第二章:『ラブコメはノルマである』〇か、×か。
第8話 召喚、アキバ系メイド
――恥じらいはどこにやったのだ。
共書はあきれた表情を浮かべる。反論できない。
あれから二週間後。清掃時間、教室の隅にて。
僕は彩香さんの愚痴を吐いていた。もちろん、語れる範囲で。
もっとも、彼にしてみれば惚気話にしか聞こえないらしいけれど。
あえてラブコメをしようとするのは、色々と大変なのである。
たとえば昨日の放課後なんて――
「ご主人さま、『あ~ん』してくださいませっ!」
「いきなりどうしたんですかっ⁉」
パフェの上に悠然と鎮座するバニラアイスをスプーンに乗せて、僕の口に運ぼうとする彩香さん。この時点で随分とおかしいのだけれど、まずは彼女の服装に注目してほしい。
そう、メイド服に身を包んでいたのだ。付け加えるならば、メイド服は秋葉原で見るような丈の短いタイプのもの。ちらりとのぞき見える太ももが心臓に悪い。
しかも、今、僕たちがいるのは自宅ではなく、近所のファミレスである。
唐突な行動。突拍子もない格好。さすがに動揺を隠しきれない。
婚約者らしく雑談に花を咲かせましょう、という誘いに乗って放課後に向かったのは、近所にあるファミレスだった。この地方を中心に店舗を構えるチェーン店。リーズナブルな定食とドリンクバーが魅力的で、時間を潰すには最適な場所だ。共書や墨守とはよく訪れる。
午後五時という絶妙な時間も相まって、客足はまばらだ。
しかし、だからといって、公然といちゃつくことは推奨されていない。
ましてやコスプレしたカノジョと、メイドカフェごっこに興じるべくもない。
当然だ。そんなのは社会の常識である。ゆえに困惑しながら訊ねる。
「あの、急にどうしたんですか?」
「あら、決まっているじゃない。私があなただけのメイドだからよ」
「そ、それはそうなんですけれど……」
鼻を鳴らしながら、すまし顔で答える彩香さん。その姿には自信が満ちていて、まるで注意したこちらが間違っているような気分になる。いや、まったく説明になっていないのだけど。
そもそも、メイドが『あ~ん』してくれるのは、世界でも日本、いや、アキバ系だけなのではないのだろうか。本場のメイドに詳しいわけではないので、断言はできないけれど。
「でも、僕は恥ずかしいんですよ。やめてください」
先程から、店内の四方八方から好奇の視線が集まっているのだ。
ファミレス内部の喧騒に耳を傾ければ――
「あらまあ、昼間からお盛んですわねぇ~」
「ホントねぇ。最近の乙女は食事も恋路も肉食なのねぇ~」
「むむ、不純異性交友ですか。スクープの気配がしますね」
ガヤの皆様の姦しい囁き声が聞こえてくる。
最後のやつにいたってはゴシップモンスターの墨守じゃないか。なぜここにいるんだよ。さてはあいつ、後を追ってきやがったな。そんな怒りなど知る余地もない墨守はカバンの中から小型パソコンを取り出し、記事作成に取り掛かった。
その情熱はどこから来るのやら。関わりたくないので気づかないふりをする。
それと『許せない』と呪詛を吐くBOTとなり果てたサラリーマンも意識しないことに決めた。願わくはこの人に幸あらんことを。
閑話休題。
店内の客から嫌な注目を集めているわけだが、彩香さんはまったく意に介すことはない。
「それがどうしたっていうのかしら。ぜんぜん問題ないじゃない。だって、私はあなただけのメイドなのだから、当然でしょ」
そう口では言うものの。
その瞳は天井を見つめていて、頬は朱色に染まっていた。
やっぱり恥ずかしいようだ。目は口程に物を言うとはよく言ったものだ。
まあ、こんな状態になっても、可愛らしいわけだが。
しかし、このままでは二人そろって変人の仲間入りをしてしまう。恋人と揶揄されるのは、この二週間の生活の中で慣れてきたけれど、変人扱いは困る。学校生活に支障がでる。
なんとかしてこの状況を打開しなければならない。
もしくは行動の意味を知りたい。
しばらくの間、思案していると、ひとつの可能性が浮かび上がった。
チャットアプリを起動して、文章を送る。
【もしかして、テレビ局から指示されているんですか?】
すると彩香さんは周囲を注意深く見渡した後、小さく頷いた。
ビンゴだ。彼女が突飛な行動に出るときは、たいていテレビ局が関係している。
スカートの上で高速でフリップ入力。
【その通りよ。事前からラブコメ展開に対してノルマが課せられているの】
【ノルマ、ですか】
【ええ、今取り組んでいるノルマは『デザートとメイド』なの】
だから、ファミレスへいこうといい、いきなりメイド服に着替えたわけか。納得。こうしてノルマを課すことによって、ドッキリが円滑に進むように計画していたわけだ。どうやら、テレビ局には優秀なシナリオライターが在籍しているらしい。警戒しなければ。
【ちなみにそのノルマっていくつあるんですか?】
【十個よ。これを達成すれば、取れ高が確保できるらしいの。――つまりは三ヶ月経過しなくても収録を終了できるってことなの】
【それなら嫌でもノルマをこなすわけか】
【ええ、まさに飴と鞭って感じね】
面倒なうえに恥ずかしいラブコメ展開ノルマだけど、収録を短縮できると考えれば、やらないという選択肢がないわけで。随分とずる賢いシステムである。
けれど、それにしたってこのノルマなら、ファミレスでする必要はないのでは?
その旨を問うと、彼女は首を横に降った。
【私もそう思って、昨日の夜に実行しようとしたのだけれど。家の中じゃ、難なくこなすからダメだっていうのよ。だから、仕方なくここに来てやっているわけ】
【ち、ちょっと待ってください。そんな指示が届くってことは】
【多分、家の中にも隠しカメラがあるのでしょうね。油断も隙もあったものじゃないわ】
なんということだろう。まさか室内にまでテレビ局の魔の手が及んでいたとは。
というか、いつの間にカメラを設置したのだろうか?
隠しカメラの存在を把握していなかったので、彩香さんではない。では誰が?
家の中には彼女を除いて身内しか入れていないはずなのに。
となれば、僕らが授業を受けているときに忍び込んだのだろうが。
そんな指示が出るということは、客の中にスタッフが紛れ込んでいるのだろう。
井戸端会議に興じるお婆さん。記事を爆速執筆しているゴシップモンスター。嫉妬BOTと化したサラリーマン。その他の客、もしくは店員。
誰がテレビ局の人間でもおかしくないってわけだ。
だからといって、おめおめと尻尾を巻くわけにもいかないけど。
【そういうわけで、申し訳ないけれど、私と変人になってくれないかしら?】
【もちろんですとも。あの日から覚悟はできてます】
【ほんと、バカね。あなたは】
送られてきた文章とは違って、頬を緩める彩香さん。
この笑顔のためならば、バカップルを演じるのも悪くない。
むしろご褒美といってもいい。
「……そろそろ『あ~ん』してくれないとアイスが溶けてしまいますわ。ご主人さま」
「そうだな。僕の愛しのメイドよ。だがその前にいつものアレ、してくれないか?」
「ええっと、すみません、いつものアレって……」
「美味しくなる魔法だよ。マ・ホ・ウ」
東京は秋葉原に生息するジャパニーズ・メイドは皆、その魔法を使えるという。
恐らく古事記にもそう記載されているだろう。想像に難くない。
……という設定を強要した。それは意趣返しであり、僕の願望であった。
一体どのような魔法をかけてくれるのだろうか。期待が高まる。
「あ、そ、そうでしたわね。では僭越ながら……」
その意図を理解したのか。
小さく咳払いをした後、両手でハートをかたどって、魔法を唱えた。
「美味しくなぁれ。萌え蕩れキュ~ン」
アイドルとしてのプライドと、乙女の恥じらいが正面衝突し、形容しがたき可愛らしさを醸し出していた。プロ意識の塊かよ。
「で、では頂くとするよ。……ふふっ」
「め、召し上がれ。ご主人さま」
あえて「あ~ん」と発声しながら口を開く。形式美というやつだ。
彩香さんはアイスクリームを乗せたスプーンを突っ込んだ。
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