕が本気を出せば一瞬でしょう。せめて面白いデータが採れるといいのですが……」「降参したほうがいい。ボクの【音符を破壊する程度の能力】には敵わないのだから」「封印されたギアチェンジ。ここで使うぜ」「うぅ~ん、勝利以外ありえませんぞwww」


「よくもまあ、そんなアクの強い連中を選出したなっ」


 一人ひとりが彩香さんとは違ったベクトルでテンションが高くて胃もたれしそうになる。正直、どうにも演技じみている気がしてならないのだ。なぜだか胸がざわつく。


「……この五人でいいの?」

「もちろん。というわけで対戦を始めても?」

「ええ。だけど、逃げるならば今のうちよ、新聞部員さん」

「相変わらず口が減らないですね。対戦ルールはスコアバトルで、総合得点が一番高い者が勝者となります。なお、新聞部は五人が出場する。それでいいでしょうか?」


 スマホの画面を確認しながら、たどたどしく読み上げる墨守。僕もこのゲームには明るくないが、それは彼女も同じようだ。なおさらこの勝負を受けた理由はわからないな。

 しかし、聞いただけでわかることがあるとすれば、この条件では彩香さんが圧倒的に不利であるということだ。どれだけの実力者でも、多数を相手にするとなると分が悪い。

 しかし、それを百も承知している彩香さんは首を縦に振る。


「このルールは厳守されるのでしょうね?」

「もちろんですとも。だけど、決着後の物言いは御免ですよ」

「「「「「勝てると思うなよっ!」」」」」


 そう叫びながら筐体からバチを取り出す新聞部員たち。どうやらすでに臨戦態勢へと移行した模様。彼らの声と共に観客のテンションも上がっていく。なかなかの地獄絵図。

 しかし、彩香さんは気に掛けるそぶりも見せない。


「安心していいわよ、智也君。私、絶対に負けないから」

「けど、このゲーム、苦手なんですよね?」

「苦手? まさか」


 ふと不敵な笑みを浮かべると制服のスカートをたくし上げる。

 サービスシーンの到来か。と思いきや、内ポケットから道具を取り出しただけだった。プラスチック製の棒状の物体が二本。それはまさか。


「そう。この音ゲー専用に特注したバチよ。赤色がロンギヌスで、青がグングニルなの」

「まさか……」

「さあ、ゲームを始めましょ。【神槍の令嬢】と呼ばれた実力、見せてあげる」


 ああ、これは勝ったわ。だって彩香さん、絶対ガチゲーマーだもの。

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