第12話 突撃取材、墨守梨々花(下)
「やったわぁっ! ずっと前から来たかったのよっ!」
碧眼をギラギラと輝かせ、無邪気に歓声をあげる彩香さん。天にものぼる勢いで喜ぶ彼女を眺めながら、僕や新聞部の面々は違和感に首を傾げていた。あれ、もっとこうシリアスなムードじゃなかったか、と。どうしてはしゃいでいるのか、と。
「あっ、この筐体、アップデートされてるじゃんっ! 知らなかったぁ!」
そう言いながら触れた筐体はレースゲーム。
慣れた挙動でシートに座り、純白の愛車で首都高速を爆走する彩香さん。地元の強者ドライバーたちをごぼう抜きしていく。鮮やかなハンドルさばきによるドリフトは驚愕の一言。かなりやりこんでいる人のプレイだ。新聞部員の一部はライバル意識を燃やしていた。どうやら腕には自信があるようで。けれども、僕たちの疑問は深まるばかり。
「どういうことです、録藤記者?」
「僕に聞くなよ。彩香さんに聞いてくれ」
説明を欲する墨守に返す言葉はない。僕もこの状況を理解できていないのだ。まさかここに来ることになるとは。心の中で小さく呟いた。
彩香さんの提案で訪れたのは、繫華街にある商業ビル。取材を受けるに際して最も都合のよい場所はその三階に位置していた。
学校から三十分かけて、ようやく到着。
周囲をぐるりと見渡すと、決して広いとはいえないテナント内に、格闘ゲーム、リズムゲーム、デジタルカードゲーム、シューティングゲームと様々な筐体が並んでいた。
そう、ここはゲームセンター。有名なチェーン店で、僕もちょいちょい遊びにくる店舗だ。
共書がクレーンゲームで一万円ほど飲まれたのが記憶に新しい。意外かもしれないが、彼はゲームに関しては下手の横好きなのである。
というこぼれ話はともかく。
現在の問題は、なぜ彼女が取材を受けるに際して、ゲームセンターを指定したのか。その一点に尽きる。無事に一位となった彩香さんにヒーローインタビュー。
「あの~、彩香さん?」
「えっ、なにか言ったかしら? あら、新しいカード追加されたのねっ! やらなきゃ」
直撃インタビューもむなしく、さらりと受け流す彩香さん。児童向けアイドルゲームに興味を惹かれたようで。あっという間に逃げられてしまった。先程、新聞部員たちから逃走した時よりも早い。その力をさっき発揮してくれれば……。
軽快に高難易度クエストをクリアしていく彩香さん。その指運びは素人目に見ても圧巻の一言。墨守でさえ息をのんでプレイを見守っている。姉さんもよくこのゲームをプレイしていたが、そのプレイよりも上手だ。いや、着目すべきはそこではない。彼女を呼び止めなければ。
「彩香さ~んっ!」
「うぉぉぉっ! これは往年のゾンビシューティングじゃないっ! まさかこんなところで遊べるなんて、夢みたいだわっ!」
そう言っている間に、ゲームを始めている彩香さん。僕も巻き込んで協力プレイ。意図せぬ共同作業に心臓が早くなる。幸いにして、僕はシューティングゲームには自信があった。かっこいいところを見せなければ。しかし、いざ始まると彩香さんの天才的な射撃に驚くことしかできなかった。どうやら敵の出現位置を完全に把握している模様。結局、足手まといになってしまった。がっくりと肩を落とす。そんな僕を尻目に彩香さんはなおも暴走を続ける。
「さて、最新機種は大体チェックしたことだし、次は脱衣麻雀でも……」
「ちょっと待ってくれませんか。西城さん」
不穏な一言を残し、彩香さんが黒いのれんの先に消えようとした瞬間。
墨守は一切の予備動作を略して、彼女の肩をがっしり掴んだ。
「なぜ止めるのかしら、智也君」
行動を遮られたのが不満なのか、頬をアニメのキャラクターみたく膨らませ、遺憾の意を表明してくる。ご丁寧に右手に腰を当てて、左手で僕を指すポーズ。
しかし、そこには夫婦漫才の中で見せたわざとらしさはない。多分、素の彩香さんだ。
「なぜ私の行く手を阻むの? 自分のお金をどう使おうが勝手でしょっ!」
なにがなんでも脱衣麻雀に興じるという強い意志をうかがわせる彩香さん。十七年ほど生きてきたがここまで自身の欲望に正直な美少女は初めて見た。
その美少女が僕の幼馴染で婚約者にして未来の花嫁でありメイドだと思うと、気が重くなるけど。そういえば、彼女は地下アイドルでもあるため、お給料をもらっているのか。まあ、だからといって、脱衣麻雀に興じる理由にはならないけれど。というか、そこまでしたいか?
なので僕はこう反論する。
「べつに、お金の使い方には文句ないです。けれど、不純異性交遊を告発されたくなくて取材に応じたのではないですか。これじゃ元の木阿弥じゃないですか。奴らにネタを無償で提供しないでください」
「……あっ、やば」
ようやく我に返った彩香さん。
自身のこれまでの行動を思い出し、ブルーになっている模様。
もうなにがなんだか。
「それで、彩香さん」
「な、なんでありましょうか、隊長っ!」
「学校でいってましたよね。どうしても、とある場所に行きたいって」
「そうであります、隊長」
「もしかして、それがこのゲームセンターなんですか」
「イェッサーでありますっ!」
なぜか二等兵モードの彩香さん。背筋をピンと伸ばして敬礼を崩さない。さすがは僕をだますために送られてきた刺客だけあって、演技力はピカイチ。代わりに周囲のお客さんの好奇な視線が刺さるわけだが。しかも、新聞部員がたくさんいる分だけ外聞が悪い。
「落ち着いてくださいよ、彩香さん。ほら、ほかのお客さんの手前」
「ええ、そうね。土下座して詫びるしかないわね」
彼女はなんのためらいもなく、床に額をこすりつける。一瞬、玉子寿司のモノマネでも始めたのかと勘違いするほど綺麗な土下座だった。
その慣れた手際が哀愁を誘う。
これを傍からみると『暴力カレシが仲間を引き連れて、カノジョに謝罪を強要している図』なわけで。周囲のざわめきがどよめきに変化。このままでは確実に問題になる。
お願いだから謝らないでくれよ、彩香さん……。なんとか顔をあげさせ、新聞部員と協力して事情を説明したため、どうにか終息できたからよかったけどさ。
事後処理に追われる新聞部員たちを横目に、しゅんと萎れた彩香さんに訊ねる。
「どうしても行きたい場所って、ここなんですか? 洋服屋とかじゃなくて」
「こんなところ……⁉ ああ、智也君にとってはそんな認識なんだね」
裾を目元に当てて、よよよっ、と泣き真似をしてみせる。出会ってから二週間ほどしか経っていないが、こうした時に見せる仕草は、脚本に書かれたものではなく、彼女の素であると分かってきた。
それでもこの仕草には心臓がドキリと跳ねる。
まったく、チェリーボーイには優しくない美少女だ。不整脈になってしまうぜ。
「すみません、彩香さんのイメージとはかけ離れた場所だったもので……」
「私もアイドルになる前までは、興味がなかったのだけど、その、ファンの人たちってこういうの好きだから。いつの間にか趣味になってたの」
そう言いながら、どこか遠い目をする彩香さん。努力派アイドルな彼女のことだ。ファンと話をあわせるために勉強をするうちに、そのままハマっていったのだろう。無邪気にはしゃぐ姿をみればその様子は容易に想像できた。
すると、携帯電話がブルリと振動。ばれたらいけないメッセージが届いた合図。
【それに、ゲームセンターがノルマの一つだったのもあるわ】
【クリアするたびに撮影期間が短くなる、あれ、ですか】
【ええ、そうよ、だから無理やり連れてきちゃったの。振り回してごめんなさい】
【いえ、彩香さんのスーパープレイが見れて、楽しかったですよ。また来ましょうか】
【そう、良かったぁ~、嫌いだったらどうしようかと思ったよ】
ふと横を見ると、先程までとは打って変わってまばゆい笑みを浮かべる彩香さん。だから、そういう不意打ちはやめていただきたいのだけど。好きになってしまう。
「久々だったから、ちょっと羽を伸ばし過ぎたかも……」
彩香さんは僕を背にしながら、ゆっくりと腕を上げて、深呼吸。すると制服が引っ張られ、白くて柔らかそうな腹部がちらりと露出する。やばいな、思わずガン見してしまった。
「……どうかしたの? 智也君」
「い、いや、なんでもないですけど」
とっさに首を横に振る。それを見た彼女はそれ以上聞いてこなかった。
「じゃあ、他にも行きたいところがあるんだけど……。いいかな」
「うん、いきましょう。せっかくだから遊んじゃいましょうよ」
「やったぁ! 智也君、大好きぃ~!」
「えっ、ちょ」
大胆な告白をぶっかますも返事は聞かず、僕をおいて足を進めた。金色のポニーテールを左右に揺らしながら店を後にする彼女の顔は幸せに満ちあふれていた。
というか、なにか大切なことを忘れている気がするのだけど、気のせいだろうか?
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