第4話 謎の転校生X(下)
つつがなく自己紹介を終えようとする彩香さんのもとに向かう。
きょとんと首を傾げる彼女の前に立ち、後頭部を掴んで屈ませる。
金髪碧眼の転校生に視線を合わせて、周囲に聞こえないような声で耳打ちした。
「なにをしにきたんですか」
「あら、どういうつもりと言われてても。高校生は高校に通うものでしょ?」
「だからって、僕の学校に転校してきますかね。せめて事前に教えてくださいよ」
「ちゃんと話すつもりだったけれど、智也君が話の途中で登校しちゃうんだもん」
完全に油断していた。これは僕の落ち度だ。
婚約者を称していきなり押しかけてきた彼女のことだ。目的のためならばどんな手段を用いてきてもおかしくない。
同じ高校に転校してくるなんて、火を見るよりも明らかだったろうに。今朝の話を最後まで聞かなかった僕が悪い。だからといってすんなりと受け入れられることでもないけれど。
「というか、なんで婚約者とか宣言しちゃうんですか」
「こういうのは早いうちにはっきりさせて方がいいのよ。後々のトラブルを割けるためにはコレが最善手だったの。分かってほしいなぁ」
「かもしれませんけど」
「よく考えてみてよ。私は君と同じ高校生なのよ。それにこの土地には親しい間柄が智也君しかいないの。だから転校するならば、この高校しか選択肢がなかったわけ」
「それは……」
彩香さんの言葉に言葉を詰まらせる。正論だ、これ以上ないほどの正論だ。
婚約者うんぬんの事情を除いて考えると、彼女は両親が無理をいって、家事の手伝いを頼んだわけだし。いや、そもそも高校生にそんなことを頼むなという問題はあるにせよ。
となれば、高校に関しては、僕の通う高校よりも良い選択肢はない。納得するしかない。
「……事情は把握しました。けれど、婚約者っていうのはどうにかしてごまかしてください。厄介なやつがいるんで」
「分かった、善処するわ」
「で、夫婦漫才は終わったのか」
「あ、ええ、大丈夫です」
頭上から声が響く。顔を起こすと、担任がにやりと笑いながら僕らを見下ろしていた。
親指をたて、平然とした態度を装って自分の席に戻った。
彼女を信じる以外に選択肢はない。キリキリと痛む胃をさする。コラテラルダメージだと思って割り切ることにした。
「ま、そういうわけで、西城彩香さんだそうだ。金髪は地毛らしいからどうこう言うなよ。問題は起こさずに仲良くしてやれ。以上」
ひより主義者の担任は、無責任なことを呟き、教室端のパイプ椅子に腰掛けた。
それと入れ替わるように一人の女子生徒が眉をひそめながら手を挙げる。
「あの、西城さん、でしたっけ?」
「あら、なにか質問がありましたか?」
「ええ、脳内お花畑さんに質問があります」
開口早々、毒舌を飛ばすのは
僕と同じ新聞部に属しているゴシップ担当にして腐れ縁である。郵便ポストよりリンゴ三つ分だけ高いマスコットじみた背丈とそれに相反する下衆じみた性格がいけ好かない女だ。僕を新聞部に強引に引き入れた張本人。それゆえに馬も合わず、悪口を言い合う仲である。
「単刀直入にお聞きしますが、録藤記者とはどのようなご関係で?」
猫なで声で下衆の勘繰りをする墨守。どうやら記事にできるのならば、身内といえども容赦はしないらしい。勘弁してくれよぉ。
そんな心中など知る余地もないクラスメートどもは再び騒ぎ出した。皆、誰も触れていなかったが、僕らの関係性が気になって仕方ないらしい。でもまあ、気になるよなぁ。だって僕も気になるんだもん。
適当にごまかしてくれ、という念を彩香さんに送る。それに気がついたのか、彼女は首を縦に振って、僕にだけ見えるようにブイサインを見せてくれた。大丈夫、だろうか。
「先ほど申し上げたように、私たちは婚約者ですが、なにか?」
涼しげな表情でサラッと言ってのける彩香さん。どうやら先ほど送った念というのは届いていなかったようだ。わざわざ火に油を注ぐなよ。
「ほほ~ん、わたくし、彼とは長いですが、聞いたことがありませんね」
「脳内が週刊誌のあなたには語らないだけでは?」
「お褒めに預かり光栄です。それで、どこまでが本当なのです? 録藤記者」
マイクに見立てた筆箱を頬に突き刺してくる墨守。どうやらインタビューの矛先はこちらに向かっているようだ。ヤバい、なんとかしてクラスメートが納得するような返答をつくらなければ。新学期早々、僕の高校生活が終わってしまう。
「……ええっと、彩香さんは僕の親戚で。家庭の事情により単身でこちらに転校することになって。その関係でうちで一緒に暮らすことになったんだ。婚約は幼少期の約束で、その、ジョークだ。皆も真面目に取り合わないでくれ」
なかなか上出来な嘘がつけた。それっぽい背景をでっちあげたのがよかった。
新聞部で鍛えたスキルが嫌な形で発揮された瞬間である。しかし、ゴシップモンスター墨守は騙しきれなかったようで。
「おやおやぁ~、彼に親しい親戚など存在しましたっけ? わたくしのもつ情報とは食い違う点が多いのですけど。本当なんでしょうか?」
「今初めて喋ったんだ。本邦初出しだったんだ。墨守が知らなくて当然だ」
「おや、ごまかしますか」
「いいや、これが事実なんだ。今月号の紙面、譲ってやるから」
「ならば次の一面で手を打ちましょうか」
最後まで噛みついてきたゴシップライターも、僕らが発行する校内新聞の紙面を譲ってやることで買収した。これで外野からの追及を免れた。
しかし、最大にして最強の不安要素である彩香さんが残っているのだけど。
「えー、そうですわ。親戚です、親戚。智也君には昔から迷惑をおかけしてますの」
完全な棒読みの彩香さん。その嘘はあながち間違ってなかった。
ただし、迷惑をかけられているのは今朝からなのだけれど。
「どうやら、そういうことになっているらしい。おまえら、余計な詮索をして面倒事を起こさないように。特に墨守は気をつけろ。それと録藤は不純異性交友にならないように」
最近子供が生まれた担任はとにかく不祥事を恐れているみたいだ。
教師も色々大変なのだろうが、もう少し僕を助けてくれないだろうか。
「それで、私はどこに座ればよいのでしょうか?」
「そうだな、西城を制御できるのは……録藤か。机と椅子を空き教室からもってきてやれ」
生徒に対して制御とかいうなよ。
それこそ問題にすれば面倒なことになるだろうに。
でもまあ、正直、近くにいたほうが制御しやすいというのは事実だけど。
「というわけで改めてよろしく。智也君」
「……はい」
クールで瀟洒な笑みを浮かべて手を差し出す彩香さん。
こうしているだけならば、美人で好感度抜群なのだけど、現実はフィクションのようにはできていないようで。
と、そこでチャイムが鳴って、ホームルームが終了した。
「おっと、お喋りが過ぎたみたいだ。課題提出は一限目にやるから準備しておくように」
ニコチンが枯渇したらしく、駆け足で教室を後にする担任。子供ができたら禁煙するという目標は残念ながら達成できなかったようで。
教室前方の扉が閉まると同時に、クラスメートは椅子から立ち上がった。
一限目開始まで残り十分。
そんなわずかな時間だというのに、彩香さんの席には円陣が出来上がっていた。なにせミステリアスな転校生なのだ。根掘り葉掘り、詮索したくなるのが人の常というもの。
無論、その輪の中心にいるのは、墨守記者なのだけど。
「あら、まだ聞きたいことがあって?」
「ええ、脳内お花畑さんに関する情報が足りませんので」
確かに、それは気になる。
机につっぷしながら聞き耳を立てる。
「お花畑さんは東京から来たとお聞きしましたが、どの辺にお住まいで」
「場所ですか? ええっと田園調布ですけど」
そんな高級住宅街に住んでいたんだ。
ますます接点が分からなくなってくる。
「あら、成金でしたか。……しかし、大変ですよね。いきなり夜逃げとは」
「夜逃げじゃありません、転校です。それに智也君も親身になってくれるので」
「親戚である彼を連帯保証人にした、と」
「違いますけど。意地でも認めませんね。私のこと」
「ええ、貴方からは嘘の臭いがぷんぷんするので」
「あら、それは自分のことではなくて?」
随分と失礼な物言いの墨守。
けれど、その発言の大半がデマカセである。
ゆえに彩香さんの言葉には嘘は混じっていない、はずなのだけど。
あんまり深く聞かないでほしい。僕がついた嘘との辻褄が合わなくなる。
「しかし、年頃の男女が一つ屋根の下とは。誰でも詮索するものですよ。実際のところ、どうなんですか、彼は」
ペンをクルクルと回しながら、下世話な笑みを浮かべる。
あまりに下世話なのだが、取材能力は一流。ゆえに扱いが難しい。
「あら、質問の意図がよく分かりませんわ」
とは言うが、これはあえてそう切り返すことで自身が望んでいる質問を引き出すテクニックだ。つまり「もっと突っ込んで聞け」という合図。
彩香さん、何気にインタビュー慣れしていらっしゃる。
「いえ、慣れない土地で一人ぼっちの心細いときに優しくされたら、お花畑さんは不純異性交友に及ぶのでは?」
あの~、僕への救済措置はいつになるのでしょうか。
と心の底で思ったが、口にはしない。この会話に巻き込まれたくないのだ。
「私はそういうロマンスを望んでいるのですが、智也君がなかなか奥手なので」
こちらをちらりと見つめてくる彩香さん。
そんな顔して見られても困る。どう受け取るべきなんだよ、このセリフは。
そうこうしているうちに一限目開始のチャイムが響いた。
「彼はナヨナヨしていますから、ね。取材協力に感謝します」
革のリフィル手帳にペンを走らせながら、ゴシップモンスターは自身の席に戻っていった。それを皮切りに、周囲に集まっていたクラスメート達も各々の席に退散していった。
これからしばらくはこうしたインタビューと言う名の尋問が続くのだろう。
インタビューをするのは慣れているが、されるのは慣れないものだ。
キリキリと痛む胃をさすりながら、机に突っ伏した。
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